学園祭 - 3
落ち込む彼を残し、看護師に保健室を追い出されるようにして退出した。
監督は何やら考え込んだ顔で足早に部室の方へ急ぎ、私達はそれに黙って追従他なかった。
未だにあわあわと準備をして回っていた部員達に監督は声を掛け、彼がもう本番には間に合わない事、そして代役を立てることを端的に伝えた。
全員の顔がみるみる真っ青になっていくが、仕方ない。代役を簡単に立てられる程人数に余裕がないから。
「ともかく、緊急でオーディションをする。役持ち以外は全員参加しろ。」
監督の鶴の一声ですぐに人が集まり、台本片手にオーディションが始まった。
魔族役は台詞が少ないものの、戦闘描写能力が求められる。
一応魔法は私が代わりに出すので戦っている”振り”さえすればいいものの、それでも舞台上で華麗に動き回れるほどの高い身体能力が必要である。
中等部内でアクションシーンを満足に演じられる人はそう多くなく、それこそサラと元魔族役の彼くらいしかいなかった。
今思えば、彼は魔法にこそ慣れていなかったが、戦闘描写に必要な俊敏性や立ち回りはきちんと身に着けていた。
オーディションにそれほど時間はかからなかった。そもそも代役で出られる程暇のある人間が少なかったせいだ。
粗方主要キャラ以外の人の演技が終わったが、やはりサラの動きについていける人はいなかったようで、監督が渋い顔をしている。
何度かサラの動きを抑えてみたが、それだとどうしても緊張感や臨場感に欠けてしまう。
「このシーンで盛り上がらなきゃ、見ごたえが無くなってしまう。どうしたものか……」
監督が苦悩している中、サラが舞台上でゆっくりと歩みを進めた。
サラは何かを探すように、部室内をぐるりと一瞥した。高貴な生まれ故か動作1つ1つに優雅さがあり、気品が溢れている。オーディションであれだけ連続で動き回っておきながら、息1つ切らしていない。
そんな彼女と私の目線が噛み合う。時間にしてみればほんの一瞬だが、そのわずかな時間、彼女の目は私の事を捉えていた。
そして、監督の方に向き直った。
「そこの彼女を代役にしてはいかがでしょう。」
「彼女って、メーティアさんのことか?この人はダメだ、うちの部員じゃないだろう。それに、その、戦術部員が演技をできるとは思わなくてな。」
「いいじゃない、どうせこのままではこの劇も上手く行かない。元々演出で協力して貰ってた位だし、ちょっと代役やって貰ったって変わりはしないでしょう?メーティアさんはどう?折角だからちょっとオーディションだけでもやってみない?」
監督とサラは微笑みながらこちらを見た。
監督の目には少し申し訳なさそうな感情と同時に、淡い期待が混ざっている。
サラは正直何を考えているか分からない。演劇なんてやったことも無いどころか今世で見たことすらない素人に頼むなんて、雑過ぎやしないだろうか。
それに、彼らの練習を見ている限り、10代半ばの学生がやるにしては随分レベルが高い。
なんせ日頃からミュージカルや演劇に親しんでいる上流階級ばかりの学校だ。小さい頃から歌やバレエを習い続けている人だっている。目の前のサラだってそうだ。
私はどうだ?確かに歌と踊りは母から教わっていたが、演劇そのものについては全くのド素人だ。
しかし、よく考えてみればやらない理由も特にない。ダメだったらやらなきゃいい。
「……わかりました、取り合えず試しにやってみてもいいですか?台詞すら言えるか怪しいので、もしダメそうなら他の人に回してください。」
「ああ、勿論だ。サラ、相手をしてやってくれ。」
「監督の仰せのままに。」
舞台に立ち、ふう、と一息吐いた。
監督や周囲の演劇部員の目線が集まる中、私は自分のタイミングで最初の台詞を口にする。緊張し過ぎて噛まないか不安だったが、案外何とかなるものだ。
そのままコリンと数回掛け合いをした後は、直ぐに戦闘シーンに入る。強力な応用魔法を幾つも展開し、剣を構えるコリンに撃ち込んでいく。
思ったよりも台詞は覚えている。ずっと舞台の背後で集中して聞いていたお陰だ。サラの素早い攻撃にもついて行けるし、何なら逆に追い詰める演技だって自然にできる。
しかしこうして実際に相対すると、サラの凄さがよく分かる。演劇の中で求められる戦いとは、単純に強さを見せつけるものじゃない。
如何に美しく、分かりやすく魅せるかが大事なのだ。
そういう意味で、ガルス殿下が如何に戦士としても演出役としても優秀だったのかが今になってよく理解できた。
部活のオリエンテーションや決闘大会での戦い、あれらは全て真剣勝負であると同時に『戦い』を知らない人にとっても分かりやすいパフォーマンスでもあった。
私はそんなに器用じゃない。どちらかというと、純粋な魔術師としての強さしか持っていないから演劇向きじゃない。
それでも、思い出せ。
殿下が、どうやって
「……そこまで!」
