第2話 作戦開始
二人は時間の経たないうちに用意を済ませると、他の王族や護衛の騎士に見つからないようにレディミアの部屋へ向かっていた。
並の王族や騎士ならば圧倒できるという自信こそあったものの、今回の目的とは反するために慎重になっている。
「うっえ、アイロードここ通んのかよ」
「仕方ないだろ。ここが一番見つかり辛いのだから」
現在地はリギアは自室。
二人が通ろうとしているのは、一番見つかりづらいとされる天井裏。廊下と違って、音さえ立てなければ見つからない完璧な場所だ。埃塗れという欠点はあるけれど。
嫌がるリギアを背に、アイロードはリギアの部屋の天井を開ける。そして、躊躇いなく上へ登って行った。
「おいおい、まじかよ」
それを見て、顔は引き攣った。
「早くしろ、リギア」
心底嫌そうにしているリギアに、上から埃を被ったアイロードは催促する。
「ああもう、しょうがないな」
リギアは、埃塗れになることを決心する。
地面を力強く蹴り上げ、飛び上がる。
「最悪だ」
上手く天井裏へ登ることが成功したものの、リギアの体は既に埃で満ちていた。ついでに心は不満感で満ち溢れていた。
心の中でくしゃみしそう、という心配を持ちながらも二人は先へ進み出した。
天井の隙間から下を覗くと、確かに下からでは切り抜けられない数の騎士が待ち構えていた。埃を被る対価は大きいようだった。
「やっぱり、騎士が多いな」
小声でアイロードが呟く。
「気分は最悪だけど、どこか最高だよ。なんて言うか分からないけど」
なんとも言えない表情でリギアも呟く。
「これくらいは仕方ない。早くしよう」
まるで子供のように怖いもの知らずなアイロードは、ずかずかと暗闇の中を移動する。
一瞬でも目を離せば何処へ行ったか分からなくなりそうだったので、よく目を凝らしながらリギアは跡を追った。
レディミアの部屋は、リギアは部屋から少し離れた場所にある。そこまで遠くないし、軽く歩いていれば着く程である。
なので……
「……着いたぞ」
気づいた頃には、アイロードがレディミアの部屋の天井をこじ開けることに成功しているのだった。
あたかも手慣れているかのような手つきでやってのけるので、手際は良くことは進んだ。
「じゃあ行くか」
リギアはアイロードの顔を一度見る。
二人は軽く頷くと、天井を降りた。
着地し、即座にリギアは部屋の内部を見回した。しかし、部屋は閑散としていて中には二人の姿しかなかった。
まるで、二人が来ることが予想されていたかのように。加えて、レディミアの私物も一つも残されていなかった。
「何か、可笑しい」
その不穏さを感じ取ったリギアはポツリと呟き、慣れない感覚を駆使し、魔力操作を開始する。
同時にアイロードも拳に魔力を練る。
二人が戦闘態勢を形成し、息を整えている最中、この地域帯では珍しく地震が起こった。
「リギア、来るぞ!!」
アイロードが怒号を鳴らした刹那、リギアの真横の壁が大破した。
「おいおい、マジかよ!?」
リギアは目を見開き、煙の中から飛び出した一つの影の攻撃を避ける。さっきまで居た地点にあった煙は、真っ二つに割れていた。
予想できたとはいえ、強襲を食らったリギアの体力は既に半分以上を消耗している。それに、煙は部屋中に蔓延している。
一度目の攻撃を見るに、敵の武器は刃物。リギアが回避時に見えた痕跡こそ、紛れもない証拠だ。
剣を使うリギアにとって、相手が刃物を使ってくることは慣れているので構わないが、恐ろしいのは相手の技量だ。
煙を真っ二つにできる程の速度で、迷いのない攻撃の精度。並の人間ならば、直ぐに殺されてしまう。
勿論、リギアもその部類に入るだろう。
それもそのはず。生まれてこの方、リギアが死線を潜り抜けてきた経験は一つもない。今も、恐怖で足が震えてしまいそうになる。
