第2話 逃亡先





 ナザリーの街は、旧ハリア王国北西部の奥地に位置している。


 奥地とは言っても隣国との交易路上にあり、商隊などの拠点都市として発展してきた。


 ムスファ帝国が東から侵略してきてから、ハリア王国と隣国との交易が途絶えてしまったので、かつてのような繁栄ぶりは見られない。


 今となっては旧ハリア王国の奥地とこともあって、帝国からは放置されている。


 そのためナザリーはハリア王国が滅亡後、都市国家として成り立っている状態だ。


 帝国に属していないナザリーが、旧ハリア王国の残党からしたらうってつけの逃げ先なのである。





 ナザリーの街は静寂に包まれていた。


 街中へと入った私と第70サマーランド歩兵連隊の皆が、この静けさを気味悪く感じた。


 隣を歩いていた若い兵士が私の方に近寄り指差しした。


 その方向には、バツ印が付けられたムスファ帝国旗が掲げられていた。


「そうだ、 帝国なんかに屈するな!! 」


 私が見た帝国旗と同じものを見た別の兵士がそう言った。


 街の雰囲気は、私たちを歓迎してくれているとは到底言えないが、帝国の支配下となることを拒む意思表示なのだろう。


 やがて街の中心である広場に歩き着いた。


 ここで一休みするみたいだ。


 決戦が行われたサーテミラにほど近い場所からここまで、ほぼ休みなく行軍していた。


 だから私の足はパンパンに膨れ上がり、座った途端痛みが激しくなった。


 もう二度と立てないだろうな…………。


 そう思っていると、ずっと隣を歩いていた若い兵士が、私に水をくれた。


「連隊長からだ。この街の代表と話すからそれまで待機だとよ」


 貰った水をありがたく少しずつ飲んでいると、また彼が話しかけてきた。


「俺はヒューラ。ヒューラ・ジャクソンシールだ。ずっと隣にいたんだ。仲良くしてくれよな」


「ヒューラって言うのか……。わかった、私はレイア・オルセット。この連隊で戦場記録係をしている」


「ん?? 戦場記録係なんて初めて聞いたぞ」


「無理もないよ、本来の戦場なら戦場記録係は参加しないからさ」


「そ、そうなのか……。色々と気になることはあるけどよ、広場に集まってきた人だかりの方も気になるぜ」


 言われてみると、広場の入口に人だかりができている。見た感じここの住民みたいだ。


「ちょっくら、行っくる!!」


 ヒューラは、深く考えず飛び込んでいくかのように、人だかりに向かって走っていった。


 他の兵士も彼と同じように走ってはいないが、人だかりの方へ向かっていく。


 しばらくして、ヒューラが戻ってきた。ゆっくりと慎重に。


 近づいてきた彼は、スープとそれに浸されているパンを持ってきたのである。


「ヒューラ、それは? 」


「街の住民からのプレゼントさ!! 俺らを歓迎してくれたんだ」


 ヒューラは私の隣に座り、間に食事を置いた。


 芝生の上であるから、不安定である。


 なので、パンを取る時はスープをこぼさないように気をつけた。


「久しぶりのパンだぁ!! 」


 はしゃぐヒューラ、そして静かに興奮する私。


 ろくに補給をしていなかった連隊に残された食料は、美味しいとはいえないものであった。


 行軍中ただの黒い脂のかたまりを食べていたのだが、今食べようとしているおなじみのパンとスープは、比べ物にならないほど美しく見えた。


 味の感想は…………とても美味しいというわけでも不味くて食べられないというようなもこともない。食べ慣れた味である。


 とりあえず、携帯食料よりは美味しかった。


 ヒューラは、とっくに食べ終わり、食事を受け取っていない連隊員に配り回っていた。


 ほんと良いやつである。


 世話好きとはあのような人の事を言うのだろう。


 早歩きで広場を駆け回る彼を見ながら、そう思っていた。


 



 スープを最後まで飲み干したときである。


「サマーランド歩兵連隊、集合!! 」


 上官から集合号令がかけられた。


 瞬時に隊列を作っていく連隊員。さすがである。


 負けじと立ち上がろうとしたが、足の筋肉痛で背中から倒れくるっと一回転した。


 もたもたしていると、連隊員たちは隊列を完成させていた。


 皆、上官の方を見ている。


「レイア、俺がおぶってやる」


「ヒューラか、すまない」


 我が救世主よ!!


 救世主は、筋肉痛で立てない私をヒューラはおぶって隊列まで運んでくれた。


 地面に下ろされると、私はまた倒れ込みそうになった。


 ずっとおぶって欲しかったが…………


 そんな私の肩をしっかりと掴み、倒れないよう肩組みをしてくれた。


「助かるよ」


「なんてことないさ。仲間なんだ、助け合わないと」


 王都の記録局で何度も聞いた言葉、"仲間"。


 これを記録する側でなく、言葉の真意を受け取る側として言われるのは初めてであった。


 そして、初めて縦の繋がりを感じた。


「仲間か、良い響きをするじゃないか」


 小声でこう言う。


「なんだって?? ……何も言ってない? そうか、何か聞こえたんだけどな。


 ……おっと、連隊長がお出ましだ」


 隊列の前に現れた若々しい見た目をした中年一歩手前ぐらいの男性軍人が、この連隊の連隊長である。


 彼の話だと、この街の郊外に野営をしていいそうだ。


 連隊長の話が終わり、連隊はナザリーの街をあとにした。


 ナザリー郊外に野営テントを立てられると、サマーランド連隊野営地が完成した。


 ようやく行軍地獄から解放されたのであった。


 私は一目散に硬い簡易ベッドに飛び込んだ。


 筋肉痛ならなんならを癒すためである。


 こうして、至福のひとときを過ごすはずであった。


 彼に呼び出されるまでは……





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 補足


 ナザリーの隣国・・・フブロワ王朝 第3次オールド戦争の舞台となった。


 第3次オールド戦争・・・ハリア王国の隣国であるフブロワ王朝が北方民族から侵略を受けたことにより勃発。


 フブロワ王朝と交易関係を結んでいたハリア王国含む大陸四大国家(ハリア王国・ブルージェイド王国・ステンノ王国・サリア連合王国)が対北方民族大同盟を組み、フブロワ王朝と共に戦うこととなる。


 この戦争に勝利したものの、その後開かれた4カ国会議中にムスファ帝国からの侵攻を受け、帝国との戦争が開始されてしまった。


 レイア・オルセットは、第3次オールド戦争時にハリア王国軍に入隊している。




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