宵の陽
@Rikka_Hinatsuki
宵の陽
桜が雪のように舞って、一瞬、季節が冬に巻き戻ったかの様に錯覚させてくるような、そんなある夕暮れ時のこと。
「恋なんて、しないほうが良いんだ」
二度目の失恋を経て、
何故か? これだけ悲しいのだから。苦しいのだから。消えてしまいたいと思うのだから。
一度目は、相手にずっと騙されていた。好きだって言葉を信じてどこまでも盲目になっていた。最初っから、不審な点は多かったのに、それに気付けなかった。だって、あの時の歌宵にとって、彼は英雄にしか見えなかったから。でも、本当は違った。彼にとって歌宵は遊びでしかなくて、初めから何にも思っていなかったみたいだった。
二度目は、つい先ほど。目の前で、六年前からずっと好きだった人が恋人らしき相手と仲良く手を恋人繋ぎにして歩いているのを目撃してしまった。
当時、色んなことが重なって精神的に追い詰められていた時に、あの人が救ってくれたあの日から今日に至るまで、あれだけ幸せそうな表情は見たことがなかった。
夜空に煌めく一番星よりもキラキラとした、今までで一番嬉しそうな笑顔だった。
歌宵じゃダメだったんだ。女の子同士じゃダメだったんだっていう、無力感と寂しさが押し寄せて来た。
一度目の彼のことを忘れられず、ずっと引き摺っていた歌宵に、もう寂しい思いはさせないって抱きしめてまで約束してくれたのに。あの優しい顔も、声も、温度も全部嘘だったんだ。
なんで? 歌宵が人に裏切られるのが嫌いなことを知っているはずなのに。どうしてそうやって歌宵のことを捨てられるの? それとも、やっぱりあの人も彼と同じで歌宵のことを玩具としか見ていなかったの?
途端、『嫌い』という言葉が歌宵の脳を塗り潰すかのように支配していくのを感じた。歌宵の嫌なことを簡単に忘れちゃうあの人が憎い。歌宵だけのあの人を奪うあいつが憎い。どっちも大嫌いだ。
アレを見てしまって、逃げるようにやってきたのは家から近い人気の少ない公園。以前はたくさん人がいたのに、今では少し離れた位置にある公園に人が集まってるみたいだ。そんな誰も来ない都合のいい場所で、歌宵はブランコに揺られて独りで泣いていた。家だと、妹に見られちゃうかもしれないから、妹にとって、一番かっこいいお姉ちゃんでいたいから、こんなところでしか泣けないんだ。
「……こんななら、最初からあの人のことなんて、信じなかったら良かったのかなぁ……? ……なんで、信じたりしたんだろ……」
何時間こうしていただろう? 気付けば日はすっかりと落ち切って、辺りを暗闇が包んでいた。
「そろそろ帰らなきゃ……
そろそろ帰らないと妹が拗ねちゃうなと感じて歌宵はブランコから立とうとする。けれど涙で歪んだ視界の所為か、はたまたずっとこうして座っていたからか、上手くバランスが取れずに倒れ込みかけてしまう。
コケるとか、久しぶりだなあ……なんて思って、来るだろう痛みに堪えようとする。地面とぶつかりそうになる寸前、歌宵の肩に何かが触れた。
「うおっと……間に合った! お嬢さん、大丈夫? 怪我ない?」
歌宵を受け止めてくれたのは少し短めの硬そうな茶髪に、嫌なことを思い出してしまいそうな澄んだ青い目をした男の子だった。その人物から目をそらして、小さく口を開く。
「……大丈夫。ありがと」
「……えっと……ほら、お嬢さんこの公園入ってくときからずっと泣いてたからさ……その、気にしてたんだよ。大丈夫かなって。そしたら案の定っていうかなんていうか……」
お嬢さんと呼んでくるあたり、なんだか面倒な人な気がするから不安になって相手を再度見てみると、彼が学生、それも高校生である事が判明した。
「……多分、歌宵は貴方にお嬢さんって呼ばれるような歳じゃないよ。貴方より年上だもん。それ、咲原の制服でしょ? 歌宵、そこの卒業生だし」
咲原……
「まじか……年上? でも、めっちゃちっちゃくね……?」
「……ちっちゃくて貧相な身体で悪かったね。歌宵だって、べつにこうなりたくてなったわけじゃないんだけど」
