第15話 危険人物が復活しそうで困ってます(前編)
アリアには最近一つ大きな悩みがあった。
それは、突然変異種のサイクロプスを倒してしまったあの一件以来、何かと面倒な人が魔女の館にやって来てしまうようになり、出来る魔女を演じていなければならない時間が増えてしまったことである。
今後は急に人がやって来ても大丈夫なように、家の扉には常に鍵をかけておく…という案も一度は考えた。
だがこの魔女の館は魔女の秘薬を売る薬屋でもあり、秘薬を求める客を決して拒んではならない…という師の教えもあって、アリアは館の扉を完全に閉めることはできないでいる。
「ああ、また今日も誰か来ちゃったらどうしよう。でもさすがに今日は…」
「お姉様っ、大変です!」
さっそく来てしまった。
先日オーク肉のハンバーグを食した後にその原材料を聞かされて思いっきり吐いてしまった勇者が、またしても魔女の館にやって来たのである。
「お姉様っ、聞いてください!」
「あの、ユヅキさん、その前にその呼び方は…」
以前アリアは、ユヅキによるお姉様呼びを否定せずに受け入れてしまった。
だがそのときは、オークによる危機から脱したことで少々気分が高揚していたため、大人っぽく見られているのなら別にいいか…と、一時の気の迷いでそう思ってしまっただけで、今改めてそう呼ばれるとやはり少々気恥ずかしい。
「お姉様、今は一刻を争う事態なんです! だから呼び方がどうとか言っている場合じゃないんです、お姉様!」
「そ…そう……」
もはやお姉様呼びを変えてもらうことは無理だと悟ったアリアであった。
「はぁ…。それで、いったい何が一刻を争う事態なのかしら?ユヅキさん」
「このお姉様の治めるアリアタウンに、聖女様がやってきちゃったんです!」
アリアタウンは町長が勝手にそう命名しただけで、別にアリアが治めているわけではない。
治めているのはあくまで町長である。
「町のことで色々と誤解があるようだけれど、とりあえずそちらのことは置いておいて…。聖女がこの町にやって来たことの、一体何が大変だというんですの?」
聖女とは、神の祝福を受けし女性…とされる者で、きわめて強力な神聖魔法を扱える存在である。
そして今現在聖女と呼ばれている者は齢十三歳の少女で、特に悪い噂のある人物ではない。
そのため、その聖女自体を危険視する者などほとんどいないのだが…
「聖女様がこの町にやってきちゃった経緯が問題なんです! この前、ジョーさんがリッカさんに吹っ飛ばされて、全身複雑骨折になりましたよね」
「ええ。今は全く身動きが取れなくなって、町の診療所で寝込んでいるそうね」
「そうです。それで動けなくなったジョーさんは、自分の怪我を治せる者をよこせ…と、王様に手紙を送ったそうなんです」
「それで来てしまったのが、その聖女…ということなんですの?」
「はい。王様からの要請を受けて、一番強力な回復魔法の使い手がやってきちゃったんです」
回復魔法は神聖魔法に属する魔法。
つまり聖女の使う回復魔法こそが、この世界で最も強力な回復魔法ということになる。
「このままだとジョーさんが復活して、またこの世界に危機が訪れちゃいます」
「それであなたは、このわたくしにどうしろと?」
「お願いです、お姉様。どうかお姉様のお力で、聖女様を止めてください!」
無理である。
アリアは大魔女と呼ばれて町の者たちから称えられているが、それは町の者たちが勝手にアリアをそう呼んでいるだけで、本来大魔女などという肩書は存在しない。
つまりアリアには何の権力もないわけで、国王の要請でやって来た聖女を止めることなど不可能なのである。
「わたくしにはそんな力ありませんわ。聖女を止めたいのでしたら、あの人と同じ勇者であるあなたが、王様にお願いでもしたほうが賢明なんじゃないかしら」
「それはそうかもしれないですけど、でも今からじゃもう間に合いません! だからここは、町の最大権力者であるお姉様のお力で、なんとか……」
大魔女アリアは町の者たちがただ勝手に称えているだけで、アリア自身には何の権力も存在しない。
だがこのままでは、いつまでたってもユヅキが引き下がってくれなさそうなため…
「わかりましたわ。とりあえず様子を見に行くくらいは、して差し上げますわ」
「ありがとうございます、アリアお姉様っ!」
「けれど、期待はしないでください。あくまで、ただ様子を見に行くだけですので」
こうしてアリアとユヅキは、聖女が勇者ジョーを治すのを止めるため、町の診療所へと向かうのであった。
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