Magigirl Heavymech

@monocalquist

第1話 Callings

『坊ちゃん、社長が倒れて』

 ゼミの途中、3回も切り、その度に掛け直されてきた電話は、吾妻 北斗の、その遠い育ての親の異変を告げるものだった。

「すぐ行きます」

 電話を切ってからというもの、下宿にも帰らず、北斗は新幹線に飛び乗った。

「医者はなんて」

『肺癌だそうよ』

 進行が早いことを疑った医師が塵肺の検査をしたところ、アルミの切削屑を多く吸い込んでいたことがわかったという。

『肺癌と塵肺の合併で、肺がかなり弱っているんですって』

 もう二年近く会っていなかった事務員の声は今にも泣き出しそうで、携帯を握りしめたまま、北斗はどうしていいかわからなくなった。


「じいちゃん」

 北斗の祖父は、酸素マスクをつけたまま、寝室で横たわっていた。

「北斗……帰って、来たか」

 久しぶりに会った祖父は、ずいぶんと痩せこけていて、北斗には肌の色が黄色ががって見えた。

「また、大きくなった、な」

 それを言うためだけに、胸を数度、大きく上下させた祖父は、苦しげに息を吸い込んだ。

「喋らなくていい」

 手を握った。

 倒れるその直前まで、ものづくりを続けた人間の、厚くて、硬くて、がさがさした手だった。


 じいちゃん───北斗がそう呼ぶ祖父、吾妻 清也は、小さな町工場だったアズマ電工を、一代で屈指の油圧機器メーカーにした男だった。

 今や、アズマ電工は油圧プレス機の基幹部品製造で世界第三位のシェアを誇る。

 北斗の両親が死んでからも、祖父は会社を守り、新たな製品の開発と改良に努めていた。

 北斗は祖父とは違い、ハードウェアにはそれほど興味はなかったが、育ての父として、またひとりの職人として、祖父の仕事を尊敬していた。

 祖母が死んでから、祖父はずっと独りだった。

 会社の人間をどこまで頼っていたか。

 北斗は、じいちゃんは多分、頑張り続けて、きっと頑張りすぎてしまったのだ、と思った。


 着の身着のままで飛び出して来たために、自分の分の歯ブラシやタオルなんかは無く、北斗は仕方なしに近所のスーパーへと買い出しに行くことにした。

 家のガレージに駐まる軽トラの隣には、数年前に置いたままの自転車がまだそのままあって、空気を入れてやると復活した。

 スーパーへの通りを下りながら、北斗は頭の中の違和感を拭いきれずにいた。

「……普通、スチールだよな」

 買い物を終えた北斗は、釣り銭の一円玉を眺め、北斗は一度、首をかしげる。


「喜八っさん」

「おう、北斗の坊やか」

 製品開発室の作業台に、社長の右腕と謳われるエンジニアは、いた。

「あのさ、新製品って、航空系のやつだったりする?」

 単刀直入に聞くと、

「いいや、うちではそんなモノはつくってないね」

 と喜八郎は答えた。

「じゃあ、アルミは、何のために?」

 アズマ電工は、プレス機が主戦場だ。

 航空機向け油圧部品の業界は他の大手が握っている。

 油圧プレス機は、並の部材にはあまりに過酷な環境だ。

 とんでもない内圧、とんでもない出力。

 それらに耐えられるものは、必然的にスチールになる。

 移動させる必要もない生産設備のために、わざわざ軽くて軟いアルミを使う必要はことさらない。

 なぜ、アルミなのか?

