何を望むのか - 1

 学年が変わってから、とっくに衣替えが終わった。基本的にこの東部は乾燥して温暖な気候だから、夏もそこまで気温が高い訳でもなければ、冬も特別寒くはない。緩やかな四季があるだけだ。

 いつも通り先生の話を聞いて、ノートを取る。時々小テストはあるものの、大きな試験は学年末にしかないから気楽なものだ。

 勉強は積み重ねで、少しずつ積み上げていくものだ。最終成績には授業内の態度や日々の小テストの結果もほんの少しずつ含まれているらしいから、地道に頑張ろう。


 そんな勉強とは打って変わり、部活動は1年の頃とは打って変わって大変だ。

 部活動の時間自体は決まっている。最長でも授業後から寮の門限までで、大抵の部活はそれより早く終わる。戦術部もたまに早く終わることがある。

 が、問題は時間の長さじゃない。その密度だ。


「......も、もう無理です、先輩。防御魔法すら張れません......」

「そうか、ではそこで10秒深呼吸をしろ。そうすればまた張れるようになるだろう。」

「い、いや......さっきもそう言って......」

 同級生の男子が剣を落として這いつくばっている。吐息に濁った音が混じり、喉を傷めている。

 彼は何連続叩き起こされたか分からない。倒れる度にああやって先輩が腕を掴んで無理矢理立たせているのだ。


 私達は前年度から聞かされていたように、ひたすらに戦闘訓練を行っている。戦っては先輩からアドバイスを受け、また戦う。その繰り返しだ。

 勝っても負けてもその先にあるのは次の戦いだ。当然精神力は摩耗していくだけで、回復する暇なんてない。

 頭が禄に回らない状態でまともな魔法が撃てるわけもなく、先ほどから魔法が彼の身体付近で発現しては飛ばずに消えている。まともな攻撃ができていない。


「まずはその疲労になれろ。疲れ切っても意志だけは持ち続けるんだ。」

「は、い。」

 彼は地に付したまま小さく返事をした。


「おい、よそ見をするな。」

 目線を前に戻すと、ダニエルが大きな火球を幾つもこちらに放っていた。そう、今の私の訓練相手はこのダニエルだ。この学年内であれば一番手強い相手。

「悪かったわね。魔力探知で見ているから心配しなくても大丈夫よ。」

 火球は大きくなればなるほどトータルの威力は高まるが、その分速度も温度も落ちていく。威力に対する魔力消費が見合わない。

 ダニエルは総魔力量が多いせいか、魔力消費効率をそこまでシビアに考えていない節がある。だから、こういう芸当をやってのける。

 地面を蹴り、火球が飛んでこない位置へと少し下がる。魔力を使わずに避けられるのならばそうするに越したことないからだ。


 この訓練では基礎魔法と防御魔法以外使うことを禁じられているから、先ほどからひたすら基礎魔法を撃っては守っての繰り返しだ。

 ダニエルも私も、同年代に比べれば総魔力量は桁違いに多い。故にこの程度で尽きたりはしないどころか精神的な余裕すら維持できる。

 訓練内で決着がつくことはないだろう。


「それにしてもお前、随分魔力をケチるんだな。魔力が多いのによくそこまでやるもんだ。」

「昔はそこまで多くなかったから、その時の癖ね。それに貴方みたいな相手に総魔力量で負けても、効率で勝てば問題ないでしょう?寧ろあなたは盛大に魔力を使うのね。」

「俺は逆だ。今訓練だからこそできるだけたくさん魔力を使って、疲労の中でも魔法を使う練習がしたい。とはいえ、基礎魔法じゃ大した疲労にならないから、全く練習にならないな......」

「基礎魔法から解放されるのは半年後くらいかしら?」

 そう言いながらも互いに攻撃を放ち続けている。

 基礎魔法の中で最も魔力消費が大きいのは水流山だ。それが理由か、ダニエルが水流山を何回かこちらに飛ばして来ている。しかし、水流山は大量の水を召喚するか相手と密着しない限り、まず当たらない。実際私は少し頭の位置をずらすだけで回避できている。これでは魔力の浪費だ。

 また、大量の水を出現させようとした瞬間、私はダニエルに連続攻撃をして集中力を切らして魔法の発動を無理矢理止めている。水流山は使い慣れていないと発動に時間がかかるのだ。


