学園祭 - 2
「ククク、大切な人を守るためにここにいる、なんてねェ。そんな偽善、聞きたくもない。全ては力、弱者に慈悲なぞ無いわ!」
魔族役が叫び、コリンとの戦闘シーンに入った。
台詞はもう覚えているはずだから、今度は如何に戦闘シーンを改善するかが問題だ。
コリンはエリザとの結婚を反対された後、侵攻してきた魔族との戦争に参加させられる。しかし、それは彼自身の願いでもあった。
もし戦争に負けてしまえば人類は魔族の支配下におかれ、エリザが幸せに暮らすことはできなくなる。例え傍にいることは叶わなくとも、何とかしてエリザの役に立ちたいと願う、コリンの勇気と優しさを演出するシーンでもある。
「ここはアクション要素を多めに取り入れたい。実際に魔法と剣を取り入れて、役者たちに戦ってもらおう。」
監督曰く、なんと舞台上に保護魔法をかけてもらえることになったらしい。
保護魔法はかけるだけでそれなりの技術力とコストがかかり、常時設置している校庭と体育館以外で使われることはほぼない。
しかし、監督が優秀な魔術師一族の子らしく、コネで説得したとか何とか。
おかげで舞台と役者は魔法を食らっても怪我をしないようになっている。思う存分戦え、ということだ。
魔物役の子は真面目そうな男子だ。背も高く、体格も優れている。
普段は剣士のようだが、今回は魔族役ということもあり慣れない魔法を使ってもらうことにした。
「ほれ、どうした!その程度で我に勝てるとでも!?」
高らかに叫びながら雷弾を幾つも放っているが、如何せん威力も低いし数も少ない。仕方ないが、見栄えはしない。
「ぐっ、それでも、私は負けるわけにはいかない!この想いを剣に込めて、お前を殺す!」
コリン役の子は背の高い女子だ。女子とはいっても、男装すると美青年にしか見えない。
特に女子の中では珍しい剣士で、重いはずの剣を細い腕で軽やかに振り回している姿は素直に格好いい。
台詞の後に剣を掲げ、魔力を込めると剣が炎を纏った。剣士の基礎的な技の1つである。
「はああああ!」
「ぐ、あ、ああ……」
焔を纏った剣が魔族役に思い切り振り下ろされ、彼は思い切り後ろにのけぞった。
実際かなり手加減されているので彼は微塵も痛くないはずが、苦しそうに呻きながら地面に倒れ込んだ。何ともリアルな演技で、分かっていても心配になる。
「はあ、はあ、ようやく倒せた……ああ、これでエリザも幸せになれるかな……」
「カット!」
監督は少し微妙な顔をしている。
「うーん、まだまだかな。魔族の使う魔法がショボ過ぎる。火球なんていくら見せられてもなあ。」
「すみません、魔法を使うのに慣れていなくて。」
「いや、いい。魔法は何とかする前提でお前をこの役に抜擢したからな。メーティアさん、何とかなるよな?」
「はい、なります。」
ようやく私の出番だ。
「色々方法はあります。私が後ろから魔法を遠隔起動して魔族役が出しているように見せるとか、私の魔力を受け流して発動してもらうとか。一緒に特訓するというのも手ですが。」
「特訓はどうせすることになるだろうが、時間がないな。魔力を受け流しても、本人が上手く魔法を使うイメージができなければ意味がない。遠隔起動してもらうのが良さそうだな。違和感が出たりしないか?」
「応用魔法以上は大体発動位置が分かりにくいですから、舞台裏からの発動でも気になりませんよ。練習してタイミングを合わせれば自然に見えるでしょう。」
「よし、それで行こう。お前もそれでいいか?」
魔族役がはい、と威勢のある返事をした。
これから彼とは協力するのだ、私も彼と目を合わせ、頷いた。
「コリンの方はいいな、流石の剣捌きだ。」
「ありがとうございます。」
コリン役はぺこりと頭を下げた。
彼女の名前はサラ・オルセン。オルセン神殿の神官の子だ。
最初は神官なのに魔術師じゃないのか、と思ったが、どうやら彼女は魔法が苦手らしい。
優れた神官である両親から生まれながらも魔法の才能が無かった彼女は、早々に神官になる事を諦めた。代わりに剣の稽古を続け、今は騎士を目指して頑張っている。
「さ、個別で練習を続けてもらおう。文化祭までそう遠くないぞ!」
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「ククク、大切な人を守るためにここにいる、なんてねェ。そんな偽善、聞きたくもない。全ては力、弱者に慈悲なぞ無いわ!」
台詞に合わせて舞台裏から火炎波を繰り出す。火炎波は火球の応用魔法で、連続的な炎の波を相手に浴びせる強力な技だ。速度が遅い分、防ぎにくい。
しかも炎魔法は大体明るいので舞台上でよく映える。派手な演出にはまさに最適。
「どうですか?位置は。」
