1-4.「たまには、人に素直に頼るのも、君には大切なことだと思うけどね」

『それで僕に連絡を? 君から話があると言われた時は、何事かと思ったけども』

「笑い事ではないんだが」


 クラウの返しに、導話相手のくつくつとした笑い声が響く。


 シノが帰宅した夕刻。

 王都では珍しい雨模様を迎えたその日、クラウは自室に封印していた導話機――紛争時に開発された、遠隔通話が可能となる魔導具――にて、唯一の友人に連絡を取っていた。


 チェストーラ=バルバロット。

 王独貴族バルバロット家の次男にして、青盾派。

 通称”青”派と呼ばれる穏健派に属する、クラウと同年代の王独貴族だ。


 本来、クラウが声をかけられるような相手ではない。

 しかし以前の紛争時、軍所属の魔薬師を務めたクラウがたまたま彼の命を救ったのを機に不思議と気があい、自然と会話をするようになった。

 正しくは向こうから声をかけられ、クラウが断り切れなかった、ではあるが。


『それにしても、君から久しぶりに連絡が来たかと思えば、謎の少女に詐欺とはね。他に話すことあるだろう? 僕に会えなくて寂しいとかさ』

「連絡する要件がなかっただけだ」

『人は理由がなくても、話をしたくなるものだよ。相手が元気かなぁとか、恋人ができたかなぁとか』

「そう言われても、話すことがないからな……」

『君らしい答えだね、クラウ。そういう君だから、僕も話しやすくはあるんだけど』


 受音機から、友人のはずんだ声がする。

 導話越しゆえに顔は見えないが、おそらく彼は今も、優雅な金髪をなびかせながら人を食ったような笑みを浮かべていることだろう。


『それにしても、興味深い話だね。人様の家に押しかけて、求婚。しかも、かの赤杖派ウィノアール家の名を語るとは』

「疑うか?」

『君が嘘をつく理由がないよ。心当たりは?」

「あったら相談などしていない」


 それもそうか、とチェストーラの笑い声が耳をくすぐり、それで? と。


『お望みは何だい? ただ愚痴りに来た……なんて、君に限って、ないだろう?』

「事情を調べて欲しい」

『おや。その子を不敬罪で捕まえて欲しい、っていう話かと思ったけど』


 全く考えなかった訳ではない。

 ウィノアール家の名を身勝手に名乗るなど、王国では重罪にも等しい罪だ。


 ただ……


「言いにくいのだが……少々、世話になってな」

『へぇ。人が苦手と自称する、君が?』

「話の流れで、と言えばいいのか……押されて、断り切れなくてな。そこに悪意を感じたなら別だが、どうも、打算はあれど善意であるのは間違いない気がする」


 クラウの推測にすぎないが、それを確定させるためにも裏付け調査は行いたい。

 シノ本人に直接聞くのも手だが、第三者の調査を間に挟めば、信憑性も増すだろう。


 と、チェストーラは何故か面白そうに笑って。


『あー……つまり君は、正体不明の押しかけ女房に借りを作ってしまったので困っている、と』

「表現に語弊はあるが、概ね間違ってはいない……か?」

『へぇ。あのクラウがね……いやまあ、君は昔から面倒見はいい方だったか」

「そんなことはない。むしろぶっきらぼうな方だろう」


 業務上はともかく、プライベートの人付きあいは皆無に等しい。

 チェストーラがいう面倒見の良さは、あくまで仕事上のものだ。


『たとえ仕事だとしても、君は一度恩を感じたら返さずにいられない性格だろう? 案外その子も、クラウが知らない間に命を助けてた、なんてオチだったりするんじゃないかい?』

「可能性がゼロではないが、仕事上でのことだ。感謝されるものではないだろう」

『でもほら、君はちょっと特別だし』


 そう言われても、クラウにはよく分からない。


 確かにクラウは少々、他の術師に扱えない魔術が使える。

 が、それは仕事だから成しただけであり、それ以上でもそれ以下でもない。


 そもそも、業務に私情はできるだけ混ぜたくないというのが、クラウの基本的な方針なのだが……。


『いやいや、クラウ。人の感情ってのはそこまで単純じゃないよ? ……とはいえ確かに、相手の身元が不明なのは心配だね。僕としても、友人の未来の妻が出自不明だとどこに祝電を送ればいいかも分からないしね』

「勝手に妻にしないでくれないか」

「祝儀は弾むよ。それより、仕事の調子はどうだい? さっきも話したけど、君の術はとても特別だ。王国は認めないだろうけど、患者の評判はさぞ――』

「謹慎処分を言い渡された」

『え?』

「お偉方に口を挟みすぎてしまったらしい。近々、クビになるかもしれん」


 シノの騒動で忘れていたが、クラウの将来はとても危うい。

 ライラック家は王国の医療界隈を牛耳る総本山だ。その直系、ガルシア局長に睨まれたということは事実上、王国内での医療行為そのものに出禁を喰らうのに等しい。


 最悪、王都を出て、外に仕事を探しに行くしかない。

 ……なんて話をして、チェストーラを心配させるのも忍びない、か。


「失礼。その件はこちらの問題だ、気にしないでくれ。それより彼女の件を頼む」

『いいけど、その話は聞き捨てならないね。どこの誰だい、君に謹慎を言い渡したバカは。まあ勝手に調べるけど』

「心配しなくていい。自分と、相手方の話だ。……そろそろ失礼する。何か分かったら連絡を」

『相変わらずそっけないね、クラウは。まあ、君らしいけど。……でも一つだけいいかい?』


 最後に引き留められ、クラウは耳をそばだてる。

 チェストラはくすりと笑って、耳に痛い忠告をしてきた。


『たまには、人に素直に頼るのも、君には大切なことだと思うけどね』

「どういう意味だ」

『困ったときは、他人に協力を仰ぐってことさ。基本的なことだろう? じゃあ、また』


 顔をしかめてる間に、導話が切られた。

 今ごろ嫌味ったらしく笑ってるであろうチェストーラの顔を想い浮かべ、クラウは疲れたように息をはく。


 余計なお世話だ――とは思うが、紛争時も時々、チェストーラに指摘されてはいた。

 お前は他人を信用しなさすぎる、と。


(そうは言うが、人と関係を結ぶ、他人に頼るなど、そう簡単にできることではないだろうに)


 クラウは仕事にこそ真面目に取り組むものの、基本的に、他人を信用していない。

 正しくは、自分のことを他人に委ねるのが苦手、というか。


 お陰でどうにも、他人が家族や友人、恋人と仲良くしている楽しさが分からない――元より必要としていないし、自分が孤独であることに、何の疑問も抱いていない。


 チェストーラはどうやら、シノと自分に縁があると勘違いしているようだが……。

 間違いなく、彼の思い過ごしだろう。

 そもそも自分に、他人に好かれる要素など無いのだから。




 カップに白湯を入れなおし、ゆっくりと口に運ぶ。

 窓の外を眺めながら、今日の雨はよく降るな――彼女が濡れ鼠になっていなければ良いけれど、と、クラウはほんの少しだけ思いを馳せ、首を振って打ち消した。

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