私がサラに近づき強力な一撃を加えようとした瞬間、監督の短い声が響き渡った。はっと我に返り、突きつけていた杖を慌てて引っ込める。
バクバクとなる心臓を抑えながら見渡すと、演劇部員達は互いの顔を見合わせた後、監督がどんな判断を下すか静かに待っていた。
サラは一息吐いた後構えた剣を下ろし、監督の方を見た。
「どうでしょう、私は充分だと思いますが。」
「ああ、確かに充分だ。魔族を演出する分には一番適任だ。勿論台詞や動き等改善点はある。それでも、今から本番までの時間の短さを考えれば、彼女が一番代役に適している。」
監督は上を見上げ、はあ、と息をついて立ち上がった。
「メーティアさん、代役を頼まれてくれるか?」
真っすぐな目で、私を見据えている。
本当は部外者である私に頼みたくないのだろう。それは迷惑を掛けたくないという心配か、劇を自分の部員たちだけで完結させたいというプライドかはわからないけれど。
それでも、やってみて自分で思った。この役は、案外自分に向いている。
「はい、引き受けます。私、精一杯頑張りますのでよろしくお願いいたします。」
ぺこりと頭を下げると、演劇部員は再び顔を見合わせた。その後誰かが疎らに拍手をし始めると、皆つられたように次々に拍手し始めた。
正直歓迎されないのではと不安だったが、そんな心配は要らなかったらしい。
「では、早速だが練習を始めよう。もう本番まで時間が無いからな。」
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まず最初にネックだったことは、私の身長だ。
私は身長が低い。この学年内で比較して低いだけでなく、何なら1年生の平均身長よりも低いだろう。
それに比べ、他の役者たちは皆背が高い。
舞台というのは、身長がその人の迫力に直結すると言っても過言でない。
勿論子供役や小人役であれば問題ないだろう。
私が演じるのは迫力溢れる魔族だ。このままでは、いくら魔法で演出したところで魔族というキャラクター自体の印象は薄れてしまう。
ついでに手足も短いもんだから、演技だって観客から見えにくい。
「ヒールを履くのはどう?足元は長いローブか何かで隠してしまえば?手足もローブなら隠れるし、正直杖さえ見えてればどうでもいいのよね。」
「いや、ヒールを履いてもコリンより低いな。遠近法で何とかするか?宙にでも浮かない限り、コリンより高くなるのは無理だろうしなあ。」
「あ、宙に浮きましょうか?それ位の余裕はありますよ。」
頭を捻る演出係と監督の前で、ふわりと浮かんでみせると、2人とも口をぽかんと開けた。
「い、いや演技中ずっとは厳しいんじゃないか?浮遊魔法はそれなりに魔力を食うだろう。」
「大丈夫ですよ。これでも戦術部の一員ですから、魔力量は鍛えられているんです。」
「そうか、ならいいんだ。……じゃあ、ローブで足元を隠しつつ、舞台上ではずっと空中に浮いてもらうか。なんなら歩いて登場するシーンも空中から降って登場とかでもいいな。」
監督はてきぱきと演出役に指示を出し、台本にメモを書き加えていく。
用意された衣装のローブは長く、そのまま床に立つと床に引き摺ってしまう。しかし、空中に浮くと布の面積分体が大きく見えて迫力が出ている気がする。
ちょっと風魔法で下から空気を入れてやると、パニエの入ったスカートの様に裾が広がっていい感じだ。
「矮小な人間が我ら魔族に挑むなど笑止千万。この溢れんばかりの魔力を見よ!そして、恐れよ!」
「ちょっと声が上ずり過ぎかな。もっと低い声でゆっくり話して。」
台詞を読む度に指摘が入り、貰った綺麗な台本に所狭しとメモが書き加えられていく。
一言発するたびに訂正されるのは意外と精神的にくるものがある。が、一度引き受けた以上やり切らねば。
サラとの打ち合いも最初は息が合わなかったが、数回繰り返す頃には相手の癖が分かってきた。
「貴方、私に合わせるのが上手いわね。今まで一緒に演じてきた子とは合わせるのに時間がかかったのに。」
「戦いが本分ですから。動きの癖を見抜くのは得意なんです。」
「それは……流石ね。私もね、戦術部に入ろうとしたことがあるのよ。入部試験で弾かれちゃったんだけど。」
「そうなんですか?」
「そうよ、あの頃は自分の腕に自信があったから悔しかったわ。でも、今あなたとやり合ってよく分かったの。上には上が居るってね。」
サラはにこりと微笑んだ。
その時、何となくだが、彼女が私の名前を推薦した理由が分かった気がした。
「じゃあ、本日の練習はここまで!寮に帰ってからも予習復習を忘れないように!」
「はい!」
もう外は真っ赤に染まり、カラスが夜の訪れを告げている。
今日はいっぱい指摘されたから、寮に帰ってからも台詞の練習をしよう。
勿論、魔法は使わない様に気を付けながら。
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