第2話 やばい魔物と戦わされて困ってます(後編)

 ここは例の魔物の出現場所より少し手前あたりの平原。

 今この場には、今回の魔物討伐のために、冒険者や自警団の者が数十名ほど集められていた。

 そしてその者たちが、この場に到着したアリアの姿に気付く。


「あれが例の魔女様か? 結構昔からあの場に住んでるって話だが、ずいぶんと若いな」


 魔女の館を訪れる町の人間はあまり多くないので、ほとんどの者は魔女が代替わりしていることを知らない。


「まあ魔女だから、年取らなかったり見た目の年齢自在とかだったりするんだろう」


 さすがにそんな魔女は存在しない。

 可能なのは、薬で肌の老化を多少抑えることや、幻覚の魔法で一時的に見た目をごまかすことくらいである。


「しかしいくら魔女の見た目が年齢通りじゃないっつっても、あれは若過ぎじゃね。ほとんど子供だろ」


 アリアは薬の品質を疑われないように、人前ではできる限り大人っぽく振舞おうと努力はしている。

 だがしかし、顔が童顔なことと体の凹凸が少ないことに関してはどうしようもない。


 このようにこの場にいる者たちは、アリアが思った以上に若かったことで、本当にあの魔物を倒すことが出来るのか?…と、不安になっている様子である。

 そして当のアリアはというと…


「あっ…あっ…ああっ……」


 この場にいる誰よりも不安になって震えていた。

 なぜなら今のアリアに出来ることは、あの箒の魔導具でしょぼい魔法を撃つことくらいだからである。


 これでは今からあの魔物の討伐に向かっても、倒すことは極めて困難……であるのだが、どうやら向こうは待ってくれない模様。


「うっ…うわあぁぁぁっ!」

「あいつがっ、あいつがやって来たぞぉぉっ!」


 そう、こちらから例の魔物のもとへ向かうよりも先に、魔物のほうがこちらへやって来てしまったのである。


 現れた魔物は一つ目の巨人、サイクロプス。

 一流の冒険者パーティーでもなければ倒せないほどの強力な魔物…であるのだが、今回のはそれだけではない。


 このサイクロプスは普通の魔物ではなく突然変異種のもの。

 鋼のような肌の色を持つこの突然変異種は、無属性の物理攻撃に対して極めて高い耐性を持ち、ただの剣や槍ではほとんどダメージを与えられない。

 だからこそ、これの討伐に魔女が呼ばれたのである。


「ウガアァァァッ!」

「うわぁっ、やべえっ!」

「魔女様っ、早くこいつに魔法を!」


 アリアは魔女の弟子であり魔女の格好をしているものの、魔力皆無なので普通に魔法を使うことはできない。

 ゆえにこうするしかないのである。


「あわっ…わっ…わぁぁぁっ!」


 アリアは手に持っていた箒の魔導具を、とにかくめいっぱい振り回した。

 この魔導具はマナをかき集めて魔法を放つ魔導具なので、大気中に存在する風のマナを出来る限り多く集めれば、しょぼい魔法も多少はましになるかもしれない…という考えである。


「魔女様、いったい何をやっているんだ?」

「きっとあれは何かの儀式よ。強力な魔法を放つための準備に違いないわ」

「そうか、ならば…」

「儀式が完了するまでの間、なんとしても俺たちの手でこいつを食い止める!」

「おおーっ!」


 アリアはほぼやけくそで箒を振り回しているだけなのだが、なぜかアリアの行動は都合よく解釈され、冒険者や自警団の者たちはアリアを守るためにサイクロプスの前に立ちはだかった。

