第3話 決闘を挑まれて困ってます(前編)

 突然変異種のサイクロプスを討伐したことにより、アリアは魔力0なのに伝説の大魔女と呼ばれることとなってしまった。

 しかしあの戦いが終わって以降、これといって魔女の館を訪れてくる者もおらず、アリアは少しほっとしていた。


「……今日も、誰も来ないよね。……うん、誰も来そうにない。きっと伝説だのなんだのって騒いでたのはあのときだけで、もうみんなすっかり忘れてるんだよね。よかったー…」


 しかし、世の中はそんなに甘くはなかった。


「たのもぉぉぉっ!」


 この館の扉をバンっと勢いよく開け、道場破りのようなセリフを吐きながら何者かが館の中に入って来たのである。


 先ほどまで気がゆるみまくっていたアリアは、とりあえず一度深呼吸をした後、なるべく平静を装った顔で扉のほうへと目を向けてみることにした。

 するとそこには巨大な剣を背負った赤髪の女が、威風堂々とした姿で立っていた。


「な…何の用かしら」


 今頭の中に悪い予感がよぎっているアリアは、恐る恐るそう尋ねた。

 すると返ってきた答えは、わりとアリアの予想に近いものだった。


「あたしは剣聖のリッカだ。ここにアリアっていうとんでもなく強い魔女がいるって聞いて、決闘を申し込みにやって来た」


 一番めんどくさいのが来ちゃった。

 今アリアの頭の中にある思いはこれである。


「なあ、お前がそのアリアって魔女か?」

「え…ええ……」


 この場を切り抜けるためには否定したいところではあるが、名前まで知られている以上、否定したら否定したで後々めんどくさいことになりそうなため、アリアは肯定せざるを得ない。


「おお、そっかー。思ったよりちっちゃいし、ずいぶんと細いから全然強そうには見えなかったけど、魔法で戦う魔女だから関係ないよな。うん、なんかすごい魔法使いそうな雰囲気はあるし」


 リッカはアリアの黒い服と大きなとんがり帽子を見てそう言っているだけで、あまり深くは考えていない。

 なぜならリッカは脳筋だからである。


「よし、それじゃあ勝負だ!」


 リッカはいきなりこの場で剣を構えた。

 まさに脳筋らしい短絡的な行動である。


「何がそれじゃあですの? なぜわたくしがあなたと勝負しなければなりませんの?」

「あたし、剣聖。剣士の中で一番強い」


 剣聖は、もっとも強い剣士のみが名乗れる称号である。


「そっち、めっちゃ強い魔女。これはもう、どっちが強いか最強決定戦するしかなくない?」

「興味ありませんわ。最強を名乗りたいのでしたら、どうぞご勝手に」


 相手は最強になりたい剣士。

 ならば最強の座を譲ればそれでおしまい…と、アリアは考えた。

 だが、リッカはそれで納得するような人間ではなかった。


「嫌だね。あたしはそんなんで最強を名乗りたくはない」

「えっ?」

「勇者、魔王、大賢者、拳王、伝説のドラゴン、山奥にいる珍しい魔物、古代のなんかやばい兵器、そしてめっちゃ強い魔女。そういうの全部に勝ってこそ、本物の最強だろ。あたしは偽物の最強になんかなりたくない」

「とりあえず、そのカテゴリーにわたくしを含めるのをやめてくださらないかしら」


 アリアは魔物や古代兵器と同列に扱われた。


「そもそもそんなに戦いたいのでしたら、わたくしなんかよりも、その山奥にいる珍しい魔物とでも戦ってくればいいのでは? そのほうが世のため…」

「それなら、この前戦ってきたけど」

「えっ?」

「ここからわりと近くに結構強い魔物が出る山があってさ、しばらくそこで修行してたんだよ。そんでそこで珍しい色の強いサイクロプスと遭遇してさ、あと一歩のところまで追いつめたんだけど、残念ながら逃げられちゃって…」


 突然変異種のサイクロプスが町の近くまでやって来たのは、リッカのせいであった。


「ほんと、あれはもったいなかったなー。いったいどこに行ったんだろ」

「あなた…だったのですね……」


 アリアは冷たい視線をリッカに向けている。


「あれ、恐い顔してどうしたんだ? やっとあたしと戦う気になったのか?」

「そんなことよりも、さっさと町の人たちに謝ってきてください!」


 アリアは、あのサイクロプスが町の近くにやってきた件についてリッカに説明した。


「なるほどー、あたしのせいでここの人たちに迷惑かけちゃってたのかー。そりゃ悪かった」

「悪いと思っているのでしたら、今すぐ町の人たちに…」

「でもさ、結局アリアがあれ倒しちゃったんなら、特に問題ないんじゃないのか? ってゆうか、あれぶっ倒せるくらい強いんなら、やっぱりあたしと勝負するべきだよな」


 アリアは墓穴を掘った。

 あのサイクロプスについて語ってしまったせいで、より一層リッカの勝負を求める意志に火をつけてしまった模様。


「さあアリア、今すぐあたしと決闘だ!」

「……………」


 アリアはどうすればこの状況を切り抜けられるかと考える。

 おそらく言葉でどうにかしようとしても、この手の人間は都合の悪い話には一切耳を傾けないので、それは無理。


 ならば無理やり追い出すべきか?

 だが相手は剣聖。

 アリアの非力な腕で家から追い出そうとしてもピクリともしないだろうし、あの箒の魔法を使って追い出そうとすれば、それが決闘開始の合図ととられかねない。


 そもそも室内のような閉め切った空間は大気中の風のマナが少ないため、大した魔法も撃てず、一方的にアリアがやられるのが目に見えている。


 ではどうするのが正解なのか?

 答えは一つしかない。


「それじゃあ、薬作りでも始めるとしましょうか」

「……え? あの、ちょっと、アリアっ!」

「薬草は…十分、他の素材も足りでいますわね」

「おーい、決闘は?」

「……………」


 そう、アリアが選んだ選択、それは無視…である。

 何を言っても無駄、力ずくで追い出すことも無理、ならば向こうがあきらめるまでひたすら放っておくしかない…というのがアリアの結論である。


 だがしかし、このアリアの選択が、これからアリア自身を苦しめることとなるのであった。

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