第6話 称えられすぎて困ってます(前編)

 町はずれの魔女の館に住むアリアは、普段あまり町へとはやってはこない。

 なぜなら人前では出来る魔女のキャラを演じなければならないため、極力町の人たちとの接触を避けているからである。


 しかしあの場で生きていくためには、やはり定期的に食料や日用品の補充は必須。

 そういったわけで今日のアリアは、町へと買い物にやって来ているのである。


「さーて、今日はどこから回ろうかな」


 普段人前では出来る魔女を演じるため、常にクールな表情を崩さないアリアだが、今の表情はものすごくにこやかなものである。

 そして服装も、いつもの魔女っぽい黒い服ではない。


 なぜアリアはいつもと違う格好をしているのか。

 それは、あえて魔女らしくない言動、魔女らしくな格好をすることで、自分が丘の上に住んでいる魔女だと悟られないためである。


 そう、アリアは町に買い物にやってくるときは、いつもあえて魔女らしくいない格好をすることで、ただの一般人に成りすましていたのである。

 まあ元々、魔法なんて一切使えないただの一般人ではあるのだが。



 さて、そんなアリアが本日最初にやって来たのは、町の雑貨屋のようである。

 この世界では色々と珍しい料理も作れるアリアは、やはり食器もその料理にふさわしいものを…というこだわりがあるため、今日は新しい食器を探しに来た模様。


「うーん、あの料理にはこれかな? それともこっちのお皿のほうが……うん、やっぱりこっちのほうがいいわよね」


 アリアは選んだ商品を手に会計へと向かう。


「これのお会計、お願いします」

「ああ、はいはい。これはえっとぉ…いくらだったかな。……ああ、1200リィル……いや、今日のところは特別に1000…いや、500リィルでいいよ」

「えっ、そんなに安くしてもらってもいいんですか?」

「ああ、大丈夫、大丈夫。今日だけの特別割引だから」

「ありがとうございます」


 アリアは一般人に扮してこの町にやってくるとき、一つ心掛けていることがある。

 それは、ほどほどに上品にふるまうことである。


 なぜアリアがそう心掛けているのか。

 それは、普通にこの町に住んでいそうな極平均的な人に扮してしまうと、あんな人この町にいたっけ?…と思われかねないからである。


 だからアリアは少しだけお高そうな服をまとい、普段はストレートな金色の髪をかわいらしく編み、そしてほどほどに上品ににこやかにふるまうことで、旅行の途中に立ち寄ったちょっとだけいいところのゆるふわなお嬢様…を想定して演じているのである。

 もっとも九割ほど素のままであるのだが。



 それからアリアはいくつもの店を回った。

 まず本屋。


「あの、これを…」

「お嬢さん、この本もうちのおすすめだから是非読んでみてよ。ああ、お題はいいからさ」


 次に服屋。


「あなたにはこの服が似合うんじゃないかしら? あとこれと、これもいいわよね。さあ、着てみて」

「あ…あの、こんなにたくさん、買えな…」

「大丈夫よ、お代のほうは思いっきり負けておくから」


 その次に肉屋。


「お嬢ちゃん、今さっき仕入れたばかりのこの新鮮な肉を…って、一人じゃこんなにも食えねえか。日持ちもしねえしな。よし、こっちの燻製肉をどーんと持ってってくれ。なーに、お代のほうは気にすんな」

「あ…ありがとうございます」


 さらにパン屋。


「あの…」

「お買い上げ、ありがとう。ところで、今日は試しに新作を焼いてみたんだけど、よかったらこれも食べてみてくれないかな。ああ、もちろん試食用だからお代は結構だよ」


 そして武器屋の前を通りかかったとき。


「おーい、そこのお嬢さーん! よかったらこの魔法の杖、使ってみてくれないかな」

「……え?」


 なぜか今日は、どの店もやたらとサービスがいい。

 おかげでアリアの荷物もかなり多くなってしまった。


 だが問題はない。

 アリアは町に買い物にやってくるとき、出来るだけ一度に多くの買い物を済ませるため、大きなトランクを持ってやって来ている。


 普通の町民が手に抱えきれないほどの品を一度に買っていたらさすがに怪しいが、今のアリアは、旅行の途中に立ち寄ったちょっとだけいいところのゆるふわなお嬢様を演じているため、少々大きなトランクを手にしていても違和感はない……はず。


 そんなわけでトランクに大量の荷物を詰め込んだアリアは、そのまま何事もなかったかのように町の外へと向かおうとする…のだが…


「おーい、アリア!」


 アリアは突然背後から名前を呼ばれてしまった。

 だがこれまでこの格好でこの町にやって来ても、一度たりとも正体がばれたことはなかった。

 ゆえにこれはたまたま同じ名前の人物が名前を呼ばれていただけ…と考えて、アリアはそのまま足を止めることなく進んでいく。

 しかし…


「おいアリア、聞こえてないのか?」


 その声の主はアリアの肩をがしっと掴んできた。

 どうやら、同じ名前の人が呼ばれていたわけではないようである。

 そこでアリアは恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこにいたのはついこの間、自警団に捕らわれたはずのリッカであった。


 なぜ捕まったはずのリッカがここにいるのか?

