普通の人間

他クラスも含めて多くの生徒の質問攻めに遭った私と葵さんは昼食も取れぬままに5時間目、6時間目を迎え、お腹を空かせたままに今日全ての授業を終えてしまった。

葵さんの詳細の多くは隠させて貰ったけれど、納得の行くストーリーはでっち上げられたはず。


帰り道で葵さんと軽く話しておくことにする。


「…結局お昼ご飯食べれませんでしたね。申し訳ありません、私のせいで。」


クラス中を沸かせてしまった原因となっている事を理解した上で葵さんは私へと謝罪の言葉を差し出した。


「大丈夫、謝らないでください!全然問題ないですから!」


別に葵さんが悪い訳では無い。

寧ろ恨むべきはこの状況の全ての原因である魔獣であり、私と葵さんの繋がりが魔法少女関係だとしてしまった私の判断力なのだから。

咄嗟にそれを否定した私だったが、「クゥ」と少し間抜けな音が私のお腹から響き渡ってしまった。


「…」

「ふふっ」

「葵さん、笑ってるの初めて見ました!」


お腹が減っていないと言った瞬間にお腹が鳴ってしまうなど、どれだけテンプレなイベントなのだ、と神様に訴えたくなったタイミングで葵さんがそれを笑ってくれた。

精神的には私より2倍程度は歳上な葵さんだったが、私があのクレーターがあった場所で葵さんを見かけた時から彼女は一度も笑わなかった。

だから今のこの状況は何だか安心した。


忘却の魔女とか、終の三獣を倒した魔法少女だとか、そんな事を聞いていたけどやっぱり葵さんもただの人だと認識して私も少し安心した。


「確かに、声を出して笑うのはここに来てからは初めてかもしれません。」

「全然、私より歳上だからって、気負わなくていいんですよ?葵さんだって今はただの女の子で、ただの人なんですから。」


そんな私の言葉に葵さんははっと目を見開いて、こちらを少し見てから微笑んだ。


「そうですね、私も所詮はただの人に過ぎないんです。」


なんか、私の言葉を大きく取られすぎたような感じがしなくも無いけど、まぁいいでしょう。


そんな雑談を続けて行くうち電車に乗りこんで、降りるべき駅へとたどり着いていた。

そして言葉遣いは気が付けば少しフランクなものに変わっていた。


「今日は楽しかったです。また明日」

「うん、また明日」


お昼ご飯は、家に帰ったら食べよう。


§


花音さんと別れて、練馬支部の最寄り駅へと向かう私は先程花音さんから言われた言葉を思い出していた。



「私も、今はただの人…かぁ。」


100年前に、特に嫌だとは思ってもいなかったけれども常に魔獣と戦うような日々を送っていた私は、果たして「ただの人」のような生活をおくれていたのだろうか?

魔法少女は生物兵器だ、なんて言う人たちもいたはずだが、私はただの人で居られるのだろうか?


少し考えさせられるような言葉を残したままに花音さんは電車を出ていってしまった。


後は自分の目的地へと向かうだけだ。


自分よりもとても若いはずの少女から与えられた言葉は、何故だか私の心の奥底に留まってしまった。

そんな事を考えているうちに気が付けば練馬支部は目の前にまで来ていた。


少し…考えすぎた。


平日だからか、そこまで管理局は混んでおらず石原さんに話を通すとあっさりと由伸さんがいる奥の部屋にまで入る事が出来た。


「葵くん、学校はどうだったかね?」

「魔法少女バレット、花音さんが同じクラスだったおかげでとてもスムーズにクラスにも馴染めそうでした。」


そう、学校に入らないかと由伸さんに言われてほんの数日、実はすぐに由伸さんが根回しをして戸籍等を用意して私が学校に入れるようにしてくれていたらしいのだ。

だから私はこの時代に来て1週間も経たずに学校という機関に入る事が出来ている。


勉強に関しては、杜氏は相当賢かったらしく殆どつっかえることも無しで数学や英語は行けそうだったのだが、今足を引っ張りそうなのは歴史だ。

勿論歴史が苦手だ、とかそう言う話ではなく私は過去100年間何があったのかを知らないから、この小さい頭にそれらを詰め込まなくてはならない。

何より歴史に関しては杜氏の知能はほぼ役に立たない。特に魔法少女が関わってくる時代となれば尚更だ。


「強いて言うなら歴史の授業が何となく厳しいくらいですが、今の所は問題が無さそうです。」

「それは良かった。

しかし何の報告もなく葵くんを花音くんがいる学校に入れたのは、少し謝っておかねばならないな。」


実際私が入ってきたことによって今日の昼食を花音さんは摂ることができなかった。

私自身普通の日本人とは全く違う容姿を持っていることは理解している。

予想出来た事であったはずなのにそれに思い至らずに迷惑をかけてしまった。


私からも謝っておかないと…


「そういえば、昼食にお弁当を用意してもらっていたのですけれど、クラスの方達から質問攻めにあって食べられなかったんです。

今この部屋で食べても?」

「あぁ、構わない。晩飯は少なくしておこう。」

「助かります。」


私は昼食を取っていないことを思い出して由伸さんから渡されたリュックの中に入れていたお弁当の容器を取り出した。

中身は卵焼きと唐揚げ、そしてポテトサラダだ。

冷めては居たものの、それでも美味しかった。


「美味しいです、ありがとうございます。

これは由伸さんが作ったもので?」

「あぁ、卵焼きと唐揚げは私が作った。ポテトサラダは冷凍のものだが、それでも美味しいなら良かった。」


そんな会話をして、私は座りながら黙々とお弁当を空にして行った。


「ご馳走様でした。」


由伸さんはもう書類に取り掛かっており、そちらに集中していたので気を散らさないようにそのまま静かに待機しておく。

もう少しもすれば電さんもこちらに来るはずだから、それまでは待っておこう。


「そうだ、葵くん。」


書類に向き合っていた由伸さんは思い出したかのように此方へと話しかける。

何か、まだ用事があったのだろうか?


「今の時代はこれがないと不便だから、通信機器を渡しておこう。」


そう言って手渡されたのは私がよく知っている、スマートフォンだった。


やはり…

いや、そう決めつけるのはまだ早いだろう。

もう少し様子を見てから考えることにしよう。


由伸さんが連絡のとり方や連絡先の追加云々の説明を丁寧に私にしてくれた。

今日学校に行くのも朝は送って貰って、帰り道は教えて貰ったルートを辿ったからスマホは要らなかったが、今後はどこかに行くとなれば必須なものだ。


何より色んな人と連絡を取れるようになるメリットはとても大きい。


本当に、由伸さんには感謝してもしきれない。

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