学園祭 - 1
あれだけ暑かった季節が過ぎ去り、もう葉は落ち着いた暖色に変化している。
決闘大会が終わって1か月程度経った秋の日。
もう直ぐ学園祭だ。
学園祭では、主に中等部3年生以上の生徒が集まって販売や展示、舞台上でのパフォーマンスを行う。
去年までは私達はお客さんとして学校全体を周る側だったが、今年からは違う。私達も出店する側だ。
皆以前の楽しかった記憶を思い出し、今度は自分達が盛り上げる番だと張り切っている。
が、ぶっちゃけ私はあんまり楽しめた思い出が無い。
特に1年生の時は病み上がりでその日寮でゆっくり休んでいたし、2年生の時も魔族関連で心が休まらずに少し展示を見た程度。
正直毎年この時期はいい記憶が殆どない。大体辛い思いをしている気がする。
「あっと言う間に今年の決闘大会も終わってしまったわ。今年は接戦で面白かったわね。」
「ええ、そう言ってくれるとありがたいです。戦術部の人間が殆ど出張ってしまったので、私はずっと忙しくてまともに観戦できなかったので……」
「それは、お疲れ様ね……」
今年の決闘大会は、実に何事もなく終わった。
去年とおととしに散々な目にあったせいか、今年は一体何が起こるのやらと戦々恐々だったが、杞憂に終わってくれた。
その代わり死ぬほど忙しくて、やはり試合をじっくり見ることは叶わなかったのだが。
「ところでメーティア、学園祭の準備どんな感じ?調理部はいい感じよ。この前発注した大量の食材が今日届いたの!」
「そうなんですね。確か調理部は屋台を幾つも出す予定って聞きました。少人数グループに分かれてあちこちに店を構えるんでしたっけ。」
「そうよ、私たちのグループはサンドイッチを作るの!マデリンのところはシュークリームでだったかな。どの店舗が一番人気がこっそり勝負しているのよ。」
イザベルはマデリンと目線を合わせ、ふふんと胸を張った。マデリンは微笑みながらもいつもより目線が鋭い気がする。
出し物は比較的自由で、部活ごとに出すものもあれば友人同士で組むところもある。人によっては複数掛け持ちしている場合もあるが、それなりに忙しそうだ。
「メグはどう?裁縫部で出すんでしょ?」
「そうですね、オリジナルの服や帽子を売ります。あ、これ宣伝用のチラシです。是非一度来てくださいね。」
おほほ、と上品に笑いながら可愛らしいチラシを慣れた手つきで一枚ずつ配り、ばっちり勧誘を決めてきた。
流石、商売に慣れない貴族とは違って、ものを売ることに長けている。
「デリケは演劇部だから演劇に出るのよね?しかも、ヒロイン役だなんて花形じゃない。私も絶対時間合わせて見に行くわ!」
「ありがとう、頑張った甲斐があったわ。といっても、中等部内での演劇だけれどね。高等部は高等部で、別の演劇をやるの。間違えないでね。……それと、実はメーティアも中等部演劇に携わることになったのよね。」
「はい、そうです。」
イザベル、マデリン、メグは驚き一斉に私の顔を見た。
「え?メーティアも劇に出るの!?」
「いいえ、出ませんよ。私がやるのは演出役です。舞台の裏側で魔法を使い、役者たちを引き立てる役ですよ。」
「あー、なるほど。そういえば戦術部って出し物ないらしいね。室内だと本気で戦えないし、決闘大会の後だから戦いのパフォーマンスをしてもイマイチだものねえ。」
イザベルが言った通り、戦術部としての出し物は無い。だから、大体他の部や友人同士の企画に参加する人が殆どだ。
そんな中で、私はデリケに誘われて中等部演劇の企画に参加することになった。仕事内容は、舞台上演出や戦闘シーンの監修だ。
戦術部の人間は魔力が豊富で長期間魔法を維持できる上、繊細なコントロールができる。そういう意味で、私は演劇部の人たちにかなり歓迎された。
「ああ、楽しみね。絶対ここの3人は見に行くから。」
「緊張するけど、頑張るわ。」
デリケは上品に微笑んだ。
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「ああ神よ、何故我らを分かつのでしょう。我らが手を組めば、この世のどんな困難も乗り越えられるのに。貴方がいなければ、私は生きていけません。」
