第2話:力へのにくしみ

 三田村朶紙みたむらえにし達はふだん格闘家として人間の社会で生活している。





 リングネームは非常に便利だ。

 名前をつけるために海外の文献ぶんけんや歴史をあさることもある。




 もちろんその下調べはどの世界・世代の格闘家と戦うためのリサーチにもなるのだが。





 伏常世ありぜいは今日も試合に勝つ。



 どの競技かは教えるつもりはないが試合の内容には「判定はんてい」「ドロー」「KO」「延長」「TKO」「ドクターストップ」など専門用語が多すぎるから端折はしょるが本人は納得しない結果となった。





 伏常世ありぜいへの目線はファンも選手も同じジムの人間以外きびしいものだった。






 それでもいつも通り生活をし、人間ではあるものの人間としての生活に疑問を持つ伏常世ありぜい達は気にしないふりをして生きていく。







三田村みたむら。 今日リストアップした人間の中で仲間にするやつは俺達にとって害となる。 確実にだ」







 年齢は今年二十歳、男性。

 広告収益こうこくしゅうえきで十代のころに稼いでいたが今は家庭を持ちあちこち放浪ほうろうして暮らしているらしい。






 伏常世ありぜいはその人間に嫌悪感をしめす。






「今まで得たノウハウでどう稼いでどう暮らそうが勝手だ。 でも三田村みたむらは何が目的でこんな人間を仲間にする?」






 三田村は伏常世ありぜいに近づいて肩をおさえる。






「気持ちは分かる。 でも俺が簡単に仲間にすると思うか?」





 なら作戦があるのか。

 リストアップしたデータによればこの男はどんな手段も選ばない『幸せの伝道師でんどうし』を名乗っているやばいやつだ。




 子供もいるのにここまで欲に執着しゅうちゃくできるものだと伏常世ありぜいは感心まではいかないものの認めてはいた。





「試合内容が良くなかったいらだちもあるだろう? この仕事にその私情しじょうを持ち込まないように今日は昼からご馳走ちそうでもしよう。 紫耀眷しょうけんの大学進学が決定したからって色々とくれたからさ」





 もう伏常世ありぜい三田村みたむらも二十二歳。






 綺麗事きれいごと性善説せいぜんせつも通じない世界にいすぎてしまったのかもしれない。






 切り替えることにしよう。

 伏常世ありぜいはリストアップした例の人間をつきとめる準備のためにここは三田村とご馳走ちそうを食らう。






*





 リストアップした人間のプロフィールをチェックする伏常世ありぜい





 試合後の疲れもあるのに上手くいけば仲間に引き入れたいと三田村みたむらは言っていた。






 あの勧善懲悪かんぜんちょうあく三田村みたむらがこんな人間を引き入れるなんて!






 別にかまわない。

 伏常世ありぜい三田村みたむらのことを知らなすぎる。

 それは信じていないからじゃない。

 自分たちが人間として生きていくには深掘りは禁物きんもつだからだ。






 日嗅ふかいだ 物石ものいじ

 十九歳・男性。





 小学生からインターネットを利用した情報商材や炎上商法えんじょうしょうほう荒稼あらかせぎしたと同時に女性関係のために同世代をけおとし全ての売り方をためしてデキこん





 各地を放浪ほうろうし今も人を利用し各地でマーケティングを実施じっし






 伏常世ありぜいは彼と同世代なので生き方を否定ひていするつもりはない。





 誰がどんな稼ぎ方をしようが、どのような肩書きだろうが自分たちは他人のことをとやかく言う資格はない。






 そんなことは分かっている。

 ただし







 しかも日嗅ふかいだはマーケティングが長続きせず形はどうあれ子供とパートナーのことを守ろうとする父親であるのなら今回は助ける必要があった。






 伏常世ありぜいは彼が隠れているアパートの前でひとり葛藤かっとうしていた。







『お前は・・・ なにもためらいがないのか!』






 あの力を渡すために腕の皮膚ひふをつねって伏常世ありぜいは彼の部屋へと侵入する。







*





 部屋の奥まで闇の空間をはりめぐらせ、日嗅ふかいだの元へと伏常世ありぜいは近づいた。





「これで借金取りは消えて、歴史が変わったのか?対価たいかってやつをあんたが受け取って俺がその力をいただく作戦は成功だ」






 てめえ!

 なぜそんなことまで!

 さっきまではみすぼらしく貧乏びんぼうで何もかも失った人間に見えたから話を聞いたのに!






 伏常世ありぜいはやり取りを終えたあとに日嗅ふかいだの胸ぐらをつかむ。




 こいつが男で本当によかった!!!






「手荒い歳上だねえ。 そんなに稼げる俺がむかつくのかい? お前らが無能むのうなだけだろ? 」





 よくしゃべるやつだ。

 それでも彼はもうこの歴史から消え、日嗅ふかいだ復讐対象ふくしゅうたいしょうである借金取しゃっきんとりやそれ以外の勢力せいりょくを片付けなければならない。






「あんたもプロの戦士なのかな? 俺も武道経験があったから腕がたつのは分かるんだ。 そうだ。あんたが興味あるのなら誰をおとしいれて誰から金を手に入れるか教えてやろうか? 仲間なんだしメリットはあると思う・・・ぐっ!」







 日嗅ふかいだの首をしめようとした伏常世ありぜいよりも先に三田村みたむらが部屋の壁へ日嗅ふかいだをめりこませる。







「あ、あんたが・・・ うわさの・・・」






 伏常世ありぜいが産まれる前なら裏社会のスジでしか知られていない自分たち。







 現代ではインターネットなどの情報ツールが浸透しんとうがしているためれたか。







伏常世ありぜいありがとう。 生理的に受けつけなかったらお前にたのんだ。 よくここまでたえた。」






 三田村みたむらは仲間として彼の力がどれほど役にたつか目をつけていた。

 それは分かる。






 それでも自分を試すような真似をするなんて。







「おたがいまっとうな人生を生きているかどうか他人にはいえないのに、野放のばなしに出来ないからって俺を仲間にしようとするのは難しいかもよ」







 自分たちの力を受け取った彼はどこかへと消え去った。







 仕事じゃなければ誰が入れるものか!