 それも、職業暴露レベルの粉塵吸入だ。

 ただの製品開発でこうはならない。

「───鼻の鋭さは、奥方譲りか」

「喜八っさんほどじゃないけど、生まれた頃から見てるから」

「秘密だ、と言ったら?」

「それが答えでしょ、名古屋に帰るよ」

 喜八郎はため息を一つ吐いて、

「経理部長には内緒だ、ついてこい」

 そう言って歩き出した。


「北斗、親の死因、聞いてるのか」

 両親の死は、北斗が1歳と少しのころのことだった。

 北斗はもう、親の顔さえ思い出せない。

「交通事故だろ、何をいまさら」

「違う」

 喜八っさんは、もう使われていないはずの倉庫の前で立ち止まり、シャッターボタンを叩いて振り返った。

「事故じゃねぇ、事件だった」

 がこん、と音が響いて、錆びついたシャッターが軋みながら、ゆっくりと上がっていく。

「あの怪物……タイフォスの襲撃で、お前さんの両親は命を落としたんだ」

「聞いてない」

「清也はタイフォスを憎んだ。掃除屋か魔法少女が来なければ太刀打ちできない構造そのものもな」

 夕日が開いてゆくシャッターを通して、広い倉庫を照らしてゆく。

「だから、オレたちはこれを造った」

 二本の爪を持った一対の脚。

 右腕は鉈のような剣を握る。

 左腕に備えられているのは、巨大な杭打ち機だろうか。

「全高8.2m、全備重量5.5t。社長と、オレ達で造り上げた世界初の装甲戦闘二脚機Armored Fighting Bipeds、ケラウノスだ」

「な、っ」

 開いた口はふさがらず、その場の空気を破るように、携帯の着信が響いた。

『坊ちゃん、お戻りください。社長が危篤です』


─────────


第一話 Callings


─────────


 24年前。

 それは突如として、地の底から湧いて出てきた。

 マンホールを崩し広げ、地下鉄の内壁を崩し破って、四つ足のあるいは六足の獣は陽光の元に現れ、ひとつ大きく咆哮した。

 そして、それらは周囲にいた、人間の、老若男女すべての身体を、命を、まるで赤子の手を捻るが如くに薙ぎ倒し、踏みつけ足蹴にし、そして貪った。

 獣には目がなく、ただ音とにおいのみを頼りにそれらは狩りをした。

 獣による狩りは、もはや狩りとさえ呼べぬほどの、一方的な蹂躙であり、虐殺であり、摂食であった。

 好きなだけ捕食して、初動の通報に駆けつけた警官さえも一呑みに平げ、満腹になった個体から、獣はのそのそと元の住処───地底へと潜っていった。

 立川駐屯地から出撃した攻撃ヘリコプター群および、練馬駐屯地から展開した陸自第一師団は、いずれも霞ヶ関周辺の防護に手一杯となり、獣は小銃で警備された防衛省市ヶ谷地区や首相官邸にまで侵入、5.56mm弾、あるいは7.62mm弾の火線を幾重にも浴びながら、しかしそれらを物ともせず悠然と闊歩し、統幕の幹部や閣僚までがその犠牲となった。

 首相はヘリコプターで一時的に空中へ退避し、海自の協力を得て指揮所は暫定的に東京湾上の護衛艦へと移されるも、想定されていない指揮伝達系統ゆえに現場にはかなりの混乱が生じたとされる。

