第3話 兄弟喧嘩
リギアは驚いた。
実の兄がいるという事よりも、己の兄であるから、よく見知った人物であるからこそ驚くべき事に。
リギアは血相を変えて尋ねる。
「レブノ、お前……病はどうした?」
元々、兄レブノには深刻な病があった。
国中の医者が誰一人として治すことが出来ない難病で、早くても二十歳には死ぬと告げられてきた。
歩くこともままならず、最近までは喋ることすら出来なくなっていた筈なのに……確かに、先程、壁を大破させていた。
だから、リギアは驚いたのだ。
病は完治したのか、と。
いや、そんなことに一々驚いていることはない。それよりも重大なものがあったからだ。
まず一に、力を得ている。
次に、力を行使できるだけの体力がある。
全ての話に合点がいく。
「いや、天啓の雫を使ったな!?」
「御名答ッ!!」
レブノは両手を大きく振り翳し、声高らかに表明した。
「5%を引いたのかよ!この豪運がッ!!!!」
アイロードの話が全て事実なら、5%の成功率をクリアし、病が治った挙句に莫大な力を得たことになる。
そして、今の現状を見るに既に王族への雫の摂取は始まってしまっている。
「時間はないな」
リギアは舌打ちざまに呟いた。
「弟よ、喜んでくれ!兄の復活を!!加えて、喜ぶんだ。姉の弱き体も治るぞ!!」
レブノの言い方から察するに、レディミアは王家の者に回収された後のようだ。ますます時間はなくなっている。
(頼んだぞ……アイロード)
リギアは考える。どうすれば、兄を最短で突破出来るかを。
けれど良き策は浮かばず、結局は乱雑な手段を取る他なさそうだった。
「5%を引けるほど、うちの姉は運がないんだ」
「いいや、出来るさ!!俺の妹だからなぁ!?」
「この脳筋がッ!!」
リギアは戦闘態勢に移行すると、部屋に降り立ち、【虚空】を至るところへ張り巡らせた。
対するレブノは、またこれか、という様な目をして退屈そうにリギアを眺めていた。
その目にはリギアに対する関心はなかった。
あるのは出来の悪い弟に対する軽蔑の眼差しだった。自分よりも動いている割には……と。
「そこを退け、クソ兄貴」
「なら俺を、倒して見せろ。リギア─────ッ!!!!!!」
レブノの咆哮は、もはや試合開始のゴングの様だった。
リギアは地を蹴り上げ、突撃すると同時に【虚空】から大量の剣を惜しみなく放出した。
まだ行った事のない、戦闘と魔力操作の同時並行は、リギアの脳の回転速度を大きく向上させた。
初撃は有効打にはならない程、脆くおぼつかないものだった。しかし、リギアの成長速度はゆうにそれを上回った。
魔力操作を行うタイミングから、体を大きく駆使した追撃まで、何やら何まで段違いに成長していた。
(分かる。分かるぞ、魔力の感覚が……そうか、これが魔力操作の真骨頂か。そこへ打撃を撃ち込めば……)
まずは、レブノに向けて全力で走り出す。
そして、自分の背後にできた死角に【虚空】を形成し、打撃のモーションを起こすフリをする。
背後から剣たちをレブノ目掛けて流すことによって、確実に騙し討ちができる。
最後にリギアは剣撃を屈んで避け、剣によって出来た傷目掛けて、渾身の一撃を叩き込む。
(……ダメージは通るッ!!!!)
