偽りの魔女様は静かに暮らしたい ~魔力0なのに伝説の大魔女あつかいされて困ってます~

奇怪GX

第1話 やばい魔物と戦わされて困ってます(前編)

 町はずれにある小高い丘の上に、魔女の館と呼ばれる一軒の家が建っている。

 ここに住んでいるのはアリアという名の十六歳の少女。


 今から十数年ほど前、当時この館に住んでいたとある魔女が小さなみなしごの少女を拾い、気まぐれでその少女を弟子として育てた。

 そして一年前、魔女は…


「ちょっと旅に出たくなったから、あとのことは任せた!」


 そう言い残してこの館から旅立っていき、それ以来音信不通。



 そんなわけで今現在は、その魔女の弟子であるアリアが、この館で魔女の仕事を引き継いでいるのである。

 ただし、アリアは生まれつき魔力が全く無いので、魔法が一切使えない。


「さて…っと、そろそろあの子が来る頃だから、いつものお薬作らなくっちゃ」


 魔女の主な仕事、それは薬作りである。

 魔女は魔法を使うことで、魔女の秘薬と呼ばれるとても高い効能を持つ薬を作ることが出来る。


 しかし、アリアには一切魔力がない。

 魔法や薬に関する知識は師である魔女から教わっていても、魔力がないので魔法を扱うことはできない。


 ゆえに、普通の魔女なら魔法でぱぱっと作れてしまうような薬作りも、アリアは手間暇かけて作らなければならないのである。


「……よし、できた!」


 通常なら五分で完成する薬を五時間かけてやっと完成。


「それじゃああの子がやってくる前に、早く袋に…」


 しかしそのとき、この館の玄関の扉が開き、そのあの子とやらがこの館に入ってきた。


「こんにちはー、魔女様」


 やって来たのは丘の下にある町に住む幼い少女。

 その少女の姿を目にした途端、アリアは慌てて先ほど作った薬を袋に詰め込んだ。

 そしてすました顔で少女に尋ねる。


「あら、いらっしゃい。今日は何の用ですの?」

「あの、いつものおばあちゃんのお薬…」

「これのことかしら」


 アリアは先ほど慌てて袋に詰めた薬を少女に差し出した。


「ありがとうございます、魔女様。おばあちゃん、お薬はこれが一番よく効くって…」

「こんなものでいいのでしたら、いつでもいらっしゃい。わたくしの魔法があれば、この程度の薬、簡単に作れますもの」

「すごーい、さすが魔女様」


 実際は五時間手間暇かけて作って、先ほど慌てて袋に詰め込んだ薬である。

 ちなみにこの薬は、関節痛を和らげるための薬。


「それじゃあ魔女様、ばいばーい!」


 こうして幼い少女は、薬の代金としてわずかばかりのお金を置いて町へと帰っていった。

 そしてアリアは、少女が完全にこの館から離れていったのを確認して、ほっと一息つく。


「ふぅっ、間に合ってよかったー。今度からはもっと余裕を持って、早めに作っておかないといけないかなー。……でも、毎回これやるの大変なんだよね」


 これ…とは、魔女らしい黒い服をまとい、魔女らしい大きなつばのとんがり帽子をかぶり、出来る魔女風な態度で来客と接することである。


 アリアは魔女の弟子ではあるものの、魔力が無くて魔法が使えないので魔女ではない。

 それなのになぜこんなことをしているのかというと、それは、薬の品質を疑われないためである。


 アリアの師は本物の魔女ではあったものの、かなりだらしない性格だったため、そんな彼女の姿を見た人たちから、よく薬の品質を疑われていた。


 そのようなこともあって、師から魔女の仕事を引き継いだアリアは、自分が魔女でないことで薬の品質を疑われないために、人前では出来る魔女を演じているのである。


 だがこの館へは、それほど頻繁に人がやってくることもないため、これでしばらくは出来る魔女を演じなくても大丈夫……と、アリアはそう思っていたのだが…


「魔女様っ!」

「はわっ!」


 不意打ちでまた人がやって来てしまった。

 思いっきり油断していたアリアは、慌てて取り繕う。


「まったく、ずいぶんと騒がしいですわね。いったい何の用ですの?」


 アリアはすました顔で客人に接しているが、実際は突然の来客に心臓バクバクである。

