平穏

私が神瀬高校へ通うようになってから、約1週間ほどが経過していた。

その間は特にアクシデントが起こることも無く、魔獣が出現した際も基本的に学校の途中ではなく学校が終わる夕方頃であったり、もしくは偶然付近に居合わせた魔法少女がそれらを討伐していた。


学校の方は花音さんのおかげでクラスの人達とはすぐに馴染む事が出来、私もそれなりに友人であると言える人を作るまでに至った。

たった1週間なのだが、それでも魔法少女であるというネームバリューだけで周囲には幾らでも人が集まってきたのだから、魔獣の事を除いてもそれはもう忙しい1週間でもあった。


「おはよう、葵ちゃん。」

「葵、おはよ!」

「おっはー!」


学生は基本的に仲の良いグループを作り、そこで友人関係を維持するのが普通であり、私に挨拶をしている彼女らもそうだ。

挨拶をしてきた順に花音さんに叶芽さん、そして普段はその2人と遊んでいる、つまりグループを形成している内の一人である山根やまね りんさんの3人で、花音さんのおかげで私はこのグループに定住することが出来そうだ。


「おはようございます皆さん。」

「相変わらず言葉が硬いよ葵ちゃん!」


凛さんは結構フランクすぎる人で、どんな人にも積極的に関わるタイプらしく、その上で人によって態度を変える事もないらしい。

その性格から特に若い年齢でも有力な花音さんを前にしても態度を変えない事で仲良くなれたようだった。

そしてそれは勿論私にもそうなのだ。


「まぁまぁ、葵ちゃんだってまだ学校に来て1週間程度でしょ?なら仕方ないって」


そういう叶芽さんは花音さんの古くからの幼なじみらしく、花音さんの能力が開花したタイミングは叶芽さんが魔獣に襲われそうになった時らしい。

その為花音さんからしてもこの人は大切な存在なのだろうと推測ができた。


「葵ちゃんは元々これだから特に言葉が硬いって訳じゃないよ。そうだよね?」

「…はい。」


そして花音さん。最初の頃は私に対して敬語を使っていたが、数日でそれが取れて…やはり最初に出会った頃のトゲトゲしさは無く、それが魔獣と戦う際に自分を奮い立たせる為のものだったということがわかった。


「そうです、これが私のデフォルトですよ。」

「それにしても葵ちゃんさ、リヴィアって魔法少女なんだよね?調べても全く出てこないんだけどさ、何事?ランキングにすら載ってないよね?」


叶芽さんから少し答えづらい質問が飛んできてしまった。私は由伸さんに頼んでランキングの登録をしてもらおうとしたのだが、やはり少し面倒な問題らしく、私の100年前の実績を反映させて速攻でランキングトップに上げるにしてはこの時代の実績が無さすぎるのだ。

そしてそれをしよう物なら終の三獣の話も必然的に出てくるわけで、そうなればあと一年ほどでカタストロフが出現すると言う話も市民にしなければならなくなる、と上は考えているらしい。


実際問題これが厄介なもので、カタストロフの出現に関しては完全な秘密事項であり、そもそも確証が無い事なのだ。

それをあたかも確定した事のように話してしまえば混乱は間逃れない。

だからこそ、私が話した「終の三獣が出現する半年前から少し強力な魔獣や能力持ちの魔獣が頻繁に出現するようになる」という事象が確認されてからそれを世間に公開する、という手筈になっているのだ。


「それは…」

「おっと、話し込んでたらもうこんな時間だよ!急いで向かお!」

「本当だ、急ご!」


少し私が回答に悩んでいると、タイミングよく凛さんがスマホで時間を確認したらしく私達を学校へと急かした。


皆が息を切らして走る中、1人だけ涼しげな表情をして走っているのは葵だった。


「ほんと…葵ちゃんって……体力すごい、よね。」


学校に着いた頃、息を切らしていた3人のなかで1番ダメージを受けていたのは花音さんだったようだ。花音さんは魔法少女になった時は身体能力がとても高くなるのだが、普通の状態では運動能力はからっきしのようで、平均的な女子高生よりも弱いらしい。