コンプレックスというほどでもないけど、結構気にしていることに触れられて少しばかり不愉快になる。そんな風に育ったんだから仕方ないのに。
「あーいや、違う。違うんスよ、決して俺はキミ……じゃない、貴女を貶してるわけじゃあないんスよ! ただ、すっげえかわいいなって……いやあの! 正直貴女のこと見てたのって結構貴女が俺の好みにどストライクだったというか、ぶっちゃけ一目惚れしたっていうか……いや、そのだから! 貴方は!! 自分の容姿に自信を!!! 持っていいと思うんスよ!!!!」
後半がうるさい。言葉じゃなくて声の大きさでうるさい。耳障りな言葉とかそういうのじゃないからまだマシだけど、それでも異常な声のボリュームだ。ほんとにうるさい。
「……感謝はしとく。褒めてくれてるみたいだし……」
「え……あ、ああ、はい! いや、それは別にいいとして……一人称的にかよいさん? っすかね? まじで大丈夫っすか? あれなら送ってきますけど……」
身体を問題なく動かせるかどうかを少し確認して、大丈夫であることがわかったから、歌宵は眼の前の男の子に礼だけ行ってその場を去ることにした。
「……大丈夫。特に問題はない……かな。ありがと、歌宵は帰るね」
「え、ちょまって……まってくれよぉ!」
情けない声で呼び止められて思わず立ち止まる。振り返ると、男の子は地面に倒れ込んでこちらを見ている。
「あの……えっと、その……また、どこかで会えないっすかね!?」
「……一週間くらいは今くらいの時間ならここにいると思う」
別に、歌宵と話しても楽しいことなんてないと思うんだけどな。なんて思ったけれど、どうにも年下に辛辣にするのはあまりいい気分じゃない。それに、知らない人とはいえ、好意を寄せてくれるのは嬉しい方だし。だから、暫くの間、ここに来ることにした。
それは、歌宵が彼の思うほど面白い人間じゃないってわかったら彼もきっとがっかりしてもう絡んでこなくなるだろうと思ってのことだった。
「ってことは……!?」
勢いよく起き上がって眼の前に一瞬で移動してきた彼に若干驚きつつも帰路につこうとする。
「……じゃあね」
「……あ、えと……俺、
別に聞いてないんだけどなぁ……なんて思いはしたけれど、口には出さずに「……ん」と、短くそう返事だけして今度こそ帰る。
「……面倒なことになったな」
「おまたせ、かよいちゃん! 来たぜ!」
イヤホンを貫通してくるような大声に思わずびくりとしてしまう。少し、体が震えるのを感じる。
「あー……えと、びっくりさせちゃった? ゴメン……」
「別に……。嫌なこと思い出しただけ……」
脳裏に甦るのは過去の、消し去ってしまいたい記憶。最悪で、最低な日々の記憶。
怒鳴られるのが怖い。叩かれるのが怖い。これまでよりも酷いことをされるかもしれないのが怖い。
目の前の人がどんな人かわからないからこそ、歌宵がこの後どんなことをされてしまうのか分からなくて怖い。
「……痛いのは、怖いのはもうやだよ……」
息が苦しくて、意識がぼんやりとする。視界が暗くなって、息がしづらくなる。
「ど、どうしたんだ……って、ちょっ!?」
――思い出していたのは、一度目の失恋のこと。
『お前みたいな面倒な女なんか大ッ嫌いだ。お前と付き合ってたのなんか全部遊びなんだよ』
今迄に聞いたことのないほど大きな怒鳴り声。彼がこんな大声を出すなんて思っても居なかったから、すごくびっくりした。
『……嘘……だよね? そういう、冗談だよね……? だって、
『んなこと信じてたのかよ。全部嘘。俺みたいな優秀な人間には、それなりに顔のいい奴が横にいないとだろ? 顔が良くて、男が居なくて、簡単に落とせそうだったのがお前だったって訳だよ。助けてやったら犬みたいに懐いて来たから、利用しただけだ』
そんな酷いことを言われた当時はどんな感情だったっけ? 現実を受け入れたくなくって、全部嘘だって思おうとしてたっけ?