 獣の出現から、その潜行までの時間は、およそ4時間程度であったといわれる。

 一部の獣は、民間人によって捕獲され、理研を中心とするグループにより詳細に解析がなされることになる。

 獣の厚く、そして柔軟な脂肪層は、一種のダイラタント流体としての性質を有し、高速で飛来する銃弾に対しては極めて抗堪性の高い装甲として機能していた。

 だが、何より獣の身体が異質であったのは、その皮でも脂でも、鋭い嗅覚でもなかった。

 それらは脳を有さなかった。神経を有さなかった。呼吸器を、循環器を有さなかった。

 それは消化器を除いて、生物の生存に必要であるはずのほとんどの臓器を有していなかった。

 その肉は、肉ではなかった。

 そして、本来脳が座すべき頭蓋の中には、肉に包まれた鉱物様の器官があるだけだった。

 赤外線分光計にかけられた獣の肉片からは、左手系のアミノ酸が検出されるに至って、ついに地球上の生命を研究してきた生物学者は匙を投げた。

「既知の生命とは別個に進化を遂げたとしか考えられない」

「通常の生化学プロセス以外の代謝源がなければ説明がつかない」

 それは確かに生命であるはずだったが、常識の上では生命であり得ないものだった。

 以降、その獣の研究は思弁的生物学の分野へと手渡されることになる。

 日本政府は関東全域に現れたそれらをタイフォスと命名、再出現に備え、自衛隊の部隊が各地に配された。

 大災の日から、数日が経ったころ、一匹の四足獣が官邸の前に姿を現した。

 それもやはり眼窩を持たなかったが、穏やかで、何より小さかった。

 それは口を開き、そして人語で告げた。

「取引があります。首相に取り次いでください」


「どうぞ、刃が欠けてたから、もう一、二回で寿命だよ、それ」

「ありがとうございます」

「あかり、前より戦い方が乱暴になっている。改善するべきだ」

「そうかも」

 差し出された直剣を受け取り、神田川 あかりはそれを鞘に納めた。

「仕事だ。自然公園付近に6m級が来る」

「わかった」

 あかりは自転車にまたがり、

「気をつけてね」

 かけられた言葉に

「ん」

 と返してハンドルを握り、がん、とペダルを踏み込んだ。

 ベアリングがじゃん、と唸り、続いて一気に加速した自転車は、荒川の下道を猛スピードで駆け抜けていく。

「右、つぎ左。直進」

 少女の肩には、狐のような風貌の四足獣が載っている。

 眼窩をもたないそれは人語を操り、あかりに対して方向を指示していた。

「露出まであと10秒だ。左」

「はいはい」

 大通りを横切った自転車のブレーキが鋭く嘶き、半ば転がるように公園へ飛び込んだ。

 直後、自然公園の一角で地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、中から六足の化け物がその身体をのぞかせた。

 あかりは無言のうちに直剣を抜き、地を蹴って走り出す。

 3歩でトップスピードに乗り、少女は巨獣の鼻先へと躍り出た。

 獣が吼えるその声を無視して、化け物の足に斬り込む。

 銃弾に比せば遥かに遅い刃が肉を捉え、太刀筋は硬化しない肉をずんと切り裂いた。

 ダイラタント流体による防御が有効となるのは、急激な圧力変化が存在する時だ。

 薄い刃物が音速未満で衝突する分には、それは有効な攻撃となりうる。

 確かな手応えを感じながら、左へ抜け、返す刀で脇腹を突き刺し、そこを支点に身体を宙に持ち上げる。

 獣の背を飛び越えて、少女はいちど、獣から距離をとった。

 獣が傷に呻き、新たな脅威として少女を認める。

 視線をもたぬはずの獣に、あかりは確かに睨まれたと直感する。

 息を吐き、化け物を見据える。次に壊すところを見定める。

 剣を八双に構え、ジグザグに足を踏み換えながら、再び獣に迫る。

 獣のそれは厳密には筋肉とは言い難いものだが、骨格と筋肉様の器官の役割は尋常の生物と変わりない。

 すなわち、身体を支え、そして運動させる要である。

「せェッ!」

 振り下ろされる前足を寸手のところでかわし、あかりはカウンターで直剣を横に薙ぐ。

 ふたたび、庇っていた左前足に刃が食い込み、ついに外側の筋肉が断裂する。

「ぐるぁあああ!」

 前脚を潰された獣が吼える。

「神経もないくせに」

 よく痛がるものだ、とあかりは思う。

 飛びすさり、再び距離を取る。だがその距離を詰めるように獣は跳躍する。

 不安定な体勢へ、噛み付く牙が肉薄する。

 二度、三度と空を切るそれに気をとられ、あかりは予備動作を見落とした。

「がっ」

 鞭のようにしなった尾が、身体の旋回を載せて叩きつけられる。

 辛うじて直剣の鎬で受けたが、その巨体と、はるかに強い力を発揮する筋様組織の膂力はそれをあっさりと砕く。

 吹き飛ばされ、呆気なく宙を舞った少女の体は、四肢が繋がっているのが不思議なほどで、そのまま百メートル近くの放物線を描いた身体は民家の屋根を破砕して、家屋の中に落下した。