 それは、リッカの犯した罪自体はそれほど大きなものではなかったため、しばらく自警団の仕事を手伝う…という条件であっさり釈放されたからである。


 だがそんなことよりも、アリアは自分の正体がばれたかもしれないこの状況にかなり動揺している。

 しかしその動揺を表に出してしまえば完全に正体がばれてしまうため、アリアは一度深呼吸をして心を落ち着かせてから、にこやかな顔でリッカに聞き返す。


「アリアさんってどなたのことですか? 人違いじゃありませんか?」


 よし、うまく切り抜けられた。

 アリアは心の中でそう強く唱えた。


「いや、何言ってんの? その顔、どう見てもアリアじゃないか」


 だが実際には何も切り抜けられていなかった。


「ってゆうか町の人たちも、あっちで魔女様見かけたー…とか、さっきうちの店に魔女様が来た…とか言ってたし」


 町の人たちにも完全にばればれである。

 つまり、今日どこの店でもサービスが良かったのは、あのサイクロプスを退治してくれた魔女様がやって来たから…なのである。


 というか、店に入ってすらいない武器屋の人に魔法の杖を渡された時点で、そのことには気付くべきであった。


「どう…して? どう…して…?」


 アリアはなぜいきなり自分の正体がばれてしまったのかが理解できずに、頭を抱えている。

 だが、その答えは至極簡単なことである。

 これまでアリアの正体がばれなかったのは、魔女の館を訪れる人の数がそんなに多くなかったため、ほとんどの者はアリアの顔を知らなかった…というだけのこと。


 だが今回は違う。

 あのサイクロプス討伐に出向いた際に、数十名ほどの冒険者や自警団の者がアリアの姿を目にしている。

 そして先日リッカを自警団の詰め所に連れて行った際に、大勢の町の者たちがアリアの姿を目撃している。


 こうして大勢に顔が知られてしまえば、少々服装や髪型や表情を変えたくらいでは、全員をだましきることなど不可能。

 そしてほんの一人や二人にでもばれてしまえば、そこから魔女が町に来たという話が広がっていって、最終的には大勢の町の者たちに知れ渡ることとなる。


 つまり今現在この町にいる者の大半は、このゆるふわなお嬢様風の格好をしている少女の正体が、サイクロプスを討伐したあの魔女だと知っているということ。

 そのことに気づいてしまったアリアは、完全に頭の中が真っ白になってしまう。


 だが、そんな頭の中真っ白で呆けているアリアの前に、いつの間にかちょび髭の中年男性が立っていた。


「あの、少々お時間よろしいですか?魔女様」

「……え?」


 ちょび髭の男に声をかけられて我を取り戻したアリアは、なんとか平静を装うために必死に取り繕う。


「何かしら」


 もうすでに正体がばれていることはわかっているため、アリアは出来る魔女を装ったクールな態度で返答をした。

 しかし服装や髪型はゆるふわなお嬢様状態なので、ものすごくいびつな感じである。


「あははははっ! アリア、何だそれ、似合わない! あはっ…あはははははっ!」


 リッカに盛大に笑われてしまっている。

 だが、これにいちいち反応してしまっては、より一層出来る魔女のイメージが崩されかねないので、アリアはリッカのことを完全に無視して話を進める。


「それで、このわたくしに何の用ですの?」

「あの、私はこの町の町長のロベルトと申します」

「あら、町長さんでしたか」

「はい。実はこれから魔女様に来ていただきたい所があるのですが、少々お時間よろしいですか?」


 町長のロベルトにそう問われて、アリアは少しだけ考えるも、すぐにその答えを出した。


「ええ、構いませんわ」


 相手はこの町の町長。

 自分も町の近くに住んでいる以上、下手に断って悪い印象を与えるようなことはしたくない…ということでアリアはうなずいたわけだが、それ以上に腹を抱えて馬鹿笑いするリッカの元から一刻も早く離れたかった…というのがアリアの本音である。


「あははははははっ!」

「さあ、こんな人は放っておいて、参りましょう」

「そう…ですね」

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