攻撃をもろに食い、余裕そうにしていたレブノの体がよろけた。
「これで少しは時間が稼げるだろう」
リギアはレブノが体勢を直す前に、レディミアの部屋から逃走することにした。
目指すはアイロード。ただ一人のみ。
「さて、早く──────」
先へと進もうとしたリギアの足を、レブノが蹴り、リギアは床に大きく転げた。
「おいおい、まだ勝負はついてないだろうがよ!!」
転げたリギアに構うことなく、レブノはリギアの頬を袋叩きにする。両手から繰り出される攻撃の数々は、絶えずリギアを苦しめた。
「────がッ!!!!」
「まだまだぁ!!!!」
打撃に飽きたレブノは、蹴りを加え、剣撃を加え、魔法攻撃を加え更にリギアを追い詰める。
先程までは同じ痛みに耐えれば良かったものの、痛みにバリエーションが生じたせいで痛みに耐性がつかない。全てが新鮮に感じる。
「おいおい、まだ息はあるよなぁ!?」
リギアは意識が遠のいていくのを感じていた。
視界が暗く黒く、闇に覆われていく。
視界のギリギリに映るのは、リギアの返り血を顔に浴びたレブノの姿だった。
力を入れようとも、思う様に力が入らない。体を動かすなんてことは、絶対に不可能だ。
けれど最期まで、諦めず、力を振り絞る。
(ああ、結局……なんも出来なかったな。もっと、俺に……力があれば……)
リギアの最期の抗いも虚しく、彼は静かに息を引き取った。心臓がゆっくりと止まり、血の供給も遅くなっていく。
レブノはそれを感じとり、攻撃を止める。
「リギア……は、ハハ、ハハハハハッッ!!!!!!脆かったなぁぁ!!お前も!!実にッ!!」
実の弟の死を弔うことなく、逆に彼は嘲笑う。その姿は、死神とも言えるものだった。
「これが、弟の死かァッ!!!!実に!実に!最高だ!!」
決して、狂乱状態に陥っていることはない。これが彼の素であり、これまで秘めていた怨念の全てだった。
レブノは立ち上がり、リギアの死体を肩に担ぎ上げる。
「さて、仕事はしねぇとなあ!親父に怒られちまうな!!」
レブノは心機一転し、目的地へと歩み出す。
廊下に出て暫く歩いたのちに、一本の壁の前で立ち止まった。
「【──────────】ッ!!」
レブノが壁の前で何かを唱えると、地は揺れ、壁が動き道が現れた。その先に階段が出現した。
「相変わらず、不気味な場所だなぁ!!」
レブノは階段を降り、暗闇へ足を踏み入れる。カツカツとレブノの足跡が暗闇に響き渡る。
暫くの間、幾つかの松明の火が灯された通路を進んでいくと、突き当たりに大きな扉が立ち塞がった。
レブノは正確に合わないノックをすると、ゆっくりとドアを開いた。
「連れてきたぜ!と言っても、もう死んでるけどなぁ!!」
扉の先に広がるのは不気味な実験室。
何人もの研究員がレブノを迎え入れ、リギアの死体をこれでもかと待ち侘びている。そわそわとしていて、落ち着きは全くない。
その後ろには、人体実験の被害者と思われる人々がベッドに寝かされており、何かしらの液体を注入されていた。
寝ている者、必死に抵抗する者、絶望し全てを投げ出す者。はたまた、実験の結果が出たのか発狂する者までいた。
「いつ見ても吐き気を催すなぁ、外道!!」
この場を見て、レブノは思った通りを口にする。レブノの周りには研究員で溢れかえっていた。
そんな状況の中、一人の男が姿を現した。
「お前には言われたくないな、息子よ」
男の声に応じて、研究員は道を開ける。
彼の姿が目に入ったレブノは告げる。
「親父、約束通り連れてきたぜ!死体だがな!!」
「それを外道だと言っているんだ。愚者が」
威勢のいいレブノとは正反対に、男は冷静沈着であり、威圧感の放たれる面持ちをしている。
誰もが一目で強者と悟ることが出来る人物である。そして、彼こそがリギアやレブノの父──リヴァン・ル・レギレスである。
リヴァンはレブノに近づくと、魔力の籠った強力な右ストレートを彼に放った。
強靭なレブノの体が勢いよく吹き飛び、勢い止まずに壁へ衝突した。
「私は生きたまま連れてこいと言ったはずだ。私がいつ、殺して連れてこいと命令した?」
「す、すみません……親父」
先程までの威勢は失われ、レブノは一気に潮らしく萎縮していた。
「まあ、良い。死んだところで、結局は雫を取り込み神にはなれる。適合すればの話だが」
リヴァンは実験室の中心部にある、国王の玉座には似合わない椅子に腰掛け足を組む。
これを人は本当に国王と慕えるのだろうか。
リヴァンは一息つくと、何かを思い出し、声を張り上げる。
「それは良いとしてだ。レディミアはどうした、レブノ。加えてアイロードもだ」
「え……?まさか、そんなはずは!!その二人は、既にファーラルに連れ去るよう命じたはず……ッ!!」
レブノは実験室の中を見渡し、ファーラルの姿を探す。けれど、この場に彼の姿はなかった。
「まさか取り逃したわけではあるまいな?」
レブノの顔が青ざめる。
「そ、そ、そ、そんなはずは!!じにき、あいつが来ます故、もう少しお待ちを……!!」
レブノはリヴァンに膝をつき、頭を下げ、懇願する。しかし、帰ってきたのは非情なものだった。
「もう良い。お前には興が覚めた」
リヴァンは右手を突き出し、巨大な火の玉を出現させる。
必死に防御魔法を展開するレブノに、リヴァンは言い放つ。
「死して、我が怒りを収めさせよ。────【
「う、うわァァァァァァァァァァ!!!!!」
レブノは成す術なく消し炭と化し、その場に溢れ落ちた。彼の死体は地獄の砂の様だった。
出来の悪い息子を葬り去り、清々したリヴァンは次の刺客を送り込むべく招集する。
「お前が行け。そして、必ずや我が息子たちを連れてくるのだ──グロトリアよ」
グロトリアと呼ばれた静かな者は返事を返すことなく、実験室から立ち去った。
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