「じいちゃん!教えてくれ!どうしてあんなものを造ったんだ!」

 母屋に転がり込んだ北斗を迎えたのは、

「すみませんがお引き取りください。処置の障害になります」

 医師と看護師のやんわりとした拒絶だった。

「じいちゃん!」

 人群れを圧するように、北斗は祖父を呼ぶ。

「血圧低下してます」

「強心剤を静注。病院まで保たせろ」

「───北、斗」

「意識回復しました」

「ケラウノス、を、頼む」

「自分のお名前は言えますか」

「うるさい!」

 北斗は、医療関係者の群れを押し割って、それらを一喝で沈黙させた。

「あれでも……俺の、誇り、だ」

「なん、で……」

「どう、り、く」

 吾妻 清也は、その言葉を残して、まるで糸が切れたように動かなくなった。

「心室細動です」

「AED準備しろ、心マ開始」

「電極貼付よし」

「離れてください。クリア!」

 電気ショックに跳ねる胸は、もはや意思をもたぬ身体に鞭打つようで、北斗は目を背けた。

 肋骨を圧壊させんとばかりの心臓マッサージと、除細動が続けられたが、清也の意識が此岸に引き戻されることはついぞなかった。

「18時11分23秒。ご臨終です」

 医師がそう厳かに告げたのと、大音声おんじょうを立て屋根を突き破って母屋に魔法少女が墜落してきたのは、偶然にもほぼ同時だった。


「ぎゃぁ」

「わあっ」

「何だ⁈何が起こった」

「倒れてる!女の子だ」

「医者呼べ医者」

「いますよ!」

 砕けた剣と、やや華美で、ともすれば悪趣味とも言えそうな少女趣味の服装。

「っ、て……ッ⁈」

「今は動かない方がいいでしょう、落ち着いてください。広範囲の肋骨が折れているようです」

「っ、ァア゙」

 肋骨の骨折は、解放骨折でない場合においても、深刻な呼吸器障害を発生させる。

 肺の収縮に合わせて折れた肋骨が動くのだ。

 少女は呼吸の度に激痛に苛まれていた。

「フレイルチェストだ、副木と加圧呼吸の処置をします。大丈夫です。血気胸が起きていなければ、命を落とすことはない」

 医師とそのチームは動揺しながらも、落下者に適切な医療措置を施す。

「先生、気管挿管用のチューブがありません。咽頭鏡も……」

「未使用のカテーテルがあったろう、あれで代用して気管切開を行う」

「わかりました」

「あかり!」

 天井に開いた穴から、狐にも似た四足獣が見下ろす。

「……魔法少女か」

「医療関係者ですか」

 獣が問い、

「たまたまだが医者がいた、今は治療中だ」

 北斗が答えた。

「逃げてください。タイフォスはこの子の匂いを覚えている」

「無理です、見ての通り、イレギュラーな気管挿管をやっているんです。医療資源が整うまではここを動くわけにはいかない」

 医者は患者から目を離さず、そう言った。

「らしいが、タイフォスがここまで来るのに、何分かかる」

「12分16秒ですが」

「聞いたな、喜八っさん」

「ああ、十分だ」

 北斗は息をひとつ吸い込み、言い放った。

「タイフォスはこちらで迎撃する」


 錆びついたシャッターが再び、軋みながら開いていく。

「考え直してください。タイフォスは民間人の手に負える代物ではありません。今からでも魔法少女か、掃除屋の手に委ねてください」

「嫌だね」

「これ以上民間人に犠牲を出す訳にはいきません」

 四足獣は前肢を広げ、北斗と喜八を通すまいとする。

「同感だな。なればこそ、俺たちはこれを作ったんだ」

 喜八はしゃがんで、獣にそう言って笑みかけた。


「喜八っさん、セルフチェック走らせます」

「わかった。潤滑油のセンサを組み込んでないから、50Lを当座に注入しておいてくれ。細かい警告は無視だ」

「喜八っさん!パイロットはどうしますか!」

「リモートだ、コントローラをつないどけよ!」

「了解っす!」

「こいつは元々有人仕様だったんだがな、今回は近場だし無人状態で大丈夫だ」

「リモートで動かすのか、制御はどんな?」

「歩行はZMP理論でやってる。まあ実のところ、こう複雑な構造のマシンの制御に関しちゃ、俺らは素人同然だったからな。凝ったことはしてない」

「油圧ポンプ始動。コクピット追加重量は0に設定、兵装は試製パイルバンカーとファルシオンのみ、操作系をゲームコントローラモードに設定」

「ハンガークレーン下ろすぞ、退避!」

 鎖に吊られていた8m超の巨人の両足が、コンクリートの床にゆっくりと降りていく。

「油圧モーターに異常なし、作動油は圧力、温度ともに正常っす」

 ガレージの奥の一角に広げられたコンピュータに、機体内の各種センサからの情報が流れてくる。

「脚部接地」

 まだ冷たいシリンダーがぎんぎんと軋む音を上げる。

 油圧ポンプが接地圧を受けて唸り出す。

「脚部支持重量100%、ハンガー解放!」

「油圧、電装、センサ、冷却、通信いずれも正常、機体フレームの歪みは許容値内っす!」

「よし、システムオールグリーン、AFBX-1ケラウノス、オンライン」

 モーター、油圧ポンプの稼働音に混じってにわかに地鳴りが激しくなり、アヅマ電工の庭に、蜘蛛の巣を想わせる地割れが広がってゆく。

「来ます」

「地割れと母屋の間に入る、姿勢制御を歩行モードにスイッチ」

「歩行、歩行、これか、ほい」

 ずしり、ずしり、と地を踏み鳴らし、全高8mの巨人はその場で足踏みする。

 その振り子の長さゆえに、人の走行よりも明らかに遅い動きは奇妙に現実感がなく、しかし油圧機構の嘶きは紛れもなく現実のそれだ。

 コントローラの左スティックが倒れると、ケラウノスがスティックに同期してゆらりと体を倒す。

 バランスを取るように足を蹴り出し、一歩。踏み出して、ややよろめきながらも歩いていく。

 がらがらとリールドラムが音を立てて、制御用のラインと電力線を兼ねたケーブルが繰り出されていく。

「中間地点で一旦止めろ、収差が大きい」

「うっ……す」

 機体の制御系はまだまだ未熟、と北斗は観た。

 アクチュエータの応答速度が制御モデルの求めるそれについてゆけず、同時に脚部の質量モーメントがモデルとの乖離を一層激しくする。

 ある程度の補正をかけてズレを吸収してはいるものの、歩き続ければそれは徐々に蓄積し、いずれは転倒を引き起こしてしまう。

 一度立ち止まってモデルとのズレを収め、再び歩き出さねばならなかった。

「こんな機体で大丈夫なのか」

「まあ、見てな」

 蜘蛛の巣状の地割れが一層広がり、土砂を噴き上げて六足の獣が地表に躍り出た。

「油圧ポンプ緊急出力、格闘戦モード!」

「了解!」

 制御卓のボタンが叩かれた。

 同時に、ポンプが唸りをあげる。

「作動油温度上昇、許容値内です」

「来やがれ、毛玉野郎」

 機体が腰を落とし、鉈剣を構える。

 予想だにしなかった「動く大きなもの」に獣が吠える。

 六つ足の獣が後ろ足で土を蹴った。

 転瞬、体を沈めた獣が弾かれたように大地を蹴立て、巨体に似合わぬ瞬発力でケラウノスに肉薄した。

 ほとんど一瞬のことだった。

 左の手に装着されていた火薬式パイルドライバが火を噴き、耳をつんざく轟音とともに鉄杭が勢いよく射出された。

 飛び出た鉄杭に喉元を撃たれ、獣のほとんど半身丸々のダイラタント脂肪が衝撃によって硬化する。

 勢いのままひっくり返った眼窩のない獣が聞いた最後の景色は、風を切って振り下ろされる鉈剣の唸りと、低音で吠えるケラウノス全身の油圧システムの声だけだった。

 頭蓋を割り裂いたファルシオンが核石を砕き、獣は沈黙した。

「っぶねぇ」

「危なかったな」

 ガレージを発し、機体との間にピンと張った電線は、床に巻取りドラムを固定していた金具さえ引きちぎり、今にも断裂する寸前で、実際にケーブルの被覆が千切れて中身が見えているところだった。


「……ぅ゛」

 鎮痛剤がようやく効いてきたようで、魔法少女──神田川あかりはようやく少しばかり、周囲の状況がわかってきた。

 喉に管が通されていて、うまく言葉を発することができない。

 気持ち悪かったが、なぜだか起きていなければならない気がした。

「あかり!」

 プロヴが呼びかける声が聞こえる。

 身体のすぐ隣で、周りの空間から光が集まってくるのが見えた。

 徐々に薄れゆく意識の中で、神田川は不思議な声を聞いた。

『ケラウノスを、頼む……あいつには、動力源が必要なんだ……』

 集まった光が実を結び、畳にごとりと落ちて転がった。


 魔法少女には武器がある。

 それは心に決めた何かの、願いを叶える形をしている。

 神田川あかりにはそれがない。

 いや、正確には無くなった。

 無くなっていたはずだった。


 小さな獣──プロヴが、畳の上に転がる円筒形の何かに肉球をぺたりと乗せる。

「心象武器……馬鹿な、彼女に願いは……っ、混信だと……⁈」

 獣に対抗するための巨大ロボットの開発にその生涯を捧げた男、吾妻清也の最後の願いは、願いを持たない少女の、空っぽの願望機によって叶えられることになる。

 魔力を注ぐことによって回転動力を発生させる、正真正銘の魔法。

 マジカル⭐︎トルクコアが、産声をあげた。



 第一話 Callings 終

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