『やだ、やだよ……』
そうだ。嫌だってなって、離れたくないって感情で一杯だったな。限界が近くなって、壊れそうだったな。
その後はどうだっけ? 消えたいって思ったっけ。ごめんなさいってずっと思ってたっけ。
『ごめんなさい、好き……おいてかないで捨てないで……』
どんな言葉も届かなくて、彼の怒る声が怖くって、歌宵にはどうしようもなかった。
――ふと、頭になんだか温かいものが触れて、意識がハッキリとした。
優しく頭を撫でる感覚に妙に落ち着いて、さっきまで歌宵を支配していた不安と恐怖が消えていく感覚がした。
「……ん、ここは……?」
「……かよいちゃん!? 大丈夫か!?」
目を覚ましてすぐに聞こえたのは、昨日出会ったばかりの男の子のやけに騒がしい声。……相変わらずにうるさい。
視界に入ったのは、こちらを覗き込む心配そうな彼の顔と、暗くなりかけている夕空。
「……えと……貴方……まだいたんだ」
「そりゃそうだろ? こんな可愛いし小さい子置いて帰れるわけないじゃん。心配だわ普通に」
歌宵の反応を見てか、彼は歌宵が大丈夫だと判断したのだろう、ニヤッと笑って返事をしてきた。
「……そう」
「あー……ってか、ほんとに大丈夫か? たまたま持ってた新聞のおかげで服は汚れてないと思うけど……」
「……別に、大丈夫」
見ててくれたのはありがたいけど、正直今はまともに男の人と話せるような精神状況じゃない。
「あのさ……俺がでかい声出したからこうなった……っぽい、よな? ごめん……その、ほんとに待ってくれてたのがすごい嬉しくって……テンション上がって大声出ちゃったっていうか……魘されてたから多分、嫌なこと思い出させた……とかだよな? ほんとにごめん! 俺にできることならなんだってお詫びする! というかさせてくれ!」
「……じゃあ、歌宵がちゃんと落ち着けるまで待ってて」
――ここで、彼を突き放すことだってできたはずなのに。もう二度と会いに来ないでって言えば、解決したのに。それはなんだか違う気がして、言えなかった。
「そんなんでいいの? おっけー。任せてくれ。何十時間だって待っててやるよ」
「長くてもあと十分くらい。別にそんなに長くするつもりはない。」
「そっか……」
なんでそんなに残念そうなの、って思ったけど口には出さずにそのまま黙る。
新聞紙越しとはいえ地面だと石が痛いからブランコに座り直して呼吸を整える。すると、ジロジロと見られている感じがした。身体じゃなくて顔をずっと見られてるのが不気味で、思わず「ひっ……」なんていう、悲鳴みたいな声が上がってしまう。
「え、あ、えと……悪い、ちょっとジロジロ見すぎちゃったか……? まじでごめん、可愛いなって思ったらつい」
「また可愛いって……」
「いや、だってほら、言ったろ? 一目惚れだって。かよいちゃんはそんぐらい可愛いんだから自信もちなよ」
男の子からなにか裏があるとかじゃなく純粋に「可愛い」なんて「一目惚れ」なんて、初めて言われたから、どう返せばいいかわかんなくて、顔を覆い隠してしまう。
「……ん……ありがと」
「おう! ……で、そろそろどうだ? 暗くなってきたし、早いとこ帰ったほうがいいと思うんだけど……」
言われてみれば、さっきまで辛うじてあった明るさも今ではすっかりとなくなってしまっていて、あたりは真っ暗になっている。
「……ほんとだ……帰るね。じゃあ、また明日」
「明日も会ってくれんの!?」
「……さあ?」
曖昧な返答を残して、歌宵はそこから去っていった。男の子は、情けない声で「さあってなんだよぉ!?」なんて言っていた。
昨日、歌宵をずっと見ていてくれたお礼がしたかったから、近くのファミレスに入ってお話をした。これは、その一部。
「……あの、貴方、さっきからずっと紅茶飲んでるけど、紅茶好きなの?」
「好き……だけどさあ……」
「……ん、だけど?」
「その、貴方っていうのやめねえ?」
「……えと、じゃあキミ?」
「それもいいけど、ちがう!」
「……なら、少年?」
「いや、普通に名前で呼んでくれよ!?」
いろんな呼び方を試してみたけどダメだったらしい。名前を覚えていないことは残念ながら誤魔化せなかった。
「……」
「え、もしかして名前覚えられてない!? すっげえショックなんだけど……」
「……えと……なんだっけ、たしか……極道ピエロみたいな……」
「何その超絶望的なネーミングセンス!? 俺は六渡寺 陽彩! ろ! く! ど! う! じ! ひ! い! ろ!」
確かに自分で言っておきながら、結構絶望的だなって思ったのはここだけの話。
──しばらくして、陽彩くんは思っていたよりも話しやすい子だってことがわかった。
女の子と話す機会が少なかったらしく、緊張で変なことを口走ることがあるだけで、本来はそれなりに面白い子みたいだ。
陽彩くんは絵を描くのが好きらしい。歌宵が歌が好きなことを教えたら歌ってって言われたから、仕返しに絵を見せてって言ってみた。そしたら、歌宵の似顔絵を描いてくれた。かなり美化されてるような気がするけど、すごく上手だった。
陽彩くんが歌宵を描いてくれてる間に、すっかり暗くなっちゃったから解散することにした。
別れ際、少し寂しいって思ったのは、彼の温かさを知ってしまったからなのかな?
