第16話 危険人物が復活しそうで困ってます(後編)

 危険な勇者であるジョーの復活を阻止するため、町の診療所へとやって来たアリアとユヅキ。

 するとそんな二人の前に、真っ白なドレスを身にまとい神々しいオーラを放つ銀髪の少女と、神官の法衣をまとった糸目の青年が姿を現した。

 誰がどう見ても、聖女とその付き添いの者と思われる。


 そしてその糸目の神官は、ここにやってきたアリアたちの姿を目にするなり、さっそく声をかけてきた。


「おや、あなたはもしや、あの立派な像の方ではありませんか。つまり、町の名前になっている大魔女アリア様」


 アリアとしては、あの像や町の名前について語られるのは非常に耳が痛いことではあるが、この状況で他人の振りなどできるわけもないため、ひとまず肯定する以外に選択肢はない。


「え…ええ、そうですわ」

「やはりそうでしたか。僕は聖女様の付き添いとして参った神官のシャルル…と申します。そしてこちらが聖女のセラ様。どうか、以後お見知りおきを……」


 こうして付き添いの神官シャルルによる自己紹介が一通り終わると、さっそくアリアは例の件について尋ねた。


「一つ訪ねたいのだけれど…」

「何でしょうか?」

「今回聖女様がこちらにいらしたのは、この診療所にいるあの人の治療のため…ということでいいのかしら?」

「ええ、その通りです。国王陛下からそのように仰せつかって、聖女様はここにやってきた次第です。まあ、あくまで形だけ…ですが」


 そのシャルルの言葉を聞いて、ユヅキの中に小さな希望が生まれた。

 もしかしたらこの人たちは、勇者ジョーの怪我を治すつもりなどないのでは…という希望が。

 そこでユヅキは確認のために二人に尋ねた。


「聖女様は、ジョーさんの怪我を治すつもりはない…ということですか?」


 すると…


「あ……」


 どうも聖女セラ、はユヅキの問いに対する返答に困っている様子である。

 つまり聖女は、勇者ジョーの怪我を治すべきかどうか迷っているということであろうか?

 いや、そうではない。


「今回勇者様の治療を行うのは、聖女様ではなくこの僕です。国王陛下から直々のご指名がありましたので、一応聖女様にも出向いてもらうことになりましたが、命に別状がない程度の怪我であれば、僕の回復魔法でも十分。わざわざ聖女様のお手を煩わせるほどのことではありません」


 つまりそういうことである。

 聖女が返答を言い淀んでいたのは、今回自分は何もしないから…であって、ジョーの怪我を治すべきかどうかを迷っていたわけではない。

 そもそもセラとシャルルの二人は、ジョーについて勇者ということ以外は何も知らないのだから。


「というわけですので、勇者様の怪我については一切心配はございません。すぐにでも僕が治療を…」

「ま…待ってください!」


 このままでは、いずれこの世界に大いなる災いをもたらすかもしれない人物が復活してしまう。

 そこでユヅキはシャルルによるジョーの治療を止めるため、ジョーという勇者の人物像を語り、そして自分もジョーと同じく異世界から召喚された勇者だということを伝えた。


「なるほど。ジョー様とは、そういう危険な人物である…と」

「そうです。ですからジョーさんの治療は、少しだけ待ってもらえませんか。私が王様に連絡を取ってみるので、せめてその返事が返ってくるまでの間は……」


 そう、ジョーと同じ勇者であるユヅキが国王に頼み込めば、国王から聖女に出されたジョーの治療の要請は撤回されるかもしれない。

 だがしかし…


「待つ必要はありません。今すぐにジョー様の治療を始めましょう」


 シャルルはジョーの治療をやめる気が一切ない模様。

 やはり神官としては、いくら危険な人物であろうと怪我人を放っておくわけにはいかない…ということだろうか。

 いや、そうではない。


「そんな面白そうな人物を、診療所のベッドで寝たきりにしておくなんてもったいない」

「あの、面白そうって何がですか? ジョーさんが復活しちゃったら、どんどんレベルを上げて、そのうち魔王よりも危険な存在に…」

「そんなことにはなりませんよ、ユヅキ様」

「えっ?」

「ユヅキ様の話を伺った限り、確かに強い野心と勇者の力を併せ持つジョー様は、この世界にとって危険な存在となりえるかもしれません。ですが所詮は小物。小物の野心家の末路など、容易に想像がつきます」


 どうやらシャルルは、ジョーが魔王以上の危険な存在になる可能性は低いとみている模様。


「恐れ知らずで横暴なジョー様は、きっと調子に乗ってそこそこいいところまで上り詰めるとは思います。けれど最終的には調子に乗り過ぎて、思いっきりどん底に落とされるのが落ち。ああっ、そのどん底に落とされた様を想像すると、もう今から楽しみすぎて何も手につかなくなりそうです」


 シャルルは調子に乗っている人間がどん底に落とされる様が大好きな人間であった。


「……………」

「……………」


 そしてアリアとユヅキはシャルルの言動に少々引いている。


「というわけですのでユヅキさん、さっそくジョー様を復活させてまいります!」

「あっ……」


 こうして神官のシャルルは、ユヅキが止める間もなくジョーのいる病室へと入っていき、さっさとジョーを復活させてしまったのである。


「ふはははははっ! オレ様、完全復活!」

「勇者ジョー様、お体のほうは何も問題ないでしょうか?」

「ああ、問題ねえ。骨折する前よりも調子がいいくらいだ。お前、なかなかに使えるな」

「それはありがたきお言葉」

「よし、細目の神官。お前をオレ様の手下にしてやろう。勇者ジョーの旅に同行することを許す!」

「本当でございますか」

「ああ」

「ではこの神官シャルル、誠心誠意勇者様にご助力させていただきます」


 こうして勇者ジョーのパーティーに、最初の仲間、神官のシャルルが加わった。

 ただしシャルルの目的は、調子に乗ったジョーがどん底に落ちる様を、誰よりも近くで眺めることである。


「よし、ついてこい、シャルル!」

「はい!」


 怪我から復活したジョーは病室から飛び出し、シャルルを引き連れてこの場から去っていく。

 だがその際にシャルルはユヅキにこっそりとあることを耳打ちした。


「ご安心ください。ジョー様がこの世界にとって迷惑すぎる存在になりそうなときは、うまくどん底に向かってくれるよう、僕が誘導しますので」


 こうしてシャルルがジョーに同行するようになったことで、この世界が最悪の方向に向かう可能性だけは、ある程度遠ざけられたのかもしれない。


「アリアお姉様…」

「何かしら?」

「ジョーさん、あんな人ですけど、なんかちょっとかわいそうになってきました」

「そうね……。ところであの人、聖女様を置いていってしまったけど、いいのかしら?」

「あっ……」


 聖女セラ、付き添いの神官シャルルに置いていかれる……。

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