第3話:お前たちの性善説と俺の復讐譚

 気がつけば年齢ねんれいは20歳。

 ずっと戦い続けるしかなかった。





 治安の良い日本でそんな話を聞くのは物騒ぶっそうだって?

 俺もそれは思ってる。




 だからこそうでを使おう、あしを使おう。




 そうやって生きていくしかなかった。

 両親はそろっていても毒親どくおやと自分が馬鹿にするぐらいには機能不全きのうふぜんの家庭に誰とも親しくならずに上京した。





 ムエタイファイター。

 20歳男性。





 栗栖川皮姐くりすがわあすら

 の人生はもう人から見ればはやい段階だんかいで折り返し地点。






 それと俺はある瞬間しゅんかんを見逃さなかった。



 







*


 皮姐あすらが違和感を覚えたのは上京してからすぐ。







 路地裏ろじうらを歩いていたらヤカラにからまれ、ふりきろうとした走った時にすでにいなかった。






?」




 記憶があまりないのに追いかけられた感覚は残っていた。





 気のせいだと思ってその場を去ろうとすると同世代くらいの男性が片腕でヤカラの腹をつらぬく瞬間しゅんかんを見てしまった。






 つらぬかれたヤカラこそあいまいな記憶にいた人間だったからだ。





 一体何が起こっている?

 それにこの時の記憶もまた消えかけていた。





 それから日常を送っているとSNSでいつも怪死かいし処理しょりされている事件のうち都市伝説のような話がまいこんできた。





『歴史のズレ? さっきまでいた人が突然と消える』






 いかにもオカルトにありそうな話だったが反応がある人間は少なかった。





 そこで反応した人間を仕事の休憩きゅうけい時間を使って調べてできる範囲でつきとめてみた。






 都内で起きた記憶のズレだったから関係があるとするならあの付近。

 それでもインターネット社会で距離など関係なく別の場所にいる人間の可能性もあった。





 反応のあった人間を調べていくうちにインターネットからの追跡ついせき困難こんなんになった。






 おそらく向こうもネットリテラシーに気をつけてたどりつきそうな人間からバレないようにしていたのかもしれない。






 それか皮姐あすらの思いちがいか。






 たどりついた人物へ通報つうほうされないよう尾行びこうにも注意し奥へ奥へと入っていく。




 今思えばろこつなわなだった。

 それでも好奇心こうきしんはとまらなかった。





「やっぱりSNSでうかつな反応をしたのはまずかったね」






 たどりついた人物は地の利がある人気のない建物の奥へ皮姐あすらをさそいこんでいた。






「記憶のズレがあって調べていただけだ。 こそこそするなら鍵垢かぎあかにすればよかっただろ」






 皮姐あすら正論せいろんを言ったつもりだったが相手は知られてはまずいと思ったのかちゅうを浮かび、物理法則ぶつりほうそく無視むしして攻撃をくりだす。






「俺はプロのムエタイファイターでね。 なんの力か知らないが素人しろうとの動きは読めるんだよ」







 そうはいってもどこから攻撃するか分からない闇の中や影にかくれて皮姐あすらを殺すつもりの相手に防戦一方ぼうせんいっぽうとなる。







「どこまで知られたか分からないが秘密を知られたら消すしかない。 あんたにうらみはないがここで消えろ!」






 何を言っている。

 ここで死んでたまるか!





 すきをついて遠い距離には蹴りを、近い距離にはパンチで少しずつ相手の攻撃をたしかめる。





 むこうの攻撃がかすったときに切る攻撃をくりだされることがあったが間合いをつめれば反応できなくなったので安全に拳や蹴りをたたきこめた。



 それでも防御ぼうぎょ特殊とくしゅでひるませる程度でしかないが。





「せめて記憶だけでも・・・」





 すると初めて会うはずなのにどこかでみた同世代の男性が相手の攻撃と皮姐あすらの攻撃をとめる。





「余計に記憶をほじくるようなことはするな」





 彼はそういって空間をつくり対戦相手をどこかへ送った。





 そして彼は皮姐あすらとむきあう。






「記憶はないはずだがここまで調べてくる人間がいるとは。 しかも表舞台おもてぶたいでは同業者どうぎょうしゃ。 ちょうどいい。 おたがいに知名度は少ないがもしよかったら力になる」





 彼は皮姐あすらに何かをわたして去っていった。





 これは何かのチャンスだ。

 この先続く退屈たいくつ格差かくさをくつがえすための!