 だがそんな焦りまくっている状態ながらも、アリアはこの客人をじっと観察する。


 魔女の秘薬を求めて定期的にこの館を訪れる者の数は多くないため、アリアはその者たちの顔は一通り覚えている。

 だが今回の客は全く知らない顔。初めてこの館にやってきた人物である。


 若い男。革製の鎧を身にまとい、腰に剣を携えている。

 冒険者…いや、おそらくは町の自警団の者。

 そしてこの者は、体中に無数の傷を負っている。


「必要なのは回復薬かしら」


 アリアは目の前の状況からそう判断した。

 だがしかし、この者が求めていたものはそれではなかった。


「いえ、この程度の怪我、わざわざ魔女様の薬を頼るほどのものではありません。それよりも魔女様、一つお力を貸していただきたいことが…」

「何かしら?」

「町の近くに、我々ではどうすることもできない危険な魔物が現れてしまって、その魔物の討伐に魔女様の力を貸していただきたいのです」


 当然ながら、魔法の使えないアリアはただの非力な十六歳の少女。

 魔物と戦う力など一切持ち合わせてはいない。

 なのでここは何としてもその頼みを断りたいところである。


「本当にこのわたくしの力が必要なのかしら? 町周辺の魔物の討伐は、あなたたち自警団や冒険者の役目でしょう」

「その通りです、魔女様。できれば我々だけでなんとかしたい…ところなのですが、残念ながら今回の魔物は魔法以外の攻撃が一切効かない突然変異種らしく、我々の剣や槍ではどうすることもできないのです」


 アリア、絶体絶命の大ピンチ。


「ぼ…冒険者ギルドに魔法使いは…」

「今は一人もいないそうです」


 アリア、もはや逃げ道無し。


「お願いします、魔女様っ! あれをこのまま放っておいては、いずれ町までやって来てしまって、多くの人たちが犠牲に…。どうか、その前に魔女様の魔法で……」


 この自警団の青年の必死の頼みに、もはや断れるような雰囲気は一切なし。


「わ…わかりましたわ。わたくしもこの地に住む者の一人として、この魔法の力、お貸しいたしますわ」

「ほ…本当ですか?魔女様っ!」

「え…ええ……」


 言ってしまった。もう後には引き下がれない。


「それでは魔女様、さっそく…」

「いえ、あの…そのっ、えっと……そう、少し時間をいただけないかしら」

「時間…ですか?魔女様」

「ええ。その魔物はまだ町にはやって来ていないのでしょう。でしたら今すぐ向かうよりも、より確実にその魔物を討伐するために、十分な準備をしておいたほうがよろしいですわ」

「なるほど、さすがは魔女様。思慮深いお考えで」


 問題を先送りにするためのただの悪あがきである。


「ですが、準備に時間をかけすぎて、その間に町が襲われては本末転倒ですし、魔物の討伐は明日にいたしましょう」

「えっ?」


 得られた猶予、わずか一日。


「それでは魔女様、我々のほうでも出来る限りの準備をして、明日また迎えに来ます。では!」

「あ…あのっ……」


 そして自警団の青年は町へと戻っていった。

 おそらくこれから彼は、たとえ大した戦力にはならなくとも、町で出来る限り戦える者を集め、例の魔物の討伐部隊を結成することだろう。


 もはやアリアにはどこにも逃げ道はない。

 魔物との戦いを避けることは不可能といっていいであろう。


「ああっ、どうしよう?どうしよう?どうしようっ? このままじゃわたし殺されちゃうっ!」


 アリアはひどく錯乱して、家の中でのたうち回っている。

 だがそんな折に、アリアはふとあることを思い出したようだ。


「そうだ、あそこにあれがあった! もしかしたら、あれの中に使えるものがあるかも!」


 そしてアリアはすっと立ち上がると、すぐさまこの館の物置部屋に向かった。


「うわぁ、ぐっちゃぐちゃ。先生、全然片付けできないからなぁ…。でも、ここから何か見つけないと」


 アリアの師は、趣味で色々な魔導具を集めていた。

 魔導具とは、魔法の力を持ったアイテムであるため、この物置部屋にある魔導具の中に何か使えそうなものがあれば、もしかしたら例の魔物にも有効かもしれない…とアリアは考えたのである。


「確か魔導具には、先生が使い方のメモを張り付けてたから……あった!」


 アリアは魔導具をひとつ見つけた。

 どうやら弓の魔導具のようである。


「ええっと、これの使い方は……魔力を込めて弓を引くと魔法の矢が放てる」


 魔力のないアリアには使用不可能な魔導具であった。

 だがこれであきらめることもなく、アリアは再び魔導具を探し始めた。

 そして……


「あった! ええっと、今度のは……手袋? 魔力を込めてパンチを放つと、すごい威力になる」


 外れである。


「こっちのは……魔力で操ることが出来る人形の魔導具?」


 これも外れである。


「これも…だめ。こっちも…だめ。これも…それも…あれも…ああっ!」


 もう誰もがお分かりであろう。

 魔法のアイテムである魔導具は、使い手の魔力を込めることで効果を発動させるものが大半である。

 つまり、どれもこれもアリアには使えないものばかりなのである。

 結局この日アリアは、何一つとして使えそうなものを見つけることが出来なかった。



 そして翌日……。


「ん……ふみゅ……………んっ……」


 この物置部屋で眠りについてしまっていたアリアが目を覚ました。

 そしてその直後にアリアは今の状況に絶望する。

 もうすでに例の魔物と戦う日がやってきてしまっているのに、まだその魔物に有効そうな魔導具が何も見つかっていないという事実に。


「ああっ、ああっ! どうしよう?どうしよう?どうしようっ?」


 もはやは完全に理性を失ってただ慌てふためくばかりのアリア。

 だがそうやってアリアが慌てふためいていると、アリアの頭に何かがこつんとぶつかって来たのである。


「きゃっ!」


 そしてアリアは、自分の頭にぶつかってきてその後床に転がったそれを手に取った。


「箒? どこかから落ちてきたのかな? でも今必要なのは掃除道具じゃなくって、魔導…あっ!」


 アリアは気付いた。

 この箒にも、師が書いたメモが張り付けられていたことに。


「ええっと、この箒はマナをかき集めて魔法が放てる魔導具…」


 マナとは、大気や大地、植物や川を流れる水などの中に存在する、自然界の魔力。

 つまりそのマナを利用するこの魔導具は、高い魔力を持たない人間でも扱えるものだということである。


「やった! これで、わたしにも魔法が…」


 しかしアリアのその喜びは、このメモの続きで一気に打ち砕かれるのであった。


「ただし、この箒は誰がどう使ってもしょぼい魔法しか撃てない。面白いけど実用性は一切なし……」


 やはりそんなにうまい話はなかった。

 そしてここでついに、タイムリミットが訪れる。


「魔女様っ、お迎えに上がりました!」


 昨日の自警団の青年の登場である。

 アリアは、こんなぐちゃぐちゃな物置の中を見られては魔女の信用が地に落ちる…と思い、身だしなみを整えながら慌てて玄関までやって来た。


「ずいぶんとお早いですわね」


 アリアの本音としては、もう少し遅くてもいいのに…である。


「少しでも早く魔物を討伐できるよう、大急ぎで準備を進めましたので。魔女様のほうも、準備は万端のようですね」


 今現在アリアが準備しているもの。

 先ほど見つけてそのまま手に抱えて持ってきてしまった、しょぼい魔法が放てるだけの箒。


「いえ、これはっ…」

「では参りましょう、魔女様」


 結局アリアは、まだ何の準備も整っていないのにもかかわらず、例の魔物の討伐に向かう羽目となってしまった。

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