 これも“アニウエ”様が生きながらえるための行動とはいえ!







伏常世ありぜいよくやった。 あの力には細工さいくがしてある」





「信じられるか! 人使いの荒い力の持ち主なんかを」





「その恨みはやつの対価たいかを引き受ければ解決だ」






 歴史は変わって日嗅ふかいだはなに不自由ふじゆうなく家庭をもった父親として今まで通りの生活を『ふつう』だと子供に教えてるだろう。






 そして伏常世ありぜいは残った日嗅ふかいだ遺産いさんを引き受けることになった。





“アニウエ”様・・・なぜ俺たちに力をさずけたのです?






 あなたの力は俺たちを救うための・・・







「戦いながら葛藤かっとうしててもはながないか。 こうして、イメージどおり見た目どおりに誰にも知られず戦って証拠しょうこを消すんだからなあ!」






 場面は変わって数々の伏常世ありぜいが言えたことではないがガラの悪い連中が廃工場に集められていた。







「お前らに恨みはない。 ないが撮られないヒーローとしてこの場所で清算せいさんさせてもらう!」







 たったひとりで統率のとれていないその場だけの大群たいぐんを思いっきり好きなだけちぎっては投げた。






 あっという間に片付けることができた。

 血すら流すこともなく。







三田村みたむら、そして“アニウエ”様。 俺たちもふくめて人がこの世からいなくなるまで続けるのですか!」






 隠された歴史だからこそ伏常世ありぜいは廃工場でほえ続けた。







--どこかの媒体ばいたい






『昨夜未明、廃工場はいこうじょうにて数多くの犯罪に手を染めていたグループとその他の罪に問われていた男ふくむ40名以上の遺体いたいが発見されました』






「へえ。 本当にやってくれるんだ」






 日嗅ふかいだは子供をあやすパートナーに聞かれない角度かくどでつぶやいていた。





 こんなこと言うのも違うけど壁にめり込んで正解だった。

 あの歳上の男に軽くなぐられただけで顔の半分はくだけちるところだった。






 ビジュアルは現代の多様性あふれるすばらしい世界ディ ス ト ピ アでも求られるしどいつもこいつもあばれたりないから知性をみがけない。






 こんだけ物があふれてるのに近くすら見ていないのだから。






「ちょっと。 たまには音夢ねいむのこと手伝ってよ」






「ここ店だよ? でかい声出すなよ」







 はやすぎたかなあ。

 色んな意味で。







 すると日嗅ふかいだの周りを前回歳上の男から力をもらった時のようにつつみこまれた。







 そういえば今の俺はある程度ていどの未知の力があるんだった。

 みじめなおっさんだけが異世界から手に入るものだと思っていたけど今は俺も手にしたから笑えないや。






 そして次は何が起こるのかを楽しんでいると







『この力を使うには条件がある』






 やばい。

 このオーラは!





「み、三田村みたむら!おまえ!」





 片腕で首をつかまれ停止した日嗅ふかいだの周りは誰もこちらを助けてくれない。





『お前は選ばれた人間だ。 その過ぎた力はお前の誠意せいいによる』






「誠意だぁ? ずいぶんと時代遅じだいおくれで最低さいていおどしだ。 こんなことして今までお前にすくわれた人間たちはどう思うかな?」






 力を強めた彼の腕に日嗅ふかいだは苦しみつばがもれた。






「かはっ! たしか・・・お前も・・・歳は変わらないのか・・・ 条件は自分で探す・・・ 俺に目をつけたことを・・・後悔させない・・・だから!」






 目が覚めると自宅でパートナーと子供が心配していた。






 あれは夢じゃない。

 あまり深入ふかいりはしないようにするか。






 そして金を選ぶことをしないあいつらに支配しはいされない。






 守る者があるのだから。

 くっ、はっはっはっはっはっ。







――伏常世ありぜいは日常へ







 また納得のいかない試合内容か。

 自分で分かっているだけまだマシか。






 伏常世ありぜいはジムの仲間の賛美さんびとそれ以外の声を分ける。






 いつもなら怒りをしまっていたが今回受け取った対価たいかで派手なのに誰にも知られることがないので余裕がもてた。







 結局こうやって生きていかないと安らげないし他の人間が気にならないノイズも自分にはつきささる。







 もしやつが裏切るようなことがあれば・・・







 ふだん笑わない伏常世ありぜいも拳を握りながら笑みを浮かべたからかジムの仲間以外の周りは無視を決め込んでいた。






 全ての人間は人間として生きていけるきっかけをいつでも失う選択肢がある。






 誰もそれを選ばないだけで。






 消えた歴史の裏で微笑ほほえむお前たちも自分たちも例外れいがいはないことだけ思い出したからこそ、にくいこの力を愛せるというもの。






 次もまた三田村みたむらから頼まれる。

 今日だけは人目を気にせず笑ってもいいか。

 ブーイングの牽制けんせいにもなるしな。





 伏常世ありぜいは元の日常へもどる。























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