1-3.「自分はもしかして、典型的なダメ男なのでしょうか」

 魔薬師クラウは自身を、律儀な性格だとは考えていない。

 しかし一度結んだ約束を一方的に破るのは、人としての義に反する、と考えるくらいの心得はある。


 居留守と使わないと約束した手前、朝から訪れたシノを招かない訳にはいかず――

 気づけば、彼女はせっせとテーブルに朝食を並べていた。


「クラウ先生は、好き嫌いはございますか? 簡単なサンドイッチと野菜スープですので、口に合わない、ということはないかと思ったのですが……」

「いえ。大変ありがたいのですが……」


 これは帝国警備局案件かと考え、クラウは心の内で否定する。


 不法侵入者が、勝手に朝食を持ってきて困るんです――

 説得力がなさすぎるにも程があるし、そもそも、害意を感じない。


 となると目的は何だろうか。


「シノ様。失礼ながら、どういった思惑で朝食をご用意して頂いたのでしょうか。善意で、ですか?」

「いえまさか。打算です。私、こう見えても計算高い者ですので」

「その心は?」

「人間というのはいくら頭で考えていても、身体が動くと心も揺らいでしまうものです。つまり、先生にこうしてご飯をお持ちすることで、先生の気を変えようという作戦なのですっ」


 それは合理的だと、クラウは密かに安心する。

 これで裏も何もない善意ですと言われたら、逆に疑っていたところだ。

 それくらい、打算的なほうが信用できる。


 問題は、そこまでされるほど自分には価値がないことだろう。

 一介の魔薬師にすぎない自分を、彼女はどうしてこうも高く買うのか?


「シノ様。先に申し上げておきますが、自分の家には大した遺産もありませんが」

「え。そんなの求めてませんけれど……?」

「すみません。一応お伝えしておこうと思いまして」


 クラウの返答にびっくりしたらしいシノは、しかしすぐに「もうっ」と笑って。


「クラウ先生は記憶にないようですが、私は先生に深い恩があります。そのお返しの気持ちが、半分です」

「もう半分は?」

「勇気と、私の無謀な計画のためです。なんて格好良くいいましたけれど、じつは勢い任せでやってます。大失敗するかもしれません」


 何の話か、まったくわからない。

 ただ少なくとも、彼女には明白な目的があるらしい、と笑いながら、クラウはそっと並べられたサンドイッチに手を伸ばす。


 毒殺の可能性がよぎるが、それならもっと上手い方法があるだろう――と、ひとつ、口にして。

 ――ああ。


(……参ったな。旨い)


 クラウは日頃、食事というものに興味がない。

 不味いものを好む趣味はないが、食事など胃のなかを通ればなんでも良いと思っており、味に固執しない方だ。


 しかし久しく頂いたふわふわの白パンと、シャク、と口の中で弾ける新鮮な野菜は、クラウの中に久しく忘れていたものを取り戻してくれるかのように瑞々しい。

 早く口を運びたいのを我慢し、ゆっくり咀嚼しながら、こうものんびりした朝食は久しぶりだと思いだす。


 仕事での謹慎処分も、たまには、良いものかもしれない。

 妙なことを考えつつ、クラウは薄く笑みを浮かべて最後の一口を頬張り、スープにも口をつける。


「とても、美味しいです」

「ふふ。お褒めの言葉、ありがとうございます」

「……それで。シノ様の仰るご友人は、どういった容体なのでしょうか」

「あら? さっそく効いてしまいましたか?」

「力にはなれないとは思いますが、恩には恩を返すのが、礼儀だとは思いますので」


 昨日はきっぱり断ったが、話も聞かずに追い返したのは失礼だったかもしれない。

 今さらそんなことを思いつつシノに促すも、彼女は、うーんと。


「主に心身の衰弱……なのですが、ときにすごく苦しそうに、喉を押さえたりします。ただ、症状もまちまちなので実際に診ていただきたい、というのが本音です」

「先日もお伝えしましたが、自分は治癒術師でなく魔薬師です。お力になれるかは、わかりませんが」

「でも先生って、ちょっと不思議な薬を使われますよね?」


 クラウの手が止まる。

 確かに彼の操る魔術は、王国では一般的ではないが……。


 魔術院での評判を、聞きつけたのだろうか?

 ただ、クラウが務めていた西ライラック魔術医院では、自分のよい評判などひとつもないはずだが。


「シノ様は、どうしてそれを?」

「身をもって理解させて頂きましたから」


 彼女の謎めいた返答にクラウは眉を寄せたが、結局、いくら考えても答えは出ないままだった。


*


 それでも、一時の気の迷いだろう、と、思っていた。


 クラウと、シノと名乗る少女にどのような因果があったかはわからない。

 ただ放っておけば数日で飽きるだろう――というクラウの見立ては、連日の来訪により呆気なく崩された。


「こんにちは、先生。すみません、家の都合により不定期にしか来れなくて」


 彼女が毎日来訪するようになり、既に四日目。

 最近は困ったことに料理のバリエーションも増え、本日のメニューは厚切りハムとカボチャのホットサンドだ。

 野菜が多めなのは、クラウの健康に気を遣ってだろうが、いかに魔術栽培が進んだとはいえ毎日異なる野菜を用意するのは大変なはずだ。


 ……というか、彼女が料理をしてるのだろうか?

 シノ=カーテル=ウィノアールは偽名だと思うが、それでも良いところのお嬢様に見えるが……。


 そうして朝の食事を終え、たわいのない話をしたのち、彼女は頃合いをみて帰宅する。

 この案配がじつに絶妙で――彼女が家に入り浸って迷惑をかけてくるわけではないので、クラウも無碍に扱えない。


(わからない。目的はなんだ)


 悪意でないのは、理解する。

 が、治療目的なら他の医院に頼めば良く、そもそも最初の結婚話と、結びつかない。

 クラウ相手にそこまでする価値が、あるのだろうか?


 さらに、別の問題にも悩まされる。


(そしてこのままでは、彼女に頭が上がらなくなってしまう)


 クラウは現在、謹慎処分を受けており仕事をしていない。

 つまり半ば無職であり、無職の自分が年下の少女から甲斐甲斐しくご飯を届けて貰っているのは、非常に外聞が悪い。

 というか、実質ヒモである。


(これが堕落か。普段、仕事ばかりしていたツケだろうか)


 思わず目頭を押さえていたところを、いつものように現れたシノに見られてしまい。


「あら? どうかしましたか、先生」

「……シノ様。自分はもしかして、典型的なダメ男なのでしょうか」

「いきなり何を仰っているんですか!?」

「仕事もせずご飯だけ頂いているのは、いわゆる、ヒモと呼ばれる人間かと……」

「先生まだ仕事をクビになったわけでもありませんし、ご飯は私が勝手に押しかけて用意してるだけですからヒモとは言わないと思いますけれど!?」


 あわあわと慌て、そんなつもりじゃありませんと言い訳する彼女は、妙に可愛らしくて。


 クラウは、でもやっぱり気まずいよな、と口をもにょもにょとさせながら溜息をつくしかないのだった。


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