お決まりなイベントって

「形無 葵と申します、親の用事で引っ越してきました。よろしくお願いします。」


そう自己紹介をした葵さんに対して、私は完全に固まっていた。

そもそも葵さんには戸籍がないという話をしていたのがつい数日前のはずなのだから。

しかも私は葵さんが、本人曰く28歳の男の人の分がメインとは言っているものの、この学年に入ってきている時点で同年齢なのは確定なのだ。

私はそれすらも知らなかった。


だから叶芽ちゃん、そんな顔で私の方を見ないで。

その「間違いなく何か知っているな、という顔を辞めて欲しい。」


更に何の因果か、今日突然に設置された空席は私の右隣なのだ。


「自己紹介ありがとうございます。

それじゃあ形無さんは1番左奥の空いてる席に座ってください。」

「はい。」


やはり、そうだった。


こちらへと近づいてくる葵さんを私は何とも言えない表情で見つめてしまう。

すると


「花音さん、おはようございます。」

「お、おはようございます。」


挨拶を交わして葵さんはスっと横の席に座った。

私は生来陰寄りの気質なのだから、そんな転校生のテンプレみたいな事是非ともしないで欲しいのに。


「それじゃあ今日は1時間目体育だし転校生紹介あったからホームルームは省くぞ。終わり!」


そう言うと担任は教室から出ていった。

男女が別クラスに別れて着替えをして、着替えを…

そう言えば葵さんって精神的なメインは男でした、よね??



結果から言えば葵さんは女子全員が着替えるクラスとは別の場所で着替えていたらしくその点に関して言えば問題は無かった。


その点に関しては、と言うのもどうやら葵さんの身体能力や運動センスは魔法少女であるときの体でもないのにずば抜けて高いようで、今の体育は男女合同のバスケットボールだったのだが…


試合の最初は男子も入ってきたばかりの葵さんに対して強く動けず、ある程度の動きで前に立つ葵さんの横を通ろうとしたが、そのボールをあっさりと奪い取ってそのままコートの中間地点からスリーポイントシュートを決めたのだ。


いったいその細めの体のどこにその力を隠し持っているのかと言わざるをえないスペックで、たまに葵さんから私にパスが飛んでくる事以外は基本的に葵さんが無双していた。


5人総掛かりで葵さんを止めに行ってもあっさりとそれを抜けて行ったダンクを決めた光景は、すこし見ものだった。


しかしそれから私は葵さんと喋るタイミングがあまり無く、気が付けば昼休みの時間にまで差し掛かっていた。

聞くべきことや話すべきことは沢山あったのだけれど、ビジュアルも運動能力も並外れた葵さんの周囲には案の定多くの人だかりが出来ていた。

1人の男子が話しかける。


「葵ちゃん、どこから来たの?彼氏っている?」

「関西の方からです、彼氏はいません。」


その言葉に歓喜する男子達とブーイングを入れる女子達、間髪入れずに先程質問した男子が問いかける。


「俺はどう?」

「ごめんなさい」


今度は男子からのブーイングと女子からの歓喜の声、とても忙しそうなので喋るのはまた今度にしよう。

と思っていたのだが


「ごめんなさい、ちょっと通して下さい。

花音さん、今から話せますか?」

「はい、大丈夫!です!」


葵さんの方から来てくれた。

やはりこうして見ても葵さんは可愛らしい容姿をしている。それに何より周囲とは全く違う白色の髪、それが似合っている。


「今から2人だけで話せる場所ってありますか?」

「トイレ、は多分女子がついてくるし図書館も勉強してる人が沢山だから無理、かなぁ。」

「じゃあ周りに聞こえないように話しましょうか。」


そうして私の机の近くに来て耳元で囁く葵さん。

これで精神面は男だと言うのだから本当に参ったもので、多分男子達との接し方もとてもフランクな物だったので間違いなく勘違いする人は出てくるのだろうと思えた。


「それで、2人で話さなきゃ行けない事って言うのは?」

「とりあえず、何も連絡無しに花音さんのいる学校に来てしまった事についての謝罪です。」

「あー、それ私もちょっと聞きたかったんです。葵さんのバックグラウンドをどう用意するかとか、今こうして私とフランクに話したり名前呼んじゃってるせいで繋がりがあるのは周りから分かるからそれをどうするか、とか。」


とりあえず溜まっていた疑問を私は吐き出してみる。勿論の事それだけでは無いのだが、今はとりあえずこれでいい。


「それで、どうしてここに来たのかですが、由伸さん、浅葱支部長から学校に行って欲しいと言われましてどうせなら見知った人がいる方が良いだろう、との事です。

私の背景に関しては、その場しのぎで食い違いが出ないように適当にでしょうか。」


そう言えばそうだ、葵さんは政府に監禁されていて学校にも行けなかったと言っていた。

そして葵さんから追加で「普通の人として生きて欲しいと言われた」等の言葉を付け足された。

少し、私には荷が重くありませんか?


「それで私と葵さんの関係なのですが、魔法少女繋がり、はまずいですよね?」

「それいいかも、実は私普通に名前公開してる魔法少女なのでそこまで問題無いんです。」

「それは良かった、ならそれで行きましょう。」


これを聞く限りどうやら葵さんはそんなに自分が魔法少女だと知られるのに忌避感を持っていないらしい。

確かに政府に情報を秘匿されていただけで、本人は別にそれを気にしていなかったと言うのなら納得は行く。


ある程度の会話を終えて、あとは帰りのタイミングで話そうと言う所に結論を付けた所で葵さんは自席へと戻っていく。


すると、今度は言うまでもなく私の方にも大量の生徒が質問をしにやってくる。

その中には叶芽も含まれていた。


「花音!形無さんとはどう言う関係なの!!」

「ちょっと叶芽ちゃん、落ち着いて。

別に私は逃げたりなんかしないよ。」


叶芽のその質問に私の周囲に集まってきた生徒達も興味津々だったようで、私が答えを出すであろうタイミングに今か今かと聞き耳を立てていた。

そしてその質問は私の横の席の葵さんにも投げかけられていた。


私と葵さんは目を合わせて少し間を置いて答える。


「「私と葵さん(花音さん)は魔法少女繋がりです。」」


そう答えた瞬間に賑わっていた教室は更に湧いた。

そしてそれ以外の問答も含めて、昼休みまで私と葵さんが机から開放される事はなかった。

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