神リギアの【剣の花園】──異世界の平凡王子、史上最強の神に転生する。──
大石或和
一章 王城脱出編
第1話 リギアとアイロード
レギレス王国。それが、この国の名前。
世界でも有数の多民族国家であり、種族間の交流は盛んである。加えて貿易も群を抜いており、世界で最も栄えている国でもある。
弱点としては、魔法技術が先進国と比べて発展していないという点だろう。表向きには。
だが、そんな国の裏で非道な実験が行われていることを誰一人として知ることはない。
そう、王族以外は。
「天啓の雫?」
ある日の暮れの頃。
なんだそれ、と王子──リギア・フィ・レギレスは、苦虫を噛み潰したような表情をして見せる。
目の前にいる青年──アイロードは、そんな彼にもう一度、次は丁寧に説明する。
「天啓の雫。それがお前の父さんたちが秘密裏に開発している、新薬の名前だ。それが新薬と言えるかは別だが」
「そんな胡散臭い名前で新薬なのかよ。この国もそろそろ終わりか?」
リギアは頭を抱えて嘲笑する。
「さすがに、まだ終わらないだろうな」
アイロードは彼の言葉に若干の肯定感を見せつつも、現状を考慮し彼を否定する。
アイロードの言う通り、まだレギレス王国は終わることはないだろう。
前述した非道な実験の産物こそ、この【天啓の雫】なのだから。それに、一般人が雫のことを知ることもない。
少なくとも、知られるまでは終わらないだろう。
「で、それがどうしたんだよ?雫だったか」
リギアは、アイロードが前触れもなく話題を持ち込んだそれを疑問視した。
それもそのはず。リギアには、アイロードがむやみやたらに国家機密相当の情報を口にするとは思えなかったからだ。
アイロードは険しい表情で告げる。
「レディミアが危険に晒される」
「姉さんが!?」
姉であるレディミアの名前を出された途端、リギアは声を荒げた。
予想通りではあるが、リギアの声に多少驚いたアイロードは、即座に声を抑えるように促す。
「仮定だ、仮定」
「仮定……?」
リギアはアイロードを睨む。
「天啓の雫は、使用者の約九割が死に当たる危険薬だ。しかし、その代わりに適合すれば強大な力を得られるものでもある」
アイロードは一度言葉を止め、懐から一冊の本を取り出し、表紙を指さす。
「この強大な力は、人智を超えている。お前の父さん──国王たちは、この本に出てくるような、お伽話に過ぎなかった神になろうとしている」
そして、と言いかけたその時、リギアが言葉を遮る。
「それは父さんが使うんだろ、姉さんと何の関係が?」
言いかけたことを聞いてきたリギアに対し、心底呆れて仕方ないアイロード。彼は、やれやれと両手をひらひらと振る。
「人の話は最後まで聞け。関係性くらいは、言おうとしていた」
「ご、ごめん」
圧たっぷりの言霊を含んだ声にやられ、リギアは後退りし謝罪の言葉を口にする。
「国王は、雫を王族全員に使わせようとしている」
「一割を姉さんに引けってのかよ」
「そうなるな」
リギアは考えると恐ろしくて仕方なくなっていた。確率的にも適合するとは思えない。
大好きな姉が死ぬことを想像して、吐きそうになっていた。
「ここで重要なのは、前述した確率の九割は五体満足で病に侵されていない人間の場合だ」
「まだなんか、あんのかよ?」
「レディミアのような、体の弱い者が適合する確率は五パーセントも満たない。さらに狭き門となる」
「はぁ!?」
「その代わり、成功すれば病も治る。やる価値はないに等しいが」
アイロードの口から発せられた驚異的事実に対し、リギアの想像スピードはさらに加速する。眩暈まで引き起こすレベルで。
混乱するリギアにアイロードは耳打ちする。
二人の近くには、リギアの父である国王リヴァン・ル・レギレスが歩いている。それを考慮してのものなのだろう。
「だから、早くレディミアを連れて避難する必要がある」
「え?」
小声で紡がれた、自身の姉を助ける手段。
リギアはアイロードの顔に目を向ける。
「まだ間に合う筈だ。今日の夜にでもここから逃げよう。それがレディミアを助ける方法だ」
リギアが見たアイロードの瞳には、一切の迷いや揺らぎが残っていなかった。あるのは決心のみ。
「そうだな」
リギアは立ち上がる。
相手が例え父で、この国だとしても。守りたいものを守るためならば、手段を選んでいる暇はない。
加えて時間もなければ、一人だけでは力もない。だが、協力してくれる親友はいる。
リギアを奮い立たせるには十分な材料が、そこには揃っていた。
それに思うのだろう。アイロードと一緒ならば、きっと姉を助けることが出来るだろうと。
「行こう、アイロード」
「ああ。助けよう、二人で」
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