四日目は、陽彩くんが歌宵のことを好きだというから、歌宵のことを知ってもらおうと思った。だから、過去にあったことを一部彼に話した。
終始、彼の顔色は良くなかった。とても苦しそうな顔をしていた。話さなければよかったって思うくらいには辛そうだった。
「俺は歌宵ちゃんをそんな目には絶対に遭わせない」
なんて言ってくれた。――苦しそうな表情のまま。
心配になったから話をやめて、また歌を聞かせてあげた。けど、彼の様子は変わらなかった。
五日目。彼は来なかった。昨日の話が重すぎたのかな。面倒だって思われたのかな。せっかく、仲良くなれたと思ったのにな。
六日目。今日もまた来なかった。寂しさが襲う。こんななら、やっぱり、話さなきゃよかったのかな。
約束した最後の日が来た。陽彩君は今日もまだ来ない。
「……結局、陽彩くんだって同じなんだ……」
最初に望んでた通りじゃない。だって、歌宵は彼と話すのを拒んでいたのだから。別に、関わりたくて関わってた訳じゃないんだから。
妹がいる影響で、年下に辛く当たるのが嫌だったから構ってあげてただけ。
そうやって言い聞かせて、寂しさを何とか埋めようとするけど、それでもまた歌宵は置いて行かれるんだって思うとつらい。
別に、歌宵は独りぼっちってわけじゃない。頼れる人だっている。
だから、何も悲しむことはない。
だから、今溢れそうな涙だって、きっと抑えられるはずで。
必死に忘れようとしても、頭に浮かんでくるのは彼のことばかり。
「……陽彩くんのこと、結構気に入ってたのかな……」
彼と過ごしたたった五日間のことを思い出して苦しい。見ていて眩しいくらいの笑顔も、男の子にしては少し高い声も、無邪気な性格も、頭を撫でてくれた優しい手の温もりも、全部思い出すだけで辛い。たったの五日で、陽彩くんがここまで歌宵にとって大きな存在となっていたという事実に戸惑いながらも、必死に涙を堪える。
「……温かかった……ずっと……」
今になって考えると、歌宵があの話をするまで、陽彩くんはずっと笑ってばかりいた。いつも楽しそうだった。歌宵が笑顔を奪っちゃったのかもしれない。
「ごめん……ごめんね……」
罪悪感が、孤独感が押し寄せてくる。とうとう耐えられなくなって、頬に熱い感覚が伝う。
声を我慢することもままならなくなって、まるで大事なものを失くしてしまった子供みたいに泣いた。
いつまで泣いていただろうか? もうすっかりと日は落ちきっていた。外はまるで、陽彩くんと初めてであった日のようになっていた。
「――ごめん歌宵ちゃん、久ぶ……って泣いてる!? ちょ、大丈夫!?」
ああ、おかしくなりすぎて、幻聴まで聞こえるようになったのかな、幻覚まで見えるようになったのかな? でも、幻覚なら……良いよね。甘えたって。
「……会いたかった、寂しかった……」
勢いよく抱き着けば、幻覚にしては妙にリアルな彼の胸板の感覚が帰ってきて、少し驚いた。感覚が返ってくるなんて、よっぽど歌宵は疲れてるんだろう。
「歌宵ちゃ……ああ、そっか。ごめんな、心配させて。あの話の直後だったし、そりゃ不安にもなるよな……ごめん。ちゃんと連絡すりゃよかったな……いや、連絡手段ないけど……」
嫌に解像度の高い幻覚と幻聴だ。こんなの、覚めたら余計さみしくなっちゃうのに。
「てか、歌宵ちゃん? 俺こうやってずっと抱きつかれてると照れるし心臓バックバクで爆死しそうなんだけど……? ちょっと、離してもらってもいいかい?」
「……だめ、歌宵が満足するまで、離さないから」
「嬉しいような……まずいような……? これ、下手したら俺事案で捕まらない? 大丈夫?」
幻覚とか、幻聴にしてはずっと変なこと言うな、この人。歌宵の脳内の彼はこんな変なこと言う人だったっけ?
