幕間4-1.「祭事の経過を見れば、答えは出るはずだ」
「父上、それは誠の話か」
「エリスには問うてないが、導盗器によれば、な」
クラウがエリスの診察を行った数刻後。
エーデルリス家当主、バルゴ=エーデルリスの報告に、長兄ハルモニアは怪訝な表情で腕組みをする。
エーデルリス家、執務室。
簡素ながらも質の良い丁度品が並ぶなか、執務席に座して腕組みするのが、当主バルゴだ。
白髪こそ交じり始めたものの、鷹の如き瞳はいまだ衰えを知らず、対面したものはその圧だけで震え上がるほどだろう。
しかしながら、バルゴの表情には些か戸惑いが混じっていた。
ハルモニアも同感ながら、口を開く。
「父上。かの魔薬師の話は、信用するに値すると思いますか。エリスの治療法を知りながら、わざと長引かせ、なにか目論んでいる可能性は……」
「無いとはいわぬが、薄いな」
顎髭をいじりながら、溜息をつくバルゴ。
――当然ながら、当主バルゴもシノ=ウィノアールの身辺調査を幾度となく行った。
ただの薬屋を歌いながら、ウィノアール本家に何らかの情報を横流ししていないか。
薬屋と銘打ち、悪意ある魔薬を流布して自領を混乱に陥れないか。
だが、何度調査しても……結果は、白だ。
「私が知る限り、彼等には本当に他意はない。そのうえ、かの店の薬の効果は確かだ。あれだけの実力があれば、当家でなく王都のエーゼック家に取り入ったほうが早いだろうに」
「確かに……そもそも、あれだけ質のよい薬があると分かれば、エーゼック家が黙っているはずないですしね」
「うむ。今はまだ大事になってないが、あれでは事実上、ウィノアール家の娘がエーゼック家に喧嘩を売っているに等しい。しかも個人販売の薬屋で、だ」
そのうえ、アミッタ薬局……元リズレット家のお墨付き。
リズレット夫妻――今はメリル家という偽名を用いているが、彼女らも魔薬師としては相当な実力者だ。
エーゼック家との闘争にこそ敗れたものの、未だその実力を惜しむ者は、医療界隈でも多いと聞く。
そんな彼女と、ウィノアール家の娘が手を組んだ――等と知られれば、王都の連中が黙っているはずがない。
その情報が、王都に流れていれば、だが。
「つまり、父上。ウィノアールの娘は本当に、ただ若い魔薬師と駆け落ちしたと?」
「というのが、当面の結論だ」
「ですが、かの当主ブラグマーズ氏が許しますかね。烈火の如く怒る姿が、目に見えるようですが」
「……シノ嬢が失踪した事実そのものを、分家が隠しているのだろう。カーテルの当主は、器が小さい臆病者だからな」
となれば、エーデルリス家としては、シノをこちらに取り込み利用してしまえば良い。
シノ自身は嫌がるだろうが、彼女がウィノアール家の姓から逃れることなど、出来ないのだから。
……と、悪巧みに専念できれば良かったのだが。
「しかし、だ、ハルモニア。困ったことに、我々は彼女に恩義が出来てしまった」
「エリスの治療がことのほか上手くいっている件、ですね……」
ううむと唸る、二人。
父バルゴも、兄ハルモニアも王独貴族の一員であり、政治的な駆け引きについては理解する……一方で、エリスは大切な家族であり最愛の妹である。
シノを利用したいのは、確かだ。
しかし領内の治癒術師すらさじを投げた病を改善した事実は、バルゴもハルモニアも理解している。
もし、シノに真正面から喧嘩を売り、あの魔薬師ともどもへそを曲げられてしまえば、妹の治療に支障が出かねない。
「父上。あの魔薬師だけ、別で引き抜くというのは、不可能でしょうか」
「エリスによれば、彼は大変に義理堅い性格らしい。口を挟んで不況を買えばシノ共々、領内から去られてしまう可能性もある」
ううむ、と再び唸る妹大好きな親子。
何とかシノの不況を買わず、けれど、上手く利用する手はないか……?
バルゴが悩んでいると、ハルモニアがふと眉を上げた。
「父上。彼女を、此度行われる豊夏祭にお招きしては如何でしょうか」
豊夏祭はアルミシアン領領主、ワルツィア=アルミシアンが開催する貴族間の祭事だ。
元は地元民の祭事だったが、お祭り好きな領主が我も我もと手をあげ、半ば強引に貴族達を集めて開かれる、大変ワガママな祭典である。
バルゴが渋い顔をしつつ、あれか、と。
「ワルツィアの奴が、今年は孫が貴族院から帰ってくるとはしゃいでいたな……そこに、彼女を?」
「ええ。その際、我が領内にいる同派閥の者と顔合わせを行うことで、彼女を青派の人間だと印象づけるのは、どうかと」
「確かに。こちらとしても、ウィノアール家ほど高位の者を招かぬ訳にはいかない建前もある。……が、彼女は表向き身を隠し、偽名を使っている。公の場への出席は、断ると思うが?」
「そこも含めて、反応をうかがいましょう。向こうも断り辛いはずです。エーデルリス家は彼女に恩がありますが、先方もこちらに恩があるはずですから」
アルミシアン領内にて、彼女らの出店がスムーズに進むよう配慮したのは、エリスだ。
その背後にエーデルリス家の後ろ盾があることを、シノが考えないはずもない。
「せっかくだ、エリスにも出席するよう伝えておけ。そうすれば、シノ嬢も断り辛くなるだろう」
「畏まりました。……エリスは了承するでしょうか?」
「何とか説得してくれ。せっかく身体が元気になったのだ、外の世界のひとつでも知るようにな、と」
父の命を受け、ハルモニアは軽く一礼をしたのち執務室を後にした。
(しかし。あのウィノアール家の娘が、どうして魔薬師などと……?)
廊下に出たハルモニアは一人、考え事をしながら足を止める。
父の手前、賛同の意を示したものの、ハルモニアはあの娘を味方に引き入れることには納得していない。
ウィノアール家の悪辣さは貴族院時代から嫌というほど身に染みていたし、事実、奴らには常識が通じない。
私利私欲のままに権威と権力を振りかざす、王国の病そのものだ。
叶うなら今すぐ自領から排除し、懸念をすべて吹き飛ばしてしまいたいが――
(あの魔薬師の顔が、どうにも、納得いかん)
薬屋でふと見た、彼の横顔。
あの男の、シノ=ウィノアールを見つめる瞳が――あまりにも優しいものだから、ハルモニアはどうにも決意が鈍る。
「まあ、いい。祭事の経過を見れば、答えは出るはずだ」
シノに野心があるなら、お偉方との接点を手ぐすね引いて待ち構えているはず。
なければ無いで、上手く利用するまでだ。
(その化けの皮、必ず剥がしてやる。……裏がないことを祈りたいが、な)
心の内で再確認しつつ、エリスの部屋の戸を叩きながら、ふと。
祈る、等という曖昧な表現を考えたこと自体が迷いの現れだと気づいて、ハルモニアはふるりと大きく首を振った。
惑わされるな、と。
*
――その数日後。
クラウが心地良い朝の目覚めとともにリビングへ顔を出すと、シノが、潰れた餅のように机に突っ伏していた。
「どうしました? 朝から元気がありませんが」
「……行きたくない……領主様、こういうのは差し控えてくださいとお願いしたのに……断れないじゃないですか……」
その手に握られた豊夏祭への招待状を見つめ、クラウは何事かと首をひねるのだった。
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