「いい感じね。球じゃなくて波だとどこから出ているか分かりにくいし、迫力もある。魔法を使わない方が役者本人も演技に集中できるし、いいことずくめだわ。……後はコリンの動きと合わせないとね。折角保護魔法があってももろに食らっていたら格好悪いから。」
「御心配には及びません。今ので大体の軌道は覚えました。メーティアさん、私が貴方の魔法に合わせますので、今の感じで大丈夫です。」
「分かりました。」
サラは動体視力も物覚えも良くて頼もしい。流石、幼い頃から鍛えられていただけある。
彼女は魔法が使えないだけで、理論はしっかり理解している。だからこそ、私の魔法に合わせるだけでなく、どう動いたら緊迫して見えるかが分かる。
「では、何回もここを繰り返し練習しましょう。私にも改善点があればその場でご指摘ください。」
「そうしましょう。はい、もう一度!」
「お疲れ様でした。では各自反省点を。」
「私はもう少し魔族との接戦を演じられるように頑張らなくては。」
「すみません、自分が戦い慣れていないせいで……」
「そんな落ち込まないでよ。監督も言ってたじゃない、貴方が魔族役に選ばれたのはその研究気質な真面目さと豪快な演技力のおかげだって。本番まで努力し続ければきっと大丈夫よ。」
「でも、うーん……」
魔族役の子は随分と落ち込んでいる。
私みたいな素人目には随分上手く見えたが、どうやら本人としてはそうでもないらしい。
彼のような研究気質で真面目な人間は完璧主義に陥りやすい。
「剣を交えたアクションは得意なんですが、魔法だとどうも上手くいかなくて。特に魔術師って基本距離を取る時以外あまり動かないじゃないですか。狭い舞台上で動き回ることもできないし、かといって棒立ちは格好悪いし。自分でも納得いく演技が思いつかなくて。」
コーンと学校内に鐘の音が響き渡り、時計は寮へ戻らなくてはいけない時刻を示している。
それを聞いて彼はブツブツと呟きながら、どこかへ行ってしまった。
「あの人、大丈夫ですかね。」
「まあ、いつもあんな感じよ。今回は特に大役だから緊張しているのね。彼は責任感の強い男だから、そっとしておいてあげましょう。」
「彼、いつも自室でイメトレしているらしいから、この後もそうする予定なんだろう。努力家で向上心があるから、俺はあいつを選んだんだ。」
監督が彼の背中を見つめながらぽつりとつぶやいた。
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翌日の授業後、いつも通り指定の部屋に向かうと、何やら周囲が騒がしい。
人が騒めき、わたわたと走り回っている。
何事かときょろきょろしていると、遠目から私を見つけたデリケが息を切らしながら走り寄ってきた。
私が口を開けるより早く、デリケは絞り出すような声を出した。
「大変!魔族役の子が……」
バタバタと早歩きで保健室へと向かう。走るのは校則違反なので、あくまでも早歩きだ。
「あの、演劇部の者ですが……」
「シーッ、騒がしい。彼は今怪我しているのよ。さっきまで寝込んでいたんだから。……少しだけ時間を取ってあげるから、用があるならさっさと話して帰りなさい。」
ぶっきらぼうな看護士が口に人差し指を当て、1つのベッドに目線をやった。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫です。ちょっと自分がへまして怪我しただけなので。」
彼は目を合わせようとしなかった。伏せられた瞼がこちらを拒絶しているようで、何と口を開いたらいいのか分からない。
「寮内で攻撃魔法を使うのは校則違反なのにもかかわらず、自室で魔法を使ってしまったんだってね。貴方は校則違反するような子じゃないのに。」
「集中してたんだ、演技の練習に。1人で台本を読み上げながらどんな動きをすればメーティアさんの魔法に合わせられるか考えていて、頭の中で魔法をイメージしていたら、いつの間にか魔力が籠ってしまって……」
「はいはい、わかったから。そんなに気にしないで、治療に専念して。大火傷したらしいけれど、何とか本番までに治りそう?」
「……それが、思ったよりも重い火傷跡だった。火炎波を出す位置が悪くて、腕を思い切り燃やしてしまって、発現した炎のコントロールもできないから、熱気が足にまでかかっちゃって。自己強化も使ってなかったから手と足が骨まで焼けてしまって。」
「要するに、本番まで間に合うか分からないってことね。」
「分からないんじゃない、無理だって言われた。」
消え入るような、泣きそうな声だった。
私もデリケも監督も、そこに居た全員が言葉に詰まった。彼が誰よりも努力していたことを知っているから。
「仕方ない、起こったことはもう覆せないから。お前の代わりに代役を立てる、それでいいな?」
静寂を破った監督の言葉に、彼は力なく頷いた。
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