第3話 「片鱗」
「ね、取れた」
「まぁまぁの音だな」
綺麗な回転だった。あの時よりももっと近くで見れた。
ワインドアップから大きく振り上げられる左足、マウンドの穴へとまっすぐ進み、着地
圧倒的な速さの回旋、柔軟な関節を存分に使った大きくしなった腕、一定のリリースポイント
崩れないフォロースルー、そして寸分狂わぬコントロール、圧倒される球威
ほとんど理想的なフォーム、野球なんて知らないはずなのにそう思えた
「次は変化球だ、そうだなスライダー」
「いいよ」
「もう、やめときなよ!」
「楓、僕、やりたい」
「……はぁじゃあプロテクターつけて、先輩、どこですか?」
「えーと、ミットと同じところにあると思うけど」
「そこだ、つけんなら早くつけろ、体の外までまげりゃ当たんないっての」
「うるさい、紅じゃなくたって普通プロテクターはつけるでしょ?!」
「カリカリすんなって」
カチカチとプロテクターがつけられていく
想像以上に不快だ
「暑い、重い、痒い、臭い」
「これをつけるか今すぐやめるかどっち?」楓は眉間に皺を寄せている。
楓から逃げるようにそそくさとキャッチャーボックスに引き返す。
「いくぞ」「うん」
さっきと同じフォーム、全く同じと言っていい。ストレートと変化球とで癖が生まれない。
リリースされる。ほとんど真横に近い回転。さっきよりちょっとおそい。
ボールがまっすぐ来る。そして、急に、右に曲がる。
──パァーン
「なぁ、今のキャッチング…」拓人さんがいう。
「なんか、リーリスした直後にミット動かして、そこにボールが吸い込まれるように」
椎名さんが不思議なものを見たかのような反応だ。
「……もう一球、次は球種もコースも言わない」
「わかった」
「そんなのあぶな」楓に被せるように、葉がいう
「そのためのプロテクターだ」
「いいよ、やる」葉が楽しげに笑う
「いい心意気だ。座れ」
葉が振りかぶる。リリース。
ストレートとほとんど同じ球速。でも回転はスライダーに似てる。ちょっと斜めかな。
ストレートならホームベース右端の上を通る。でも、ベースの手前で右下にボール一個分横に動きながら、少し落ちる。
ベースの上をボールの端がかすめて、
──パシーン
「おい、なんでカットだってわかった?」葉が不機嫌そうだ
「カット?」
「カットボール、今の球種だ。握りはストレートとほとんど同じ。そもそも握りは見えないはずだし、癖もない。初見で投げた直後に来る場所にミット構えて、真芯で捕るなんてのはありえない」
「ありえなくない、今やったし。なんでとかない」
「おい、何やったか言えって、なんでわかった」
「しつこい」
そう言って僕はふわりとボールをように投げ、葉はボールをとる。
「なんでそこにボールが来ると思った?」僕は葉に聞く
「なんでって、そりゃだいたいわかるだろ」
「それと一緒」葉は怪訝な顔をする
「は?何言ってんだ、おい」
すると、楓が困惑したように言う。
「えーと、私もよくはわかってないんだけど、野球に限らず、球技とか生活の中で、例えば何か投げられたとするでしょ、そして、それを取らなければいけなかった場合、なんとなくここら辺に来るなぁ〜って予想してものを捕ることができるでしょ?それは人間が、ものの形状とか質量とか、周りの環境とか、働く力とかを瞬時に把握して、経験則とかをもとに予想することでできるんだよ。紅はその予想できる範囲が他の人よりもすごく広いから複雑なことも直感でわかるんだって。だからそう言うことが言いたかったんだと思う。」
僕は頷く。今度楓の好きなジュースを買ってあげよう。
「なるほどな、よくわからんが、じゃあ他もできるか試してみるか」
「わかった」
葉がマウンドに向かう。次はなにが来るだろう。葉が大きく深呼吸した。
「いくぞ」
ワインドアップ、そして投げる。
「!」
「やばい、ショーバンする!」椎名さんが言う
「避けろ!」北野さんが叫ぶ
コースはベースの端を通りそうだけど、だいぶ手前で弾みそうだ。グラウンドはほとんど平坦。でも、弾みそうな場所にはグラウンドの中で唯一と言っていい、小さな凹み。
ボールが弾むと
「イレギュラー!」拓人さんがいち早く気づく
ボールは体から少し逸れた軌道から僕の顔に向かってくる軌道にいきなり変化した。
でも、それは予想できてる。
──パシーン
「捕った、しかも」「真芯で…」椎名さんと北野さんが立て続けに言う
「ストレートでコントロールできないなんて、しかも、ワンバンなんて珍しいね〜、王様〜」
早瀬が揶揄うように言う。
「うるせぇ、早瀬、その王様って言うのやめろ
いい経験になっただろ、次行くぞ、次」「うん」
その後色々な球種を捕った。
僕は全ての球を事前に言われることなく完璧に捕った。
「俺の球が完璧に……」葉が落ち込んでいる
「まぁそんなに落ち込むなって、相手はあの星宮紅だぞー、運動もできたって不思議じゃない、
しかも捕るだけだ、な。」拓人さんが励ます。
「よし、じゃあそれそれ切り上げるぞー」
「「「はい」」」返事が揃う、さすが野球部といった感じだ。
「今日はこれで解散、また、明日部活あるからしっかり休んで
じゃあ、ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました」」」
紅のバッテリー @1RUKA
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