少しでも油断すれば死ぬことは間違いない。
「何かあったのか!?」
煙に飲み込まれたアイロードは、姿の見えないリギアに尋ねた。言い方から察するに、アイロードには攻撃が行っていないようだった。
「少し攻撃されてる。それより、アイロード は姉さんを探し出してくれ!!俺はそのうち合流する」
二人の目的は見えない何かの撃破ではない。だからこそ、リギアはアイロードに目的を託す。
その方がリギアも全力で戦える。
「いいのか……?」
「ああ、任せろ」
リギアは右手を突き出す。
「分かった。でも、勝てよ」
「全力を尽くすよ」
アイロードは若干の不安を抱きつつも、煙の中から脱出し、レディミアの捜索を開始した。
「さて、片付けるか」
リギアは虚空の淵から一本の剣を召喚する。
リギアの得意魔法、【虚空】。
魔法の素となる素材──魔力を、魔法を発現させるときには一度練る必要がある。その際、魔力が歪むことによって【虚空】は発生する。
常人において、【虚空】を発生させることはレアケースであり、狙って発生させることは無理に等しい。
リギアはそこに可能性を見出した。
常人が狙って出来ないという点において、それは戦闘時に大きな騙し討ちが行える。それもかなり強力なものが。
リギアは【虚空】を常時使う為に、発生を何度も起こし続けた。
世間的に前述のように言われているのは、嘘や偽りでは全くない。初めの頃は本当に発生することすら疑った。
最初は偶然。期間は一年目くらい。
次は必然。期間は三年目くらい。
当たり前になった頃には、七年目だった。
確実に掴んだ。どの程度の魔力を、どの時間にどのタイミングに使用すればいいか全てを。
「今ではこうも簡単に出来るが、さて……」
【虚空】入手の歴史に想いを馳せている場合ではないことを自覚し、リギアは煙の中にいる敵へ意識を集中させた。
仮にこのまま戦闘を続けたとて、こちら側の敗北は目に見えている。実力差を考慮しても、リギアが生き残れる時間は一時間にも満たないだろう。
しかし、それが敵を認識できている場合ならば、話は多少なりとも変わってくる。
なので、今リギアが取るべき行動は、自ずと煙を晴らすということになる。
「一番手っ取り早いのは、風を起こすことだけど、そんな手段はないな。なら、さっきやられたことを倍にして返すか」
リギアが思いついたのは、剣で煙を全て切り裂くという手段である。基は先ほどの敵の斬撃。
うーんと唸りながら、リギアは眼のまえに【虚空】を発生させる。
「残りの剣のストックは……十万数千本か。我ながらよく貯め込んだな。【
剣のストックを把握したところで、リギアは虚空を消滅させ、無造作に天高く指を振り上げた。
と同時に、瞬く間に床へ【虚空】が形成され、数千本の剣が出現した。
リギアは天井に飛び乗ると、魔力操作を駆使して部屋中に剣を巡回させる。
流石に当たると自滅しかけないので、避難したのだ。
剣は不規則な動きをしながらも、着実に部屋の煙を排除していく……と最初は見えていた。
だが、現実はそう上手くはいかず、おぼつかない魔力操作が災いする。結果的に、剣が軌道を外れ、奇想天外な方向へ飛んでいく。
そして、砂埃が部屋中に蔓延し状況は悪化するばかりだった。
「魔力操作慣れるまでは、あの正確さは無理だな。以後気をつけよう」
と、反省していられるのも束の間。
「おいおい、手荒いなリギア!!」
煙の中からリギアの聞き慣れた声がした。
「な……ッ!?」
それもそのはず。煙がはけ、部屋の中心部に姿を現した存在は、紛れもなく。
「実の兄と、殺し合うってかッ!?」
リギアの兄──レブノ・ブル・レギレスだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます