2-1.「人生って、時にはノリと勢いも大切だと思いません?」
王国北方アルミシアン領。
広大な山々を背にしたその地は、日々戦果に明け暮れる王国において珍しいほど平穏だと聞く。
一方で、厳しい地形と気候は人々の生活に大きな影を落としている。
とくに寒冷期は大雪に見舞われることも多く、きちんとした蓄えがなければ自宅で餓死してしまう、なんてこともあるらしい。
蔑称として、王都ではアルミシアン領の住人を、ひもじい者、と揶揄することもあるとか。
(いずれにせよ、きちんと蓄えを用意しなければ身が危ういでしょうか)
王都では見られない特徴的な三角屋根を見上げながら、クラウは今後を憂う。
貯蓄がない訳ではない。
紛争終結時の謝礼金は十分あるし、節約すれば当面の生活は何とかなる。
その余裕がある間に、生活基盤を整えよう。
シノの安全のためにも、治安のよい地域と借家の調査。
可能なら貴族街が良いが、さすがにツテがないと下級貴族のクラウでは厳しいか……。
新居が決定するまでは宿を取りつつ、平行して仕事探しだ。
青派に属するアルミシアン領は、赤派や緑派との相性が芳しくない。必然、緑派に属するライラック系列の医院がほとんどなく、医療基盤そのものが脆弱だと聞く。
それなら、魔薬師であるクラウにも需要はあるだろう。
と、将来について考えている間に、シノが案内してくれた目的地につき。
馬車より降りて、……クラウは目を丸くする。
「先生。こちら、私達の新居になります。すこし小さいですけどね」
シノが示したのは、貴族街の端にある……二階建ての一軒家。
……小さい、と遠慮されたが、外見の時点でクラウの元自宅より広いのだが。
一歩、足を踏み入れれば真新しい家具がきれいに揃い、新築の香りが鼻につく。
テーブルもソファも天上の魔術灯も、どれも真新しく、下級貴族の住まいには程遠い。
なんというか。
予想と、ずいぶん違うのだが……?
「本当はもっといいお屋敷も取れたんですけれど、維持費と立地を考えますと、これ位が無難かなと思いまして。すみません」
「いえ。何に謝っているのか分かりませんが……失礼ながら、こちらの家は?」
「私の財布から、ちょっと」
ちょっと、の一言で済ませるにはでかすぎません? というか、
「……シノ様。もしかしてと思いますが、引っ越しに関する手続きなどは既に……」
「ええ。ただ、少なからず政治的な配慮を含みますので、あとあと、ちょっと困るかもしれませんけど……その時はご相談しても宜しいですか?」
それは構わないが……と、クラウが目頭を押さえ、シノがおやと小首を傾ける。
「先生、何か問題が?」
「いえ。極寒の地にて、厳しい生活を予想していたのですが、ずいぶん違うなと」
「事前準備はそこそこ頑張りましたからねっ。ちなみに事情も、領主様の側近であるエーデルリス家に話を通していますし」
「は? エーデルリス家……?」
エーデルリス家といえば、領主アルミシアン卿の側近として名高き御方だ。
そんな大物と、既に話をつけている……?
まずい。話の規模がでかすぎて、理解が追いつかない。
というかこの調子では、もっと自分も頑張らなければいけない、か……?
「……すみません。仕事の方、精進いたしますので」
「え、先生どうしたんですか突然」
「いえ。シノ様に見合う仕事をしないとな、と」
新居の準備に、領主様側近へのご挨拶。
恩義を返そうとした矢先にこれでは、クラウの立つ瀬がないにも程があるな、と。
「ああ、いえいえ先生お気にせず。こういったことは私の方が得意でしょうから、任せて頂ければ」
「しかし……」
「それに、なんといいますか。少々、恥ずかしい話なのですが」
ふふ、と口元を隠しながらイタズラ好きの猫みたいな眼差しで、シノ。
「先生が私に頼ってくれる状況って、すこし楽しいんです。私でもお力になれてるんだなあって思えて」
「何ですかそれは」
「こんな私でも、できるんだ! と、自己肯定感が上がると言いますか。自分で自分を認められるように、なるんですよね」
茶目っ気混じりに囁くシノ。気持ちは分かる。
クラウも、仕事でいい成果が出せた時は、自分がここにいて良かったと思える時はある。
同時に――他人にお世話されると、妙にむず痒いものを覚えてしまうのは、クラウの悪い癖だろうか。
面倒事を、いつも押しつけられる側だった。
見栄っ張りな実家の小言。
紛争時の厄介事。
上司や同僚からの、理不尽な言動。
誰もが貧乏くじを嫌い、面倒事を押し付け合い、クラウまで無視すれば誰かが迷惑を受ける――だから仕方なく手を出すと、それを良いことに次から次へと厄介事を押しつけられる。
そうして仕事を頑張れば、なぜか疎まれ、陰口を叩かれる。
苦い経験が多いからこそ、クラウは他人に頼るのが苦手であり――
逆に、他人にこうもお世話されると、どう反応していいか分からない。
(……こういうのにも、慣れていく必要があるんだろうか)
君は、他人に頼らなさすぎる――友人チェストーラから、苦言を呈されたこともある。
今回の件を機に、改めるべきか……?
