第5話 決闘を挑まれて困ってます(後編)

「ごちそうさまでした」


 アリアはカレーを一皿食べ終えた。

 だがまだリッカは空腹に耐えている。

 アリアはカレーの他にもまだいくつかの異界料理を作れるため、それでリッカの食欲を刺激して追い詰める…という手もあるのだが、それには一つ大きな問題がある。


 アリアは小食であるため、カレー一皿でもう満腹。

 これ以上料理を作ったところで、おいしそうに食事しているところをリッカに見せつけることができない。


 そこでアリアは、このままじわじわとリッカを苦しめていくという策をやめ、一か八かの短期決戦に出ることにした。


「リッカさん、庭の木になっている果物でしたら、いくつか差し上げてもよろしいですわよ」


 そう、この家の庭にはいくつかの果物の木が植えられている。

 それを餌にリッカを家から追い出そうというのがアリアの考えである。


 だがしかし、今現在庭の木になっている果実は、どれもまだ食べごろからは程遠い状態。

 はたして、こんなもので簡単にリッカが釣れるのかどうか…


「えっ、あれ食べていいの?」


 ものすごく簡単に釣れた。

 思考が単純すぎるリッカ相手には、余計な心配だったようである。


 そしてリッカは一目散に外へと飛び出していき、庭の木になっていた果実を次から次へとほおばっていく。


「あむ…あむ…。ちょっと酸っぱいけど、十分いける」


 普通の人ならまず食べないような状態の青い果実だが、空腹の脳筋剣士にとっては多少?の硬さや酸っぱさなど些細なこと。

 普通においしそうに、全然熟していない青い果実をほおばっていく。


 ……さて、こうしてリッカが果物に夢中になっている一方で、アリアはあの魔導具の箒を手にして家の外へと出てきた模様。

 そしてその箒で地面を掃き、土のマナを次々とかき集めていく。


「うん、これで十分かな」


 十分な土のマナを集めたリッカは、再び家の中へと戻った。

 そして玄関の扉から箒の先のみを家の外へと出し、その箒を地面に叩きつけたのである。


「ええいっ!」


 すると、あの箒によって発動された魔法により、魔女の館の周りにある土が隆起していって、館をぐるりと囲む強固な壁へと変貌したのである。


「ふぅ、うまくいってよかったー」


 アリアはあのサイクロプスとの戦い以来、また何かあったときのためにと、この箒の力を制御できるように練習していた。

 その成果がこれである。


「うわっ、何だこれ? これじゃあ家に入れないじゃないかっ! アリアっ、決闘はどうするんだっ?」

「だからそんなものはしないと言っているじゃないですか」

「くっ……」


 リッカはこの壁を破壊して中に入ろうと、大剣をガンガンと壁に叩きつけている。

 この壁の強度はかなりのもの。

 並の剣士ではまず破壊は不可能と思われる。


 だがリッカは最強の剣士…剣聖であり、その手にしている剣もかなりの破壊力を誇るであろう業物。

 ゆえにアリアもすでに悟っている。

 ただこのまま、籠城をしてやり過ごすことは無理だということを。

 そこでアリアはリッカに告げる。


「この壁を壊したいというのであれば、どうぞご勝手に。けれどリッカさん、わかっていますか? この壁が、私の家の壁に沿うように立っているということを」


 アリアが魔法で作り出した壁と、魔女の館の壁との距離はほんの十センチ程度。

 アリアはそれくらいギリギリの場所に、この壁を出現させていたのである。


 それがどういうことなのかというと、もしリッカが力技で無理やり壁を破壊すれば、勢い余って家の壁まで大剣で破壊しかねないということ。

 そしてうまく寸止め出来て剣そのものが当たらなかったとしても、壊された壁の破片が家の壁に傷をつけることは必至。


 つまり、この壁を外から無理やり破壊することイコール魔女の館を傷つけることであり、それを故意に行えば、それはもう明確な犯罪行為といえるのである。


 だがアリアは一つ失念している。

 それは…


「じゃあ、この壁は壊して問題ないんだな」

「えっ?」

「とりゃあぁぁぁっ!」


 リッカが考え無しの脳筋だということである。


「よし、ぶっ壊れた」

「あっ…ああっ……」


 壁を破壊したリッカの大剣は、家の壁にも大きな傷をつけてしまっていたようで、アリアはひどく絶望している。

 こんなことになる予定じゃなかった…と。


「よし、今度こそ勝負だ、アリア!」


 リッカは大剣を構えてアリアを待ち受ける。

 そしてアリアは、冷たい視線をリッカに向けながら、家の外へと出てくるのであった。


 これまで頑なに決闘を拒み続けてきたアリアではあるが、家の壁に傷をつけられてしまった怒りから、リッカとの勝負を決意したのであろうか。

 断じて否。


「ちょっ、アリア、どこ行くんだ?」

「……………」


 アリアは無言のままリッカの横を通り抜け、すたすたとどこかへ向かって歩いてゆく。


「おいアリア、いったいどこに…」

「……………」



 そしてアリアは歩き続けて、やって来たのは丘の下にある町。


「ねえ、あれって…」

「あの格好、自警団の連中が言ってた魔女様か?」

「そうだ、そうに違いない」

「あの子が、あのとんでもなくやばい魔物を倒したっていう……」


 アリアの姿を目にした町の者たちがざわつきだすが、そんなことはお構いなしに、アリアは無言のまま町の中を進んでいく。

 その後を追って、リッカも……。


 それからしばらくして、二人はある場所へとたどり着く。


「魔女様っ、こんな所にいらっしゃるだなんて、いったいどうなさったんですか?」


 そうアリアに声をかけてきたのは、あのサイクロプスの討伐をアリアに頼みに来た自警団の青年。

 つまりここは町の自警団の詰め所である。

 そして自警団の青年にアリアは告げる。


「この人に、家を壊されてしまいましたわ。捕らえてもらえないかしら」

「……承知しました、魔女様っ!」

「えっ? ちょ…ちょちょちょっ、ちょっとぉぉっ!」


 剣聖リッカ、器物損壊の罪で、自警団に捕縛される。


「あたし、やってない! 家なんか壊してないからっ! ちょっと剣が当たって少し傷がついちゃったくらいで…」

「少しなどではありませんわ。もう少しで完全に壁に穴が開くほどの大きな傷でしたわ。あんなに力いっぱい剣を振れば、こうなってしまうことは明白でしたのに…」

「おい、アリアっ!」


 リッカは必死に弁明を図り、なんとか罪から逃れようとしている。

 しかし…


「たとえどの程度の傷であっても、故意に付けたのであればそれは十分犯罪です。おとなしく捕まってください」

「そ…そんなぁっ!」


 自警団の青年は、リッカの腕をがっしりと掴んだ。

 もちろん剣聖であるリッカの力ならば、青年の手を力づくで振りほどくことも容易であろう。

 だが、それはできない。


「リッカさん、あなたの手配書が、冒険者ギルドに張り出されないことを祈っていますわ」


 そう、ここで無理やり逃げ出せば、完全に犯罪者として追われる立場になることは、さすがに脳筋のリッカでも理解している。


「それでは、わたくしはこれで」

「アリアァァっ!」


 リッカの逮捕により、今回の勝負、勝者アリア。

 ただし、家の壁という大きな犠牲と引き換えに。

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