薄い桃色のドレスに身を包んだデリケ、いや、『エリザ』は悲しそうに手を窓から天に伸ばした。
その手は誰に取られることもなく、力なく窓の淵にしなだれかかった。
「カット!もうちょっと体を窓から乗り出さないと、観客から見えにくい。演技はばっちりだ。あとメーティアさん、ここで光を少しずつ弱められる?このまま舞台を暗転させて次のシーンに行きたいんだけど。」
「はい、大丈夫です。」
「それと、音響は改善しよう。『エリザ』の弱弱しい声を舞台いっぱいに聞こえるように工夫しなければ。」
リーダー格の男子がてきぱきと指示を出していく。彼はこの場における監督的立ち位置らしい。
この劇は、とある貴族令嬢『エリザ』とエリザが好きだった男爵家次男『コリン』の恋物語だ。
エリザとコリンは幼なじみで仲が良く、成長するに従い互いを好きになっていく。
しかし、コリンは貴族としての身分が低い為、エリザの結婚相手にはなれず、なんと魔族との戦争に駆り出されてしまう。
一方でエリザは親に伯爵家の長男と婚約をさせられそうになってしまう。エリザは好きな男性との結婚を諦めきれず、親に反抗するも父親の怒りを買い、閉じ込められてしまった。
しかし、最終的には成果を上げて帰還したコリンが国王陛下から新しい爵位を与えられ、エリザとの結婚を許される。王道なストーリーだ。
デリケは『エリザ』というヒロイン役をしている。儚げな深窓の令嬢の見た目だが、意外にも芯のある強い女性である。
デリケは身長が高く、手足も長いのでよく舞台映えする。その上、演技も自然で良く響く歌声を持っている。故に満場一致でヒロイン役に選ばれたんだとか。
いつも駄弁っている時の様子とは全然違うデリケが見れてちょっと新鮮だ。
「メーティアさん、ちょっと。」
台本を確認していると、後ろから声を掛けられた。
振り向くと、演出係の子が手招きをしている。私は急いで駆け寄り、背筋を伸ばした。
「何でしょうか?」
「確認したくてさ。魔族とコリンの戦闘シーンについてなんだけれど、魔族役の子がどんな感じで戦えばいいのか分からないってさ。魔族がどんな風に魔法を使うかって分かる?よりリアルな表現をしたいんだってさ」
「そうですね、私が調べた限りのことはお教えしますよ。正直、魔族の事なんて誰にも分からないので、そこまでこだわる必要はないと思いますが。」
「それでもね、やっぱり演出にはこだわりたいのよ。ほら、中等部演劇って高等部演劇に比べるとどうしても劣るから、毎年影が薄いの。仕方ない所もあるんだけれどさ、やっぱり悔しいじゃない?」
演出係の子は台本を丸めて筒状にし、ぎゅっと握りしめている。
「演技力とか歌唱力はどうしてもその場その場の実力がいるけれど、演出やセットなら予め準備できる。だから、そういう細かい所に気を使いたいの。……これね、演劇部の人たちと話し合って決めた事なの。高等部とは違った魅力を生み出そうって。だから、デリケは知識と実力を兼ね備えた貴方を呼んでくれたのね。」
「なるほど、そういう事だったんですね。わかりました、そういう事なら……うーん、私も色々試行錯誤を重ねる必要がありそうですね。」
「そう?じゃあ、何でも気になったことは気軽に相談してね。色々一緒に試してみて、その中で一番いいものを選んでいきましょう。それで、魔族との戦闘シーンでは……」
台本を読み込み、シーンを頭の中でしっかり再現してみなければ。
特に魔族との戦いは、この物語の中でも大事な戦闘シーンだ。ここで上手く盛り上がらないと、この後の結末に繋がらない。
「魔族は人間と違って独自の魔法体系を作っているから……」
人間の魔法っぽさを出さずに、おどろおどろしい未知の魔法を演出したい。が、役者の子に演技しながら創作魔法を使いこなせというのは無理難題だ。
なんとか私が舞台裏から幻影魔法で援護すれば表現できるか?
まあいいや、一度やってみよう。
私は魔族役の子に声を掛けた。
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