第5話 任務地 ヤクブ村





 サマーランド連隊野営地を出発して、3日が経過した。


 ナザリーの周りは深い森に囲まれていたが、ヤクブ村も同じような地理をしているらしい。


 木々の間から差す光が、森の道を幻想的にしていた。時々聞こえる鳥のさえずり、心地いい風と気温。初めて見る動物がちらほら私たちの前に姿を現しては、じっとこっちを見て道を渡っていく。そして、また森の中へと入っていった……。


 耳の長い可愛らしい赤茶の毛をした動物であった。


 ヤクブ村への道中、私は帝国との戦いの最中だということを忘れ、このファンタジー要素溢れる森林に魅入られていた。


 小さくなった鉛筆と余白が少なくなったメモ帳を取り出した。この景色を思い出すために記録を取っておきたいと思ったからだ。


 歩きながらの書き留めは困難を極めた。加えての森の中である。


 何度か転びそうになりメルティ少尉に注意されと散々であったが、満足できる内容を書くことができた。





 私たちは森を抜け、集落を見下ろせる丘の上に着いた。


 今見えているあの集落が目的地のヤクブ村である。


 村の中央には小川が流れており小さなアーチ状の橋が見える。


 また、村の一角に森が広がっていてちょっとした憩いの場となっているみたいだ。


 丘から続く一本道を挟む畑の間を通って、2階建てぐらいの倉庫を通り過ぎ、村の門までやってきた。


 村の門はとても質素なもので、木材で作られた扉と石の壁があるのみである。


 メルティ少尉、次にアルブラン軍曹、そして最後に私が、門をくぐり村の中へと入った。


 アルブラン軍曹が言うには、今は作物の収穫時期らしい。


 そのためか村の住民が、忙しなく農作業をしていた。村の中央を通る道は行き交う荷車や農民で先が見えない。


 ここまで忙しくしているとは……


 てっきり辺境の地で、閑散としていると思っていた。


 



 村で一番大きな建物に着いた。


 道中、帝国兵と間違われ騒ぎになりそうだったが、ハリア王国の軍章や紋章を見せて何とか落ち着かせることができた。


 きっかけは思っていたのと違ったが、ヤクブ村の村民も帝国に対して反発心を持っているのが知れてホッとした。


 でなければ、私たちの依頼が達成しずらくなってしまうところだった。


 と黙考していると、建物の中から身なりのいい老人が出てきた。


「これはこれは。ハリアの兵士様たちではありませんか…………。我どもの村へ何用があって参られたのですかな? 」


 メルティ少尉が前に出て事情を話す。


 だが言葉足らずなところがあるみたいで、アルブラン軍曹が補足説明をした。


「レイア、こちらはヤクブ村の村長さんだ」


 メルティ少尉からの紹介を受け、私も村長に自己紹介をした。


「さっさぁ。中にお入りになって。お茶でも用意させましょう」


 私たち3人は村長の言葉に甘えて、彼の屋敷で一休みをする。


 配られたお茶はこれまで飲んでいたものと比べ物にならないほど、風味がしっかりとしており後味はさっぱりとした飲み心地のいいお茶であった。


 お菓子も一緒に置いてあったが、私は手をつけなかった。というよりは手につけられなかったが正しい表現だろう。


 食べようと思ったときには、もう無くなっていたからだ。


 メルティ少尉は、アルブラン軍曹に一つだけ残し私には一つも残してはくれなかった。


 唖然とする私と呑気にお菓子を食べる少尉、それに呆れるアルブラン軍曹。


 向かい側に座る村長が、この光景を見て軽く微笑んでいた。


 ………おもてなしが一段落したところで、本題に入った。


「さっきも聞いたと思うが、商人を探してる。心当たりはあるか? 」


「ゴホォン! すみません、この男の礼儀がなっておらず……」


「いえいえ。構いませんよ。堅苦しい会話にならずに楽しませてもらっていますから…………。それで、ハリード・ツヴァロッキという商人をお探しなのでしたな? 」


「その彼を保護することがここを訪れた理由でして」


「おぅ! そうだ。そやつはどこにいる? 」


「ツヴァロッキという名を耳にすれば、決して忘れないと思うのですが、今のところそのような名前は聞いた事がございません」


「ここには居ないと? 」


「いえ、私には存じ上げないことでして……」


 となれば、連隊長が掴んだ情報はウソだったのだろうか。


 いや、そんなことはないはずだ。


 私が連隊長に呼び出され入ったテントで、彼が見ていた書類は、王国が滅亡前に書かれた比較的新しい情報であったし、信頼がおける王国軍諜報局が情報源であった。


 もしかすると、彼は…………


「……偽名を使っているかもしれません」


「ああ。オルセット伍長の言う通りだろう。帝国に名前がバレているのなら本名を名乗らないはずだ」


「であればここ最近、この村に来た方をお調べいたしましょう」


「助かります。村長さん」





 こうして、村長がヤクブ村にいるであろうハリード・ツヴァロッキの捜索を手伝うことが決まった。


 去り際、今日はもう遅いからと、村唯一の宿屋に泊めてくれることとなった。


 おかげで、地べたに寝転がって夜を過ごすことにならずに済んだ。村長さんには感謝である。


 明日から、私たちはハリード・ツヴァロッキの情報収集を始める。


 何事もうまくいきますように。


 そう願って、わたしは寝床についた。





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 登場語句解説


 ハロルド・メルティ少尉・・・30代の巨漢。


 メルティ家は代々軍人一族でありハロルドの父は帝国との戦争に参加していた。


 ハロルド・メルティ少尉は参戦出来なかったが、ハロルドの父はサーテミラ決戦に参加しそこで戦死している。


 このことから帝国兵との戦いには人一倍燃えるようになった。


 スピース・アルブラン軍曹は入隊後、初めて受け持った部下であり付き合いが長い。


 スピース・アルブラン軍曹・・・20代後半の男性。


 上官であるハロルド・メルティ少尉とは真逆の体格、性格をしている。


 基礎訓練時にマスケット銃の射撃能力が優れていることが分かり、その後は射撃の名手として連隊の中では有名になっていた。


 ヤクブ村・・・旧ハリア王国の北西部に位置している。


 農業が盛んな村で、近くの都市との交易も盛ん。


 数多くある村の中では、繁栄度上位に入り込むほどである。












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