3-2.「案外、似たもの同士かもしれません」

「驚かせてしまって、大っ変、申し訳ありませんでした! でも! でもですよ? あたしも魔薬師の一人としてどう考えても、この薬であの薬効は高すぎると思うんですよ! そのために観察と、必要だったらちょ~っと不法侵入しようかなと思っただけで悪気はありません!」


 早めに店を閉め、少女を自宅に招くなり、思いっきり謝られてしまった。

 悪意は感じないが、不法侵入はもちろん違法行為である。


 まあ、不法侵入には何故か慣れているが。


「あ、遅くなりました、あたし、アミッタ=メリル、といいます! 仕事は同じく魔薬師です」

「ああ。アミッタ薬局の」


 同業者の名は、シノの調査報告でも聞いていた。

 品質も調査したが、クオリティでいけば都市一、というのがクラウの見立てだ。


 魔薬の性能を左右する要因は、ひとつではない。

 薬草の品質、調合の分量、魔力を込めるコントロール力といった様々な技術の重ね合わせだ。

 一般に流通している魔薬でバランスが取れているものは少ないが、アミッタ薬局の魔薬はいずれも高いレベルで実現しており、クラウが密かに感心した程である。


「アミッタ薬局のポーションは、とても質がいいと聞いています」

「そうなの! うちも個人でやってるとはいえ、クオリティでは負けてない自信があったんですよ! なのにどう考えてもおかしいんですよね、この薬草配分と魔力の込め方でこの効果がでるの……まあ、薬草の配分も魔力量もすごくイイんだけど、それだけじゃないっていうか。秘密があるっていうか、だから十本くらい買って試したんだけどわかんなくて」


 棚に並ぶ魔薬を勝手につまむ、アミッタ。

 根っからの研究者らしく、小瓶を下から覗き込んだり軽く振ったりしている。


 もちろん、クラウの秘密とは幽術のこと。

 簡易魔術にて通常の魔薬を精製したのち、精霊の加護を加えて効能をブーストしてるのだから、当然だろう。


 隣に並ぶシノが、にこりと微笑む。


「お褒めいただき、ありがとうございます。ですが申し訳ございません、当店の企業秘密にございまして」

「お願い! どうか教えて貰えませんか!? 気になるの、すっごく気になるの!」

「そう言われましても……」

「企業秘密だってことは分かる、けどほら、街の人の健康のため――あ、これは言い訳だね。よくないや。うん、あたしが気になります! だからお願いします!」


 深々と頭を下げるアミッタ。


 もちろん、領民の健康のためなら、幽術が使えるかはともかく技術共有はしてもいいだろう。

 が、それで当店の売り上げに影響が出ては、シノが困るか。


 ……何か解決する方法はないだろうか?


 思案するクラウの隣で、シノも天井を見上げて、ふむ、と。


「アミッタさん。協力の前に、そちらのお店についてお聞きしたいのですが……アミッタ薬局の原材料である薬草は、どのように仕入れているのですか?」

「ん?」

「そちらは、旦那さんと夫婦で経営されてますよね。二人で経営するわりに、薬の種類が多いと目をつけていたのですが」

「あ、よく知ってるね。うちの旦那のダンが薬草の栽培に詳しくて、あとギルドと専属契約を結んでるから、種類や数は豊富だし途切れることないんだよね」


 ほほう、とシノが目を輝かせる。地元民と繋がりがあるなら納得だ。

 同時に、シノの意図を理解する。


 現在のクラウ薬局は、品質こそ高いものの原材料となる薬草自体が品薄傾向にある。

 二人での採取は楽しくもあるが、需要に対して供給が追いつかない、となると……。


 察したアミッタが、にやりと笑った。


「……ソラさん、ドグラさん。どれくらい譲ればいい?」

「全部」

「ソラ様、強欲すぎます。自重してください」

「冗談ですよ、先生。ただ、私達にもその流通ルートのおこぼれを頂ければ、と。……先生、宜しいですか?」

「自分はただの店員にすぎないので、店長が決めて頂ければ」

「あら。私、いつのまに店長になったんですか?」


 シノがくすくすと笑いながら、でも否定はせずアミッタと交渉のテーブルに腰掛ける。


 その後の展開は早かった。

 まずはアミッタ側から、薬草を格安にて提供してもらうことを約束。

 代わりに一部、必要に応じてクラウの魔術を用いた魔薬を、アミッタ薬局にも融通する――売り上げの分配についても打ち合わせし、シノに有利な交渉内容にまとまっていく。


 話がスムーズに進んだのは、相手の意図が商売以外にあったからだろう。

 アミッタはどちらかといえば、薬の成分に興味があるらしく、融通を効かせてくれた。


 それで商売として大丈夫かと問えば、彼女は元気いっぱいに腕をまくって、


「純粋に知りたいんだよね。魔薬の効能をぐっと上昇させる魔術! 応用したらあんなこともこんなことできるかなとか考えるともうわくわくして夜も眠れなくて、興奮して旦那に迷惑かけちゃったから、それなら自分で話聞きに行こう! って思って、確かにって」


 ……これで商売になるのだろうか?


「先生。この方、良い人だと思いますが勢いがすごいですね……大丈夫でしょうか」

「まあ、すこし心配ではありますが、悪い人ではないかと」


 人生ノリと勢いだけで生きてそうだ。

 でも、医療人らしくもある。

 医療に携わる者なら、最新技術と聞いて真っ先に飛びつくくらいの気概が欲しいものだ。


「それに勢いの良さといえば、夜分に不法侵入を行う方もいましたし。案外、似たもの同士かもしれません」

「むっ。先生それ、誰のことを仰ってます?」


 シノのふくれ面に、クラウは笑って返した。


*


 そうして話が一段落したのち、クラウは改めてアミッタに幽術をお披露目した。


 心の片隅で、他者にこの魔術を見せることへの躊躇はあったものの、大丈夫だろうと己の心をねじ伏せる。

 軽蔑の目で見られることは多かったが、ごく稀に、チェストーラやシノのような例外もいる。


 アミッタも後者だろう、と経験から判断し、手始めに水の精霊を呼び寄せる。

 案の定、彼女は飛びあがって喜んだ。




 ――今の環境は、本当に、仕事がしやすい。

 慣れない心地良さに心がほぐされるのを覚えつつ、もっと頑張らなければ、と思うクラウであった。

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