クラウは屋敷の整理をしながら考え、でもやっぱり、居心地が悪く。
「シノ様。お困り事がありましたら、遠慮なく仰ってください。仕事の方も早めに探しますので」
「はい。でも先生、今日くらいは休みませんか? 長旅でお疲れでしょうし」
「それは、そうなのですが。何か動いてないと、罪悪感のようなものが……」
「そういうの、最近ではワーカーホリックと呼ぶらしいですよ。休むときは休む。患者さんにも話したことありません?」
無意識に次の作業を探そうとして、シノに窘められてしまった。
ただ、その……。
居心地悪くそわそわしていると、シノが呆れたように息をつく。
「先生は、人様には休めと言いながら、意外と落ち着きのない方なんですね」
「仕事に限った話ではありませんが、人は一度だらけると、ずるずると落ちてしまうもの、なので」
「それっぽい言い訳にしては、よく出来ていますねぇ」
見透かされているな、と苦笑すると、シノも笑いながら対面のソファに座る。
仕事中毒なクラウに呆れてか、理由は分からないが……仕方ないなあ、と彼女。
「では、先生にはひとつ、お願い事をしても宜しいでしょうか?」
「何なりと」
「いけませんよ、先生。他人に向かって気安く、何なりと、なんて言っては。ひどい無茶を言われるかもしれませんし」
でも、彼女なら無茶は言うまい。
……言うかもしれないが、クラウは多少の無茶でも叶えてあげる気概だ。
そんな意気込みを知られたかは分からないが、シノは、悪人のように唇を歪めて。
「実は引っ越しの時、エーデルリス家から許可を頂くうえで、頼まれたことがございまして。……アルミシアン領では治癒術師や魔薬師が不足傾向にあると聞きました。そこで先生、私達で薬屋をしてみませんか、と」
「魔薬師ですか。医療機関がありましたら、どちらでも」
「いえ」
自然と答えるクラウに、しかし、彼女はふるりと首を振り。
「魔薬師、ではなく、薬屋さん……薬を作って売るお店を開きましょう」
「……は?」
「先生の魔術で、薬の効能はバッチリ。そのうえ私という可愛すぎる看板娘がつけば、薬なんてきっと飛ぶように売れますよ」
ニコニコ笑顔で、意味の分からないことを言い出した。
医療機関勤めでなく、薬屋の開店。
店舗を構えて、薬を売る……?
クラウはぼんやりと、店の構想を考える。
店員、二名。
どちらも、地元に馴染みのない外様の人間だ。
一人は怪しげな幽術使いに、もう一人は明らかに上流階級らしき元お嬢様――
「シノ様。そんな怪しげなお店、自分なら絶対近づきたくありませんが……」
「えええ!? 私、名案だと思ったのですけれど……それにもう、エーデルリス家には話を通してしまったので、今さら変更も効かなくて」
「前から思ってたんですが、シノ様、案外プランが行き当たりばったりすぎませんか」
「人生って、時にはノリと勢いも大切だと思いません?」
思いません。
と答えたいが、そのノリと勢いのお陰で王都から連れ出してくれたので、否定もできない。
(薬屋。自分が、店を営業……か)
先行き不透明にも程があるが、恩人の頼み事なら努力してみるしかないだろう。
まさか一介の魔薬師が、店を出すことになろうとは――
人生とは本当に分からないものだと思いながら、とりあえず金勘定から始めよう、と思うクラウであった。
――――――――――――――――――――
明日から一話ずつ更新となります。
毎日昼12時予定で、一章完結まで毎日公開予定です。
もしここまで面白ければ、☆評価、コメントレビュー等頂けると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます