作業の合間に
「また会ったね。隣いいかな。」
それでもシュルト殿下は毎日のように気にかけてきた。
放課後の同じ時間、図書館の同じ場所で毎日調べものをしているもんだから、彼も同じ場所で勉強しに来るようになった。
彼とはあまり関わらない様にしようと決心したのも束の間、正直隣に座るだけの彼を拒絶することは難しい。
中々断り切れずに、隣同士の席でたまに会話を挟んでいる。
とはいえ、彼もむやみやたらに私に関わってくるわけではない。普通に教室に居る分には話しかけてこないし、ガルス殿下のように教室の外で待ち構えたりもしてこない。
寧ろ、人前では私を避けているようにすら感じる。
図書館外ではいつも通り高位貴族の子息達と仲良くしているようで、周囲の女子たちからは一方的に熱い視線を受けている。私には目もくれない。
図書館でも周囲に人が居ないか常に気を付けているようだし、やはり彼にとっても私と噂になることはできる限り避けたいのだろう。
私にとっても都合がいい。
「メーティアさんって、僕の兄とはどんな関係なの?」
作業に集中して暫くした後、一息ついている時にシュルト殿下が声を掛けてきた。
彼も丁度ひと段落ついた頃合いのようだ。読み終わった本を傍に置き、身体をぐいっと伸ばしている。
「どんな関係、ですか。……多分、師匠と弟子だと思います。」
「やっぱりそうなんだ。兄自身もそう言っていたな。確か、同じ部の先輩と後輩だっけ。」
シュルト殿下の淡い碧眼がこちらを向いた。
私はどことなくこの目が苦手だ。全てを見透かされるような目にはどことなく疑惑が含まれており、私に対してどこかよそよそしい雰囲気を醸し出している。敵意とは違った心地悪さだ。
ガルス殿下も見透かすような目をしていたが、彼はもっと真っ直ぐな目だった。
「そうなんです、彼には色々とお世話になりました。おかげで私も随分強くなりましたし。」
「戦術部だっけ?凄いよね、一部の実力ある者しか入れないって噂の部。その中でもガルスは一番強かったんだろう?なら、そのガルスに認められた君もきっと強いんだろうね。」
「同学年の中では上位だという自信があります。それでも上級生にはもっと強い人がいますけれどね。」
正直、上級生相手でも私はかなり戦える方だ。ガルス殿下直伝の戦い方をもってすれば、倒せる相手も少なくない。
けれど、やっぱり倒せない人もいる。新部長なんかはそのいい例だ。彼はガルス殿下に直接指名されただけあって、今の部内では圧倒的一番の実力を誇る。
一度だけ手合わせして貰ったことがあるが、ガルス殿下よりも容赦がない。如何に素早く相手を倒すかを常に考えているような人だ。
ガルス殿下がどれだけ私相手に手加減してくれていたかを思い知ることとなった。
「まあ、上級生が強いのは当たり前だよ。ガルスからは何を学んだの?詳しく教えてよ、興味があるんだ。」
彼はにこにこと微笑みながら催促してくる。彼も戦いに興味があるのだろうか。
「そうですね……主に強敵との戦い方ですね。普通に部内で練習する時は同程度の実力の相手と戦うことが多いので、正直そこまで切羽詰まっていないと言うか緊張感がないんです。」
「なるほど?」
「でも、ガルス殿下との戦いでは少しでも気を抜いたら一瞬でやられてしまいます。その中で、どこに気を付けながら戦うかを学びました。魔法を使うタイミング、相手の見るべき場所や自分の位置取り、緩急のつけ方。油断はせず、しかしどのタイミングで勝負に出るべきかを肌感覚で身に付けさせられましたね。」
ほう、とシュルト殿下は興味津々に体を乗り出してきた。
「彼は最強でしたから、彼と戦った後だと他の相手方の動きはゆっくりに見えるんです。防御膜を張る回数も減り、その分攻撃に費やすことができるようになりました。」
「防御魔法は使う回数が少なければ少ないほどいいって僕も聞いたことがあるよ。僕みたいに戦い慣れていない人は怖くて防御しがちだけれど……他にはどんな感じ?」
「ガルス殿下はこちらの様子を見て息を吸うタイミングで攻撃してきたり、魔法を撃った直後の無防備な合間に詰めてくるので、下手に行動すると動けなくなっちゃうんです。だから、できるだけ距離を離したり彼が攻撃を振った直後に攻撃を返したり工夫が必要でした。御陰で、戦いにおける技術は私が一番だって胸を張って言える程上手くなりました。魔力量は未だに負けている相手がいるんですが、最近は彼と戦っても私の方が勝率が高いんですよ。」
ダニエルは魔力量に物を言わせた乱暴な攻撃が特徴だ。物量で逃げ道を塞いだ上で、圧倒的な高火力で詰めにかかってくる。
しかし、その分隙も大きい。その隙を上手く突けるようになった今、その戦法は私に通用しなくなった。
「ああ、あのダニエルって男だよね。僕も話したことがあるよ。」
「そうなんですね?どんな子でしたか?」
「うーん、中々賢い子だったよ。頭の回転も速い、教養もある。貴族でないのに、貴族の社交界にも詳しい。自分の地位と能力に誇りと責任を持っている、良い子だ。でもやっぱり、貴族とは違うかな。」
「どういう所が違うんですか?私から見ると、裕福な平民と貴族の違いってイマイチよく分からないんですよね。」
「何というか、気持ちの余裕だろうね。貴族たるもの人前では常に余裕を見せ、弱きものには手を差し伸べるべし。貴族の心構えとしてよく言われていることだよ。あの子は平民らしく、いつも慌ただしい雰囲気だった。悪い事ではないけれどね。」
シュルト殿下はふんわりと笑った。
別に見下しているわけでもないし、馬鹿にしているわけでもない。ただ、そこに歴然とした差があるだけ。
恐らく、ダニエルもそこは理解した上で動いているのだろう。立場が固定されている貴族たちに比べて、彼は比較的自由に動ける。
その一方で、こうやって一線を引いて区別されている。
正直、私には身分制度の違いがよく分からない。
元々は人類は全員平等だと教えられて育った現代日本出身だし、転生してからもずっと平民として過ごしてきたから。
幸いこの学校でも、身分を気にすることなく仲良くしてくれる友人達がいる。
本来は話しかけることが許されないようなガルス殿下やシュルト殿下も親しくしてくれている。
でも、私が気にしていないだけで、他の子達は常に身分を意識しながら行動しているのかもしれない。
「……やっぱり、学校内でも身分差って気にした方がいいんでしょうか?」
「まあ、全く気にしないのも考え物だけれどね。外なら兎も角、ここでそこまで神経質になる必要はないよ。もし不味い事をしても、いきなり罰されることもない。注意されるくらいだろうさ。」
「それならそれで、いいんですけれど。」
そろそろ勉強に戻ろうか、そう机に向かいなおした辺りでふとした疑問が頭を過ぎった。
「そういえば、シュルト殿下はどの部活に入っているんですか?私、聞いたことが無くて……」
顔をあげて殿下の方を振り向いて、彼の顔を見た瞬間、言葉が詰まった。
シュルト殿下が、一瞬泣きそうな、寂しそうな表情をしていたから。
しかし、直ぐに彼はいつものにこやかな表情に戻り、穏やかな声色で口を開いた。
「僕ね、部活に入っていないんだ。」
極めて平静を装いながらも、どことなく寂しそうな声だった。
「そうなんですね。」
何故?とか、代わりに何をしているのか?とか聞きたいことは幾つかあったけれど、深堀りできる雰囲気じゃなかった。
誤魔化す様に手元の本に手をかけ、ノートを開いた。
どことなく微妙な雰囲気の中、私達は作業を再開した。
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