1-6.「先生……その物言いは、少々失礼かと思いますけど?」
「まず先に、頂いたご相談については自分なりに善処させて頂きます。……ご友人の治療、でしたか。幽術に抵抗がないのであれば、その力も活用しつつ治療に助力させていただきたい。もっとも、自分は治癒術師でなく魔薬師なのでお力になれるかは分かりませんが」
朝食を終えた後。
クラウはシノに、できるだけ分かりやすい説明を心がけようと意識しながら語りかけた。
彼女の正体についてはチェストーラの連絡待ちだが、目的はわかる。
クラウの薬を用いて、友人を癒やしたい。
推測だが、クラウの魔術が特別だとどこかで聞きつけ、藁にもすがる想いで頼ってきたのだろう。
自分に婚姻を申し込んできた……のはよく分からないが、治療の対価として、自身を差し出す――という意味だろうか?
ちょっと論理的に繋がらない気もするが、他に思いつかない。
何はともあれ、クラウのすることは、ひとつ。
「ここ数日を通じて、シノ様に悪意がないことはご理解いたしました。そのご友人が、特別な方であることも。……であれば、それ以上の配慮といいますか……善意を見せずとも、ご協力いたします。もっとも、いまの自分は仕事を干されている身ですので、魔薬を作るにもまずは薬草の入手から行わねばなりませんが」
困難はあるだろうが、目の前に患者がいるなら、仕事をするのみ。
薬草入手のツテも、全くないわけではない。
あとは、叶うなら彼女のご友人の症状を、直接見れると有難い、くらいだろう。なので。
「ですので、これ以上の配慮は不要です。それに、シノ様も大変でしょうし」
「……といいますと?」
「自分は、シノ様の考えをすべて理解したわけではありません。しかしながら、自分の家にこうして毎日通われるのは、ご負担もあるでしょうし、外聞の問題もあるでしょう」
初日こそ不法侵入だったが、ここ最近は毎朝クラウ宅を訪れている。
年若き少女が、場末の貴族宅に朝通い――噂が立つのも、そう遠くないはずだ。
しかも、自称ウィノアール家の名を名乗る偽物など、他人に聞かれたらどんなことになるか。
貴族社会にとって、外聞は生き様に直結する重要な要素だ。
実家と断絶しているクラウはともかく、彼女のような見目麗しい少女にとっては、大変困ることになるだろう。
「シノ様はもう少し、ご自分を省みられたほうが良い。あなたが何者かは存じませんが、自分のような、うらぶれた魔薬師の元で暇を潰すのは勿体ない、というものです」
それに、今の自分はライラック家に目をつけられている。
ガルシア局長の恨みが、自分だけでなく彼女に向いたら。考えにくいが、巻き込むのは避けたい。
……ご理解頂けただろうか?
まあ、聡明な彼女ならすぐに理解できるだろう――
「先生……その物言いは、少々失礼かと思いますけど?」
「え」
と思いながら彼女を見れば、シノはなぜか、むっと不機嫌そうに眉を逆立て、クラウを睨んでいた。
顔立ちのせいで迫力はないが、怒っているのはわかる。
わかるが、なぜ?