*





 皮姐あすらは彼へ連絡をとろうとしていたがあれから姿をみることはなかった。






 何が起きてるかは重要じゃない。

 これから起こすんだ。






 そういえば目に見えなかったが彼から何かを受け取っていた。

 皮姐あすらはてのひらを広げるも特に反応がなく気のせいかと思っていた。






 するとてのひらから闇が広がり皮姐あすらをつつむ。





 その闇のむこうで彼が待っていた。





「別に消しに来たわけじゃない。 せっかくだ。 オマエは俺たちの仲間になってもらう」





 成行なりゆきとはいえしかたがない。

 調べた人間が使っていたあの能力が手に入るってことか。





 どう使うかはこれから説明がある。

 その前に自分も心のさけびとやらを伝えることにした。






「今のこの状況とこれまでの俺の環境なら、この世にある全ての可能性は捨てるしかねえ」






「とはいえ自分が死ぬことは考えてはいない」





「ああ。 このまま使われるだけ誰かに使われて若さを失う理由なんてないからな」





 皮姐あすらの中で覚悟かくごは決まっていた。






 力がほしいわけじゃない。

 それでも生き残るためだ。

 復讐ふくしゅうしたい人間なんて数えればキリがないほど。






 そして力を受け取る話を聞くことになったが歴史が変わり、力を持つ者の存在がなかったことになる。






 だからさっき調べて戦った相手のくわしい名前が出なかったわけだ。

 我ながらよくつきとめたとほめたいところ。






 すると彼は別の説明もしてくれた。






「本来なら対価たいかを受け取り行動するのは俺なんだが今回はオマエ自身が好きに対価たいかを使える。 どうやら俺とあわせるために使った力がオマエを気に入ったようだ。 俺と会う前からオマエの歴史は変わっていたってわけ」






 まえのあいまいな記憶にいた誰かがヤカラの腹をつらぬいた姿。

 あれは確実に彼だった。




 なるほど。

 対価たいかとして皮姐あすらが調べた相手に力を渡したあと相手の歴史を消しておそらく恨まれていたヤカラを彼が殺していたのか。






 今回の場合は皮姐あすらが自分でその対価たいかを歴史の外でおこなえるというわけか。






「ただしよくある話だが全ての人間をうらんでいても滅ぼすのは不可能ふかのうだ。 そうでないと俺たちのやることがなくなるからな」






 制限せいげんはちゃんとあるのか。

 それは別にいい。






「経緯はどうあれ俺はあんたの部下ってことになってる。 こきつかうのか?」






 彼はとくに返事をすることもなかった。

 おそらく自分の場合は過度に干渉かんしょうするつもりはないのかもしれない。






 空間はもとにもどり、皮姐あすらはもう自分のことを覚えられていない世界で日常を送ることになった。






 それから彼がわたしてくれた仮の戸籍こせきを使って食いつなぐ毎日。





 いつでも好きに恨んだ相手を消せる。

 ニュースで淡白たんぱくに流されるだけで事件というより天災てんさいか事故としてあつかわれる。




 なぜなら無色透明むしょくとうめいな何かに抹殺まっさつされているわけだから。






 自分の復讐を力だけ受け取って対価も好きに使える。

 そして全ての人間を始末しようと考えていたのに。





 彼は復讐ふくしゅうを保留にする。




 その場で暴力や何かを利用しても結局また今日が続くだけ。





 彼は葛藤をいだきながら自分がいない歴史と現実を生きていくことにした。





「さあて。 どうやってリングに立とうか」



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