3-3.「もしかしたら、向こうも私の正体に気づいてるかも知れませんけどね」

 シノとアミッタは数度のやり取りの後、あっという間に仲良くなってしまった。

 元々どちらも明るい子だし、同性のため話も合うのだろう。


 新天地にて交友関係ができるのは良いことだ、とクラウが安堵してると、そのシノからお誘いがあった。


「先生。今度アミッタさんから、向こうの薬局に顔を出しませんかと誘われまして。旦那さんもご挨拶したいとのことで、一緒に伺いませんか?」

「それはぜひ」


 一介の魔薬師として、興味がある。

 今までは薬作りばかりで意識が向かなかったが、この街でどんな薬の需要が高いのか、季節による病の流行はあるのか等、知りたいことも多い。

 競合店の視察というより、純粋な知識欲だ。


 そういった事情をシノに説明すると、彼女経由でアミッタに伝わったらしく快く了承してくれた。


*


「ただいま、ダン! 噂の薬屋さん連れてきたよ!」

「すみません、うちの妻がお騒がせしておりまして……アミッタ、無理をしないでといつも言っているだろうに」

「でも気になるじゃない、ダンだってそうでしょ?」


 人懐っこい笑顔を浮かべ、アミッタが大柄の男性に駆け寄っていく。


 アミッタ薬局。

 都市マルクエ大通りの一角に構えた店の亭主、ダン=メリルは、クラウから見ても温和そうな男性だった。

 薬師としては大柄ながらも表情は柔らかく、駆け寄るアミッタをしっかり受け止める姿勢からも、人の良さが伝わってくる。

 店員用なのか、水色のエプロンをつけているのも愛嬌があっていい。


 クラウとシノは早速、店内を拝見させて頂く。


 店舗そのものはこじんまりとしたサイズだが、棚に並ぶ魔薬の種類の豊富さに、ほうと息をつく。

 魔薬といえばポーション、飲み薬が主流だ。

 体内に取り込むことで魔力、体力を回復するのが目的であり、外傷を癒すのは治癒術師の仕事だからだ。


 しかし、アミッタ薬局は魔薬以外にも、塗り薬――いわゆる軟膏や、肌に直接塗る薬がかなり豊富だ。


「魔薬といえば、飲むものだという印象があります。皮膚症状などは治癒術師のほうが強いかと考えていたのですが」

「それは都市マルクエに、というより、アルミシアン領に治癒術師が少ないからだね。そのぶん、治療費が効果なんだ」


 ダンの説明を受け、その観点は抜けていた。

 クラウ自身は下級とはいえ貴族の身であり、お金で困ることは稀であったが、考えてみれば誰もが治癒術師の恩恵に授かれる訳ではない。


「あとは意外と、治癒院で治療を受けたくない、という人もいますね」

「そうなのですか?」

「人に知られると恥ずかしい病や、院にいくと高額の治療費を取られるから、と。そういう方に、軟膏や塗り薬は人気があります。あとは単純に、虫刺され等、わざわざ院にいく必要はないけど気になる症状も」

「……良ければ今度、作り方をご教授頂けませんか」


 生命の治療には強いクラウだが、ダンの語るような、身近な症例には疎い。

 アルミシアン領ならではの需要もあるだろう、とクラウが感心していると、対するダンもアミッタが持ち込んだクラウ特性薬を片手に、まばゆい笑顔を浮かべている。


「僕も、ドグラさんの精製された魔薬には興味があります。これほど効率の高い魔薬の精製は、理論上、不可能だと考えていました。特別な術を使う、とアミッタからは聞いていますが、拝見させて頂いても良いでしょうか?」

「……卑式魔術ですが、抵抗はありませんか?」

「そもそも僕は、魔術に対して偉いとか卑しいという格差はないと考えています。王国独式にしろ、簡易にしろ卑式にしろ、勝手に名付けただけで効能そのものに性あるとは思えない、ですね」


 ダンの物言いはまっとうだが、王国でその意見を持つ者は、珍しい。

 そして生きにくいだろう。

 自分がどんな意見を持っていても、他人は他人の常識に基づいたうえで物事を語るもの。


 温和に見えて、アミッタ夫人と同じく個性的な人物かもしれない。

 認識を改めながら、クラウは精霊達へと語りかける。

 いつものように魔力を込め、水の精霊に語りかけ水色の光を浮かべると、ダンもまた驚いたように目を丸くした。


「これは、精霊ですか……? 自然魔術のひとつと聞いたことはありますが、薬に応用できるとは知りませんでした。精霊はひとつの箇所に留めておくのが無理だと聞きますが」

「仰る通り、正確には精霊の残滓を魔薬に含めています。本物の水を用いているわけでもなく、精霊の力を宿したものであり、それで効能を引き上げている形です」

「なるほど。しかし具体的には……」


 質問を重ねるダンに、彼もまた研究者だなとクラウは薄く笑う。

 思えば、医学的な話をきちんとするのも久しぶりだ。

 紛争時は現場と向き合うばかりで学びがなく、医院務め時代はそもそも向上意欲のない者も多かった。


 妙にくすぐったいなと思いつつ、薬談義を終えた頃、シノがそうっと顔を出してきた。


「先生、どうですか?」

「ええ。とても参考になりました。宜しければ自分の店にも、アミッタ薬局の薬を融通して頂けると助かります」


 良ければ、今後とも良好な関係を。

 そう伝えると、ダンの隣でニコニコしていたアミッタがにこやかな笑顔で了解してくれた。


「じゃあ、今後とも協力ということでお願いね! あ、でもうちの薬を魔術で改造するときは教えてね? 効果を確かめたいので!」


 勝手に改造するな、ではなく、効果を知りたいという辺りに彼女達の気質がよく出ていた。

 クラウは苦笑しつつ了承し、もう暫く、ダンと魔薬に関する談義を重ねる。


 じつに充実した時間だった。


*


「先生って、あんなに沢山話すんですね」

「興味のあることには、関心がつきませんので。……あのような話をしたのは、久しぶりでしたが」


 見学会を終えた帰り道、シノの質問に柔らかく返す。

 夕暮れ時の日差しを浴びながら、久しく楽しい時間を過ごせたおかげか、心が軽い。


 これも彼女のお陰かと隣を見れば、シノは何気ない様子で、ふと。


「アミッタさんの昔の名字、実は、リズレット、というそうです。聞き覚えありませんか?」

「それは……確か、エーゼック家と対立していた?」

「ええ。昔”青”派に属した貴族で、魔薬師として名のある家でもありました。ただ、過去の不正流用問題で家がお取り潰しになったと。……私も詳しくは知りませんが、エーゼック家と揉めたのかもしれませんね」


 意外なところで、意外な名を聞くものだ。


「……とはいえ、あの二人にそういう重さは感じませんでしたけどね」

「ええ。何というか、自由に仕事をしている雰囲気でした」


 名前には驚いたが、二人の性格をみる限り、貴族に向いていない気がする。

 クラウとしてはこのまま、単なる薬師同士の繋がりとして仲良くしたいものだ。


「まあ、こちらも身分を隠している身ですし、お互いこのまま触れずに過ごしましょう」

「はい。……もしかしたら、向こうも私の正体に気づいてるかも知れませんけどね」


 だとしても、お互い深入りしなければ問題無いだろう。


 ――誰もがそんな風に、程よい人付き合いが出来れば。

 望み薄な未来だなと思いつつも、アミッタ夫妻と上手くやっていければ良いな、とほんのり思うクラウであった。

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