第14話 レベルが上がらなくて困ってます(後編)
異世界から召喚された勇者は魔物を倒すことでレベルが上がって、ステータスが上昇したり新たなスキルを修得することが出来る。
そして今そんな勇者ユヅキの目の前には、穴にはまって身動きの取れないオークが一体。
このオークは、色々な状況が重なった結果たまたまこうなってしまったわけではあるが、せっかくこういう状態になってくれた以上、これを有効活用しないのはもったいない。
「ユヅキさん、レベルを上げるのにどうぞ」
オークを穴にはめたアリアは、ぜひ勇者のレベル上げ用にと、オークにとどめを刺す役目を勇者ユヅキに譲った。
「あ…ありがとうございます、お姉様」
こうして都合のいい獲物を譲ってもらったユヅキではあるが、ユヅキはオークの前で剣を構えるものの、なかなかオークには近づいていけない様子。
「ブゴッ、ブゴォォッ!」
「ひぃっ!」
このオークは腹まで穴にはまってしまったことで身動きが取れなくなっているものの、上半身は穴の外に出ているため、腕はある程度自由に振り回すことが出来る。
これが、ユヅキがオークに近づけない主な理由である。
まだ勇者としてのレベルが低いユヅキにとっては、オークが雑に振り回した腕に当たるだけでも結構な致命傷になりかねない。
ゆえにユヅキは、なかなか最後の一歩を踏み出せないでいる。
だがこうしてユヅキがずっと手をこまねいていると、そこにさっそうと現れる者が一人。
ユヅキをレベル上げのために危険な山に連れてきた張本人、リッカである。
「ユヅキ、そろそろあのオーク仕留められた…って、何これ? 何でこのオーク穴にはまってるの? これどういう状況?」
そこで、アリアがこれまでの経緯をリッカに説明した。
「……というわけですわ」
「ああ、なるほど。これアリアが落としたのか…。オークならサイクロプスやオーガよりは全然弱いし、ユヅキでもいけると思ったんだけどなー」
「いけるわけないです。私、まだレベル2なんですから、こんな恐ろしい魔物なんて倒せません!」
そう、レベル上げのために危険な魔物の住む山に連れてこられたユヅキは、一刻も早くユヅキのレベルを上げたいリッカの手によって、格上の危険な魔物ばかりを何度もけしかけられ、ただひたすら魔物から逃げ回るしかなかったのである。
その結果、今回ユヅキが討伐した魔物は一切なし。
当然レベルも2のままである。
「リッカさん、もう少し自重なさってはいかがですか。一歩間違えば、ユヅキさんは魔物に殺されていたのかもしれないのですよ」
「けどさアリア、少しでも強い魔物を倒せば、それでユヅキのレベルが一気に上がるかもしれないだろ。だったらやらないわけにはいかないじゃないか」
だが実際は何の魔物も倒せず、ユヅキのレベルは一切上がっていないわけで、リッカの策は完全に失敗だったということである。
「はぁ、全くあなたという人は、とことん迷惑な方ですわね。ユヅキさん、こんな人は放っておいて、さっさとこのオークでレベルを上げてしまいましょう」
「は…はいっ、お姉様っ」
こうして再びユヅキは穴にはまっているオークに剣を向けるものの、やはりオークの腕が怖くて近づけない模様。
するとそんなユヅキの様子に気付いたアリアが、箒を振り回し始めた。
だが…
「これではまだ腕が危険でしたわね。わたくしの魔法で、この腕も…」
「この程度のことに魔法を使う必要もないだろ」
アリアが箒で魔法を発動させるよりも早く、リッカがささっと二回剣を振り下ろして、オークの両腕を切り落としてしまったのである。
「ブゴアァァァッ!」
「ほら、これでオッケー。さすがにこれならユヅキでも余裕で倒せるだろ。さあ、早くレベルを上げようじゃないか」
そう、穴にはまっているうえに両腕を切り落とされたオークならば、さすがにレベル2勇者のユヅキでもほとんど危険はないと言える。
だがしかし…
「あっ…ああっ……」
両腕を切り落とされて肩からだらだらと血を流し続けるオークの姿を見て、ユヅキは体をがたがたと震わせている。
そもそもユヅキは血みどろの戦いなんてない所から召喚された少女であるため、こういう血なまぐさいグロい光景には全く耐性がない。
ユヅキに斬れるのは、ただの動くゼリーにしか見えないスライムくらい。
たとえ魔物であっても、見た目や体の構造が哺乳類に近いようなものは、強さに関係なくユヅキには討伐不可能だったのである。
だが、そんなことには全く気付きもしないリッカは、これでもまだユヅキがオークを怖がって動けないのだと勝手に思い込み、再びオークに剣を振るってしまった。
「はいっと」
「ブゴッ…ゴガガァッ…」
「目と耳と鼻と顎を潰したから、これでもう完全に無力。いくらなんでも、これが怖いなんてことはないだろ」
そう、もはやこのオークには、敵を認識することも、敵にかみつくこともできやしない。
戦闘のド素人ですら余裕で倒せる状態である。
だが問題はそういうことではない。
「さあユヅキ、今度こそオークを倒してレベルを…」
「うっ…うぷっ、無理…です……」
顔面をぐちゃぐちゃに潰されたオークのむごたらしい姿を見て、もう耐えられなくなったユヅキは、ついにその場に倒れこんでしまった。
「うぐっ……」
「ユヅキさんっ?」
「どうしたんだ?ユヅキっ! レベル上げはどうなるんだ! あたしとの決闘はっ!」
こうしてこの日ユヅキは、目の前にものすごく都合のいい獲物があるにもかかわらず、一切レベルを上げられないまま町へと戻ることとなったのである。
勇者ユヅキ、相変わらずレベル2。一般人とさほど変わらない程度の強さである。
なおこのオークは、この後リッカの手によって冒険者ギルドに運ばれて、そこで食用の肉に加工され、最終的にはアリアが調理した異界料理ハンバーグとして、今日のユヅキの夕食となるわけだが、ユヅキがそのハンバーグの肉が何なのかを知るのは、それを口にした後である。
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