「その言い方では、まるで私が先生に仕事を頼むため、媚びを売っているように聞こえるではありませんか」
「違うんですか?」
「違いませんけど?」
「そこは違うと否定する流れでは?」
「確かに、先生にお願い事をするために通っているのは事実です。私のように、可愛くて器量のよい子が毎日朝ご飯を届けに来てくれたら、先生のカタツムリのように籠もった心も揺らぐことでしょう、という打算はあります」
自分の心は、軟体生物と同レベルなのか……。
「けど、打算だけではないのです。私はもっと純粋に、先生の家でのんびり過ごすのが好きですし、心地良い時間を過ごさせて頂いてると感じています」
「……そうなのですか?」
「はい。私はワガママな性格ですし、言いたいことは口に出すタイプですしね」
ふふん、と自慢するシノ。
それから彼女は、クラウにそっと人差し指を突きつけ、
「なのに先生と来たら、一方的に私が負担を被っていると決めつけて。それは良くないのではありませんか?」
「それは、まあ……」
「いまの私は、諸事情により居場所がありません。先生にとっては不思議かもしれませんが、私はいま、この家でゆっくり休憩している時間が心地良いと感じているのです。だから、ご自宅にお邪魔させて頂いている……それではいけませんか?」
まっすぐに見つめられる、クラウ。
そこまで断言されると、クラウとしても遠慮しづらい。
自分のような人間に、心地良さを求める心境はまるで分からないが――シノの心境を決めつけたのは、軽率だった。
それは理解するが……しかし、だ。
「自分のような人間では、シノ様と釣り合いが取れないと思いますが」
「それは私が決めることですっ。それに、先生がすぐれた人であり魔薬師であることは、私もよく存じていますので」
「……前から気になっていたのですが、やはり、自分とシノ様はどこかでお会いしていますか?」
シノの話によれば、自分と彼女は以前どこかで顔を合わせているという。
その起点を、クラウは未だ思い出せない。
理由があれば、納得するのだが――
ふぅ、とシノが小さな息をついた。
むず痒そうに髪をいじり、くるくると亜麻色の髪を指先でゆるく巻きながら、困ったように眉をハの字にする。
「……本当は、思い出して頂ければ嬉しいなと思ったのですけれど、やっぱり、ちゃんと話した方が良いですね。……でも、実は、話してもご理解頂けるか分からない気持ちもあって」
「そうなんですか?」
「えっと。その。私の事情もありまして、結構、一方的なところもありますので……まあ……」
シノにしては珍しく、歯切れの悪い返事。
クラウに語られて困るような過去はないはずだが、と懸念しつつ、彼女の返事を待とうと口を閉ざした、その時――
沈黙を破るように、鈴の音が響いた。
音の出所は、クラウの私室から。導話機の呼び出し音だ。
「すみません、シノ様。すこし席を外させていただきます」
非礼を詫びつつ私室に戻り、備え付けの導話機を取る。
集音機を耳にひっかけ、口元に発生器を構えると、聞こえてきたのは珍しく慌てた友人の声だった。
『クラウ。本物だ』
「どうした、藪から棒に。説明をしないと前提が分からんが……」
『本家が事実を隠しにしていたから、掴むまで時間がかかった。いや、僕もまさかとは思ったんだけど間違いない』
珍しく要領をえないチェストーラの話に、クラウの眉が寄り、耳を傾けようとしたそこに。
コンコン、と、今度は私室をノックする音。
「……あの。先生? すみません、外から誰かがノックしているのですが……」
シノが申し訳なさそうに顔を出し、その外から続けてドンドンと乱暴な物音がする。
朝から、来客……?
にしては、ずいぶんと物騒な叩き方だ。
無視するかと考えたが、シノがいる手前、彼女を怖がらせたくない――やむなく、クラウは友人との話を後回しにする。
「すまない、チェストーラ。来客のようだ。話は今日の夜にでも」
『待って、クラウ。偽物だなんて根拠なく口にした僕も申し訳なかったけど、君のほうこそ不敬があったら……』
申し訳ない、と導話機を置き、クラウは急ぎ玄関を開く。
雨天のなか、顔を覗かせたのは見覚えのある顔だ。
西方ライラック治癒医院にて、魔薬師として務めた男が、そっと頭を下げる。
「クラウ、局長様が急ぎお呼びだ。……お前、今度は何をしたんだ? ずいぶんお怒りだったが」
「いや。特に何もした覚えはないが……」
謹慎処分を喰らっている自分に、何かできるはずもない。
そう口にしたかったが、彼に伝えたところで局長が納得するはずもなく、クラウはすぐに向かうと口頭で伝える。
今日は、妙に騒がしい一日だ。
雨のなかシノ様が訪れ、彼女に幽術を見られ。
突然チェストーラから通話があったと思えば、職場からの呼び出し。
これ以上悪いことが起きなければ嬉しいが……と祈りたいが、相手がガルシア局長ではそう上手くもいかないだろう。
なるだけ、火の粉が飛ばないことを祈りたい――
*
という願いは、残念ながら届かない。
雨に打たれ、水浸しになりながら局長室に足を運ぶなり、飛んできたのはいつもの罵声だった。
「んまああああ、よくも顔を出せたわね、クラウ! ねぇ、これはどういうことなの? あなたの診療録をヴェーラが調査したら、見てよコレ! ねぇ、あなたこそおかしな治療ばかりしてるじゃないの。ねぇ、ねぇねぇねえぇぇぇぇっ!」
一体、何の話だろうか。
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