第3話 テントに上官現れ 焦るわたし
「レイア・オルセット伍長はいるかな? 」
テントの入口、逆光で人のシルエットだけしか見えない。
だが、聞き覚えのある声だ。
さっき聞いたような。
簡易ベッドから起き上がると、シルエットが明確な人物像となった。
!!!!!!!!
「連隊長!!!! これは申し訳ありません。勝手にベッドを使ってしまい」
「いやいや、いいんだ。ベッドは好きに使ってくれ」
「はっ!! ありがとうございます、連隊長殿」
「そうかしこまるな。楽な姿勢になってくれ、足が痛むんだろ?」
「ええ、ですがよろしいのですか?」
「この連隊は仲間意識を大事にしている。上下関係は弊害になるんだよ。だから、オルセット伍長も協力してほしい」
「左様ですか。であればそうしたいと思います。」
「うむ。では本題に入ろう。ベッドにでも座って聞きたまえ」
連隊長だけで呼んでいたが、彼にもちゃんとした名前があるから、教えたいと思う。
決して知らなかったのではなく、上官だからこそあえて名前を呼ばなかったのであるから、お間違えがないように。
さて彼の名は、テルマ・サンセット。
第70サマーランド歩兵連隊の連隊長で私の上官である。
彼の前歴を記録局で耳にしていたから、ここで伝えておこう。
私が王国軍に入隊後から、帝国とその属国がハリア王国含めた王国間連合の領土に侵入していた。
その中で最も大規模な戦闘が行われたのが、第3次ポートフォルン侵攻である。
この戦いがサンセット連隊長が初めて戦果を挙げ、軍内部での名声を高めるきっかけとなった。
その後、帝国軍によるポートフォルン侵攻は続き、ついには陥落してしまう。
その際、撤退を支援するために兵を率いることとなったサンセット連隊長が、またもや戦果を挙げる。
戦いに赴く度に活躍するとサンセット連隊長は、軍の幹部クラスに昇進した。聞くには大佐クラスであるとのこと。
その後、帝国からの侵攻が落ち着き始めると、対帝国方針に関して軍内部で抗争が起こる。
軍部は、ふたつの勢力に別れていた。
1つ目は、帝国と講和を結ぶ穏健派。
2つ目は、帝国と徹底抗戦を続ける強硬派である。
この時は、まだ王国間連合に力が残っていたから強硬派が軍部では多数派であった。
軍議による話し合いで決着つかず、ついには武力行使へと移ってしまった。
サンセット連隊長は、仲間であるはずの兵士たちと戦わなければならなかったのである。
幸いにもサンセット連隊長は、多数派である強硬派に属していた。
そのため終結まで優勢を保ち続けた強硬派が、勝利しサンセット連隊長は生き延びることが出来た。
だが、彼は仲間を殺した罪悪感と大佐という重圧に耐えきれず軍を抜けたという。
今、連隊長を務めているのは帝国によってハリア王国が危機に陥っていたからである。
王国間連合加盟国がつぎつぎと降伏していく中、ハリア王国軍は人手不足で戦争継続ができるか危ぶまれていた。
彼は、現状を知り王国軍への入隊を志願。
過去の実績から飛び級的な感じで、第70サマーランド歩兵連隊の連隊長を任されたというわけだ。
ハリア軍部内乱を経験したことで、サンセット連隊長は仲間の命をこの上なく大切にしようとしていた。
作戦会議では、犠牲が少なくて済む作戦を好んでいたし、兵士たちの士気をあげる演説では必ず生きて帰って来てくれと何度も繰り返していた。
彼は、仲間の命が失われることを何よりも恐れていたのである。
誰よりも仲間思いでかつ決して臆病者ではない、真の上官と言えよう。
そんな彼が、私を呼びに来たのである。
ゆかりがなさすぎるがゆえに、何を言われるのか全く検討がつかなかった。
私は、サンセット連隊長の言われるがまま、ベッドに座り彼の方を見上げた。
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登場語句解説
帝国・・・ ムスファ帝国のこと。 ハリア王国のはるか遠くの東方に位置する巨大な国家。
西方統一を企んでいる。
王国間連合・・・ハリア王国含む4カ国から構成された連合組織。
共同で帝国からの侵攻を防ぐために結成された。
加盟国は、ハリア王国・ブルージェイド王国・ステンノ王国・サリア連合王国である。
第3次ポートフォルン侵攻・・・ステンノ王国の要所であるポートフォルンで行われた攻防戦。
帝国の新兵器により王国間連合側に多くの犠牲者が出たものの、各軍人の活躍により陥落は免れた。
ポートフォルン侵攻は、第1次から第6次まである。
ハリア軍部内乱・・・ハリア軍部内で起こった内部分裂によって引き起こされた内乱。
帝国との徹底抗戦を主張する強硬派が、帝国との和平を望む穏健派を下し実権を握る結果となる。
この内乱は、王国間連合やハリア王室直属の軍隊から強く非難された。
第70サマーランド歩兵連隊・・・ハリア王国軍に属する歩兵部隊の1つ。
テルマ・サンセットがこの連隊の連隊長に就任するまで王都待機となっていた。
サマーランドとはハリア王国南部の沿岸地域のこと。
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