「体力には結構自信があります。何より、普段から運動をしていると反射神経等を鍛えることが出来るので、変身した際に少しだけ有利になれますよ。」

「そう、なんだ。」


聞いている限りでは普段から花音さんは運動をしていないようだが、それでもランキングのトップクラスに位置していると言う。

それはとても凄いことだ、もしかしなくとも花音さんはセンスの塊なのではないだろうか?


そのタイミングでチャイムの音が鳴り響く。


雑談などをしていたクラス内の生徒が全員急いで席に座り、担任がホームルームを始めるのを待った。


そしていつものように担任が挨拶を終えて1時間目、2時間目と授業を終えていく。

今日もいつも通りに日々を送ることが出来ると私は思っていた。


それは2時間目の終わりの事。


「そういえば聞き損ねてたけど、なんで葵ちゃん魔法少女のランキングに載ってないの?」


朝の登校中に叶芽さんに聞かれた質問、それをこの時間に掘り返された。

そして私は先程のように答えに詰まる、あの時は凛さんが話を遮って事なきを得たのだが、今回はどうやら私が持ってきていたが鳴らしたけたたましい音声によって会話は中断されたらしい。


クラス中の視線が私に集まった。

それもそうだろう、うるさいくらいにザワついていたクラスを一瞬にして静かにさせる程の音量が流れてきた。そしてそれの音源が私なのだから。


私は由伸さんに提案して、緊急事態にすぐに反応できるようにと特別な通信機器を用意してもらっていた。

音声を止めて、此方へと繋げてきた由伸さんにどのような要件なのかと内容を質問しようとする。


『すぐに生徒全員を避難させてくれたまえ、教員にも今共有している!』


いつもの由伸さんらしくない、とても焦り気味なその声だけで私は今の状況を非常事態に足るものだと認識した。


そしてその声と共に、学校に設置されている防災スピーカーから、先程の私の通信機器とは比べ物にならない程の音量のサイレンと音声が流れる。


【本学校にてS級魔獣の発生が予見されました。】


「なるほど、そういうことですか。」

『あぁ、魔獣が出現する空間の歪みが葵くんのいる学校で検知された。時間は1時間後だ。』


魔獣が出現する際、空間が少し歪む。

その歪みを検知する技術は100年前から確立されており、それは魔獣の強さによって検知のしやすさが変化する。

B級なら5分前程度に、A級なら20分前に、そしてS級なら1時間前に、だ。


予知を行える魔法少女がいるとそれより更に早くその存在を認識する事が可能なのだが、今この時代にそれを行える魔法少女はいないのだろう。

もしくはS級魔獣の出現を予知するよりも何か大切なことがあったのだろうか、それは分からないが……少なくともS級ともなると死者は万単位で出るのが当たり前なものだと言われている。


【出現時間は現在より1時間後とされています。生徒は教員の指示に従い速やかに避難を行ってください。】


1時間もあればかなりの人が逃げる事が出来るだろう。


「私がすべきは討伐でしょうか?」

『出来ればそれを頼みたい、花音くんは近くにいるかね?』

「はい、私です。話は聞きました。」


先程までトイレにいたが、騒ぎを聞き付けて私の元へとやってきた花音さんはどうやら私と由伸さんの会話を聞いていたらしかった。


『それなら話が早い……すまないが、時間稼ぎを頼めるかね?今からそちらに魔女を派遣させる。勿論倒せるのならそれに越したことはないが、頼んだ。

それと、先程は声を荒げてしまってすまない。』


周囲は休み時間の時より更に騒がしくなっており、それを抑えるように教員が大声を出して生徒を引率しようとしている。


平穏な日々は、そう長くは続かないらしい。

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