歌宵はこんなに、この人のことを理解していたの? と思った途端、嫌な予想が脳裏を過った。
「……もしかして……幻覚……とかじゃ……ない……?」
「幻覚? なんのことだ? 俺は俺だぞ?」
「……え?」
残酷なことに、嫌な予想は当たってしまったみたいだ。今、目の前にいる陽彩くんは歌宵が寂しさから生み出した幻覚なんかじゃないらしい。
顔が真っ赤になっていく感覚がする。すごく恥ずかしい、今すぐにでも消えてしまいたいくらいに。
「……恥ずかしいから、忘れて」
「……ごめん、忘れるの無理かも……ちょっと、その……歌宵ちゃんに抱きつかれて、しかも離さないとか言われるなんてそんな夢みたいなこと……もう二度と体験できないだろうし……」
「……蹴っていい? ううん、蹴るね?」
問題解決のために太ももめがけて放った蹴りはおそらく、彼にダメージを与えることはなかった――。
「――んで、本題だけどさ……俺、後輩ができちゃったわけよ。今までうち後輩いなくて活動もあんまやってなかったんだけど……」
「……じゃあ、それで、昨日も一昨日も来れなかったの? 歌宵と話すのが嫌になったとかじゃなくて……?」
嫌われたとかじゃないっぽくて安心して、思っていたよりも食い気味の質問になっちゃった。
「そーそー。いやあ、同じ部活の同級生にめんどくてやばいやつらがいてさ。そいつらと歌宵ちゃんを絶対会わせたくなかったから、ここ二日来れなかったんだよなあ……。俺がいつも帰る方向とは違う方向に歩いてくから気になったとか言ってついてきやがったせいで……」
「……なるほど?」
歌宵と会わせたくない人たち……? 人のことを悪く言わなそうっていうイメージのある陽彩くんがそこまで言う人って、よっぽどなんだろうな……。
「まあ、なんとかごまかしたから明日からはちゃんと来れると思う。ごめんな。タイミング悪くてさ……」
陽彩くんは何も悪くないのに、そうやって謝ってくるのが申し訳なくて、なんとか言葉を探す。
「ううん。来てくれただけで良い。……というか、歌宵こそ、さっきは……その……」
「蹴り?」
「ううん……そのまえ……」
「いや、あれは謝ることじゃないだろ。俺めっちゃ喜んでるし。すげえ可愛かったよ?」
具体的に言うと、また真っ赤になりそうだからあえて濁して言ったのに、陽彩くんの返事のせいでそれは意味をなくしてしまった。
「……そう、じゃあいい……」
これ以上、太陽みたいに笑う陽彩くんを見続けていたら駄目になりそうだと思って、空を見上げる。
ちょうど、歌宵の名前にある、『宵』と呼ぶにふさわしい色の空。夕日がほぼ完全に沈みかけて、じっくりと暗くなって来ている。
そろそろ、今日はお別れの時間。というか、本来の約束通りなら、歌宵たちは今日でおしまいの関係。やだな。もっと、陽彩くんとお話したい。
「ねえ――」
そう思って、歌宵がなにか言おうとした瞬間――。
「――そうだ、明日たい焼きでも食いにいかね? 美味いとこ見つけたんだよな」
「……! いく!」
「よっし、そんじゃ明日もここ集合で良いか?」
「うん!」
……ああ、そうだ。この人は歌宵のことを好きって言ってくれてたんだ。約束の日が来たところで、歌宵の元を去っていくような人じゃないのは、わかりきってたことのはずなのに。
また、明日も陽彩くんといれるって思うと、心が温かくなる。
これまで感じたことのないくらいの温かさだ。
もし、この温かさが陽彩くんへの恋心の表れなんだとしたら、こんなに温かい恋があるのだとしたら、案外恋もしてみたっていいのかもしれない。
二度あることは三度あるじゃない。これは、三度目の正直なんだって、信じてみても……いいのかもしれない。
だって、夕日が沈みきっても、歌”宵”の太”陽”は隣にいてくれるんだから。
「え、歌宵ちゃんの笑顔可愛いすぎない? 写真撮っていい?」
――前言撤回。この人に対する恋心は、たぶんない。
宵の陽 @Rikka_Hinatsuki
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