のっぺらぼう

@sora_skyblue

「顔を、ください。」

ある森の奥で、表情を売る「顔屋さん」があった。

その店に訪れたお客は、1人ののっぺらぼう。

目も、口も、鼻も、眉毛も、なんにもない。

「どんなお顔がいいですか?」

「おまかせします。素敵な顔を、ください。」

店主の質問に、のっぺらぼうはそう返す。

そして店主が渡したのは「笑顔」だった。

誰が見ても優しい印象を与える、にこやかな表情。

「ありがとうございます!」

お礼を言う彼の口は終始あがっていた。

それから少しして、彼がまた店に来た。相変わらずニコニコと、弧を描く瞳に、上がった口角を店主に向けながら、一言放った。

「別の顔をください。」

「なぜ?」

「バカにされても、いじめられても、笑うことしか出来ないんです。」

「そりゃあ、渡した顔が笑顔だからね。」

「気持ちは苦しいのに、笑いたくないんです。」

「分かった。じゃあこれをあげよう。」

そう言うと店主は、「怒った顔」を渡した。

それを渡された彼は、早速笑顔を取り外し、怒った顔をつけ直した。

「ありがとうございます!」

お礼を言う彼の眉はつり上がり、口角は下げられていた。

その翌日、彼は慌てた様子で店を訪れた。

「こんな顔いやだ!」

そう店主に怒鳴りつける彼は、まるで般若のような顔だった。よく見ると、その額は殴られたように僅かにへこんでいる。

「昨日1日この顔でいたら、友達は離れていくし、知らない人からコソコソ陰口言われるし、挙句の果てには廊下でぶつかった不良に喧嘩売ってるって言われて殴られたんだから!」

「あら、それは災難でしたね。」

ものすごい剣幕で捲したてる彼に対して、店主は冷静な口調で答える。

「まぁまぁ、とりあえずこれでも付けて。当店からのお詫びです。」

そう言って店主が渡したのは「泣き顔」だった。

彼は店主から乱雑にそれを奪うと、怒った顔を取り外し、泣き顔を取り付け、たくさん泣いた。

数分程涙を流し続けたあと、おもむろに立ち上がり、赤くなった鼻をすすると、またも俯いて軽く呟いた。

「なんで僕は…のっぺらぼうなんですか…?」

店主は何も言わなかった。

「他のみんなは、自分の心に従って顔を変えられる。なのに僕はこうやって顔を買わなきゃ表情が作れない…もう、嫌だよ…」

またボロボロと泣き出す。涙を拭う袖の色がどんどん濃くなる。

店主はそんな彼の頭を軽く撫でたあと、店の奥に行って、ひとつの顔を持ってきた。

しかし、その顔には目も、鼻も、口も、眉毛も何も無かった。

「なんですかそれ?」

「顔だよ」

「はぁ?」

淡々としたやり取りの後、店主は彼に顔を渡した。

「絵は、真っ白な紙に線を描き、色を塗って完成する。曲も、何も無い五線譜に音を作って楽譜ができる。なら顔も同じだ。何も無いこの顔に、君の心で表情を作るんだ。今まで色んな顔をつけた君なら、きっと素敵に仕上がるさ。」

未だに涙を目に溜める彼は、恐る恐る顔を受けとり、今つけている泣き顔と交換した。

のっぺりとしていた顔は、彼がつけると徐々に形を変えて、人間らしい輪郭を描く。

真ん中は特に大きく突出し、綺麗な鼻の形を作り、その少し下の辺りに切れ込みが入って、その切れ込みを挟むように少し薄めの唇ができる。鼻の根元を挟むように、ほぼ左右対称の瞳ができる。

「あら、綺麗なお顔になりましたね」

店主がそう言うと、ぺたぺたと自身の顔を触る彼。その瞳から、涙が流れる。

「初めての顔なのに、最初が涙でいいのですか?」

頷くことも、首を振ることもせずに、彼はただ、その涙を袖で拭いながら、震える声で

「ありがとう…ございます」

そう呟いた。

「どういたしまして。お代はいらないからね。」

店主はそう言って、またも彼の頭を優しく撫でた。店主が頭を撫で終えると、彼は出口の方に歩いていき、最後に店主を振り返り

「それじゃあ、また」

そう店主に向かって言った。店主は黙って手を振るのみで、何を返すでもなかった。

_______


今にもスキップしそうな足取りで、帰り道を歩いていると、友達とばったり会った。

「随分嬉しそうだね。何かあったの?」

「うん、素敵な店主さんに、顔を貰ったんだ。」

「顔?」

「そうだよ、僕は元々のっぺらぼうだったからね。表情を貰ったんだ。」

友達は終始不思議そうな顔をした。

「…何言ってんの?確かに少し前はずっと無表情だったけどさ、のっぺらぼうは言い過ぎでしょ。」

「え、?」

「何言っても人形みたいにずっと無表情でこくこく頷くだけでさ、かと思ったら急に笑顔でずっといるようになって、そしたら急に1日般若みたいに怒った顔でさ、何かと思ったよ。」

友達が話す内容は、確かに僕のことだ。でも僕はあの店主から顔を貰って、この顔も…

「あれ、外れない…」

「ちょっと、なにしてんの?!」

必死に今の顔を引き剥がそうとするも、前のように簡単に外れない。

「そうだ!今まで貰った顔…あ、お店に置いてきちゃった…」

「さっきから一体何の話だよ…」

「じゃあ一緒にお店に取りに行こ!」

そう言って強引に友達を引っ張って、森に行く。だけど、いつも歩き慣れた道をたどっても、店は無かった。どんなにその周辺を探しても、見つからなくて、友達が少しため息をつく。

「ねぇ、もう疲れたよ。店?とやらも見つからないし、帰ろうよ。」

そう友達に諭されて、仕方なく帰ることになった。

帰り道での十字路、友達とはそこで家の方向が異なったので、別れてそれぞれで帰ることになった。

家に帰ってしばらくすると、ポケットに入ったスマホが震える。見ると、友達からのメッセージとともに、写真が添付されていた。

『ここ最近のお前、こんな感じだったよ』

そう言われて写真を見ると、1週間ほど前の…店に行く前の僕には、確かに顔があった。ちょうど今ついてる顔とよく似た…それどころかほぼ一緒の顔立ちだ。

しかし、その写真の中の僕は、目に光がなく、口角も落ちて、今の僕からはありえない表情だった。

それから写真は5日ほど前のものになる。急にその前までの無表情が嘘のように、ニコニコとした笑顔となる。そして、昨日の写真、先程の笑顔の写真とは打って変わって、不服そうな怒り顔。

そこまで写真を見て、ようやく僕は思い出した。いや、今まで目を背けていた現実を目の当たりにした。

人間関係のもつれ、気遣いの空回り、そんな小さな苦しみの積み重ねが、僕の心を壊してしまった。疲れきった僕は、表情の作り方を、心の表し方を忘れた。だから、脳が勝手に表情を売る店と店主を空想した。

もう二度と、あの店主とお店には会えないのかもしれない。そう思うと、安心するような、でもどこか寂しいような、そんな気がした。

「君がまた顔を失くしたら、きっとまた会えますよ。そんな日が来ないのが1番ですけどね。」

どこかから、店主の声が聞こえる。だけど、その声の方を振り向いても、誰もいなかった。これもまた、空想なのだろうか。

「…もう寝よう」

今日はもう疲れてしまった。予定もないし、布団に入ることにする。明日はいい日になるといいな。

おやすみなさい。そしてありがとう。店主さん。

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