 だがしかし…


「うわぁぁぁっ!」

「きゃあっ!」

「のわぁぁぁっ!」


 彼らの足止めは三秒ほどしか持たなかった。

 そしてアリアのもとへと迫ってくるサイクロプス。


「あわわわわわっ!」

「ガアァァッ!」

「ひぃぃっ!」


 サイクロプスの巨体といかつい顔にびびったアリアは、もうほぼだめ元のつもりでサイクロプスに向けて箒を振り下ろした。

 すると…


「えっ?」


 突然アリアの目の前に巨大な竜巻が発生し、サイクロプスの巨体を上空へと持ち上げてしまったのである。


「すげえっ! 何だあの巨大な竜巻はっ!」

「こんなすごい魔法、まるで王都の大賢者様みたい…」

「いや、この魔法はもう大賢者様を超えてるだろ」


 この場にいた冒険者や自警団の者たちは、アリアが放ったこの巨大な竜巻にとても驚いている。

 だが今一番驚いているのは、この竜巻を巻き起こしたアリア本人である。


「えっ、ええっ?」


 アリアは今のこの状況が全く理解できていない。

 なぜならこの箒には、誰がどう使ってもしょぼい魔法しか撃てない…という師の書いたメモが張られていたからである。


 ではなぜ、アリアはこんな巨大な竜巻を発生させることが出来たのか。

 それは、アリアの魔力が完全に0だったからである。


 実はこの箒の魔導具でかき集めたマナは、人の魔力に触れると霧散してしまう。

 そして魔法の使えない人間であっても、普通はいくらかの魔力は有しているため、誰一人としてこの箒の真の力を引き出すことはできなかった…ということであった。


 しかしアリアは、魔力を一切持たない特異体質。

 ゆえにアリアだけが、この箒でかき集めたマナを霧散させることなく、超強力な魔法を放つことが出来たのである。

 もっとも当の本人は、そのことに全く気付いていないのだが。


 そしてそろそろあの竜巻も風の勢いがおさまり、サイクロプスの巨体が地面へと落下してくる。


「グガァァッ!」

「おおーっ、やったぞーっ!」

「ついにあのやばいサイクロプスを倒したーっ!」

「うおぉぉぉっ!」


 この場にいた者の何名かは、これでこのサイクロプスが討伐できたと喜んでいる様子。

 ……だが、まだ終わりではない。


 アリアが放った巨大な竜巻の魔法はサイクロプスの体に無数の傷をつけたものの、このサイクロプスは無属性の物理攻撃に高い耐性を持つ存在なため、地面への落下によるダメージは見た目ほど大したことなかったのである。


 ゆえにこのサイクロプスはまだ完全には止まっていない。

 傷ついた体をなんとか起こし、アリアに向けて手を伸ばそうとしている。


「ウガッ…ガァァッ!」


 するとアリアは…


「きゃあぁっ!」


 まだ動けるサイクロプスにびっくりして、必死に箒で地面の砂を飛ばしてサイクロプスにぶつけようとしている。

 この巨大な魔物に箒で飛ばした砂をいくらぶつけようが、そんなの無駄なのにもかかわらず。


 だが、その飛ばした砂に何の意味もなくとも、アリアの行動自体は次につながっていた。

 アリア自身は一切意識していなかったのだが、アリアが箒で砂を飛ばす際に、大地に存在する土のマナが箒でかき集められていたのである。


「ガァァァッ!」


 ゆっくりと迫ってきたサイクロプスの手は、今まさにアリアの体をつかもうとしている。

 だが…


「あわっ…わっ、来ないでぇぇっ!」


 アリアが十分に土のマナをかき集めた箒を地面に叩きつけると、大地は鋭く巨大な無数のトゲの形に隆起し、頑丈で巨大なサイクロプスの体を貫いてしまった。


「グガァァァァァッ!」


 響き渡るサイクロプスの巨大なうめき声。

 そしてその声が完全におさまるころには、今度こそ完全にサイクロプスが息絶えていたのである。


「やった…のか?」

「ああ。もう、息…してない…よな」

「やった、やったんだ」

「今度こそおれたちの…いや、魔女様の大勝利だ!」

「わあぁぁぁっ!」

「ありがとう、魔女様ーっ!」

「魔女様、ばんざーい!」


 今度こそ本当の勝利の歓声を上げる冒険者や自警団の者たち。

 一方アリアはというと、やっとこの恐怖から解放されたという安堵からか、ただひたすらに無言のまま立ちすくんでいる。


「……………」


 どうやらもう動くことも声を発することもできない模様。

 そしてアリアが黙ったままでいると、この場にいた自警団の者の一人が、とんでもないことを言い出してしまった。


「町の真ん中に、今回の魔女様の偉業を称える像とか建てようぜ」

「それいいな」

「おおーっ!」


 すぐに周りの者たちもその意見に賛同してしまい、このままでは本当に、町にアリアの像が建てられてしまいそうな状況である。


 アリアとしては、普通に魔法を使うこともできないのにそんな像を建てられては後々面倒なことになりかねないし、それにそもそも必要以上に目立ちたくない。

 そんなアリアの強い思いが、先ほどまで固まっていたアリアの口を動かした。


「そ…そのような像など必要ありませんわ。この程度の魔物、わざわざ騒ぐほどのものではありませんもの」


 アリアは、像を作るのだけはやめて!…という思いを、出来るだけ魔女としての威厳を損なわないような言葉にして放った。

 その結果……


「あのとんでもなく強いサイクロプスが、騒ぐほどの敵じゃないって…」

「もしかして魔女様、大賢者様どころか、勇者や魔王以上に強いのでは?」

「きっとそうだ、そうに違いない!」

「これはもう、伝説の大魔女様と呼ぶしかないな」


 アリアの先ほどの言葉のせいで、アリアはより一層偉大な存在と思われてしまう羽目となった。


「あっ…あのっ…」

「大魔女様、ばんざーい!」

「ばんざーい! ばんざーい!」

「あうぅぅ……」


 もはやアリアには、何も止めることはできない。

 そしてそんなアリアの頭の中に今ある言葉はこれである。

 魔力0なのに伝説の大魔女あつかいされて困ってます。

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