「おい、発動できないじゃないか。」

「当たり前でしょ。目の前で対戦相手が時間を掛けながら大量の水を出そうとしてるのを、そのまま黙って受け止めろっていうの?」

「俺は魔力が消費されたときの練習がしたいんだ。受けたところで、どうせ死なないどころか怪我1つ食らわない癖に。」

「貴方の事情なんて知らないもの。私は私の好きなように戦っているだけよ。それよりもっと素早く魔法を発動する練習でもしたら?」

 ガンッと防御魔法が岩の塊を弾き飛ばす。連続して飛んでくる風魔法を少し体をずらして避け、雷弾でお返しをしてやった。


 彼の強みが量や強さなら、私の強みは速さと器用さだ。魔法の発動速度も効率も、防御と回避の判断も私の方が優れている。

 人は自分の強みを生かし、伸ばすべきだ。

 だから彼は練習ならではの戦い方をする一方で、私は実戦に即した戦い方をしている。魔力消費をできるだけ抑える癖をつけ、大技への反応速度を上げる。それが私に一番必要な練習だから。

 それぞれ必要な練習が違うのだから、上手く嚙み合わないのも仕方ない。


 バチバチと電撃が空中を走り、火の粉が舞い散る。それでも、私とダニエルは表情1つ変えない。呼吸の乱れも無い。

「はあー、今年の2年はどうなってんだ。化け物が3もいやがる。」

 先程まで同級生の彼を叩き起こしていた先輩が、こちらを見てピュウッと口笛を吹いた。彼はようやく休憩する許可を貰えたらしい。そのまま移動することもできず大の字に寝転んでいる。

 転がっている彼も決して弱い方ではないのだ。入部試験を突破できた時点で確実に才覚はあるし、あの場に居た他の子と比較しても恐らくかなり多い方だ。私達が大分規格外なだけで。


「あのぅ、先輩?よろしいでしょうか。」

 私達の後ろからふわふわと金糸を揺らしながら少女が近づいてきた。エミリアだ。

「対戦相手の方が伸びきってしまって、頭を突いても起きないんです。どうすればいいでしょうか?」

 こてんと首を傾げ、可愛らしく微笑みながらエミリアは言った。彼女の運動着には塵1つついていない。

 エミリアの後方をよく見ると、彼と同じように倒れている人影がもう1つ見えた。エミリアの相手も疲れ切って動けないらしい。


「ああ、あいつか。まあ伸ばしておいて構わない。お前ら3人とも休憩していいぞ。必要かどうかはともかくな。」

「はい、ありがとうございます。」



「最近、先輩たち頑張ってるわね。皆決闘大会でいいとこみせたいんでしょうねぇ。」

 エミリアは上品に手元のお茶を啜っている。水筒に入れたお茶でも飲み方次第で優雅になるらしい。

「ああ、予選があるんだったか。でも予選はまだ数か月先だったはずでは?」

「出られるチャンスは3年の中で3回しかないからね。特に3年生は後が無いから必死なんでしょう。」


 高等部の先輩は最近ぴりぴりしているので、怒らせるのが怖い。応用魔法以上が撃ちやすい校庭の中心部は彼らに譲り、私達は何とか虎の尾を踏まないように隅っこで練習している。

「ガルス殿下は?今年は出ないんだっけ。」

「出ないらしい。前回優勝したから満足したんだとよ。」

「まああれだけ暴れたらさぞかし満足でしょうね。ああ、誰かさんは見れなかったんでしたっけ。お可哀そうに。」

 嫌味な子だ。私とダニエルしかいかいないからって。


 しかし彼女がそう言って直ぐ、背後からザッザッと砂を踏む音が聞こえ、大柄な影が私たちの頭にかぶさった。

「おお、俺の噂か?悪口か?」

 軽快な口調、顔を上げなくても誰か分かる。


「ガルス殿下、ご機嫌麗しゅう。」

「殿下、お疲れ様です。」

「よう、元気か?いや、だって噂は聞いてるぜ?そこの男と白髪は永遠に戦ってるし、金髪は同級生をボコボコにしてたとか。」

「そんな、勘違いですわ。普通に戦っていただけですのに。」

 エミリアは手をふりふりして否定するが、事実彼女は対戦相手を伸している。私とダニエルの目線を無視し、おほほと小さく笑った。


「お前らの戦いは遠くから見ていたぞ。全員魔力も技術も若いうちから上出来。いいことだ。勿論粗はあるから、毎日の鍛錬が必須だがな。」

「はい。」

「よし、いい子だ。お前達、基礎魔法と防御魔法だけだと魔力が有り余って仕方ないらしいな。本来今から半年は総魔力量を向上させる訓練を毎日繰り返すところだが、お前達には効果が薄いようだ。だから、お前たち用のメニューでも用意しててやろうと思ってな。いい話だろう?」

 おお、とダニエルの顔が明るくなった。対峙してみて分かったが、彼は結構な戦闘狂というか、強さを貪欲に求めるタイプだ。

 一方エミリアはいつも通り微笑んでいて良く分からない。しかし、彼女もまた強さを求める者には間違いない。そうでなければ戦術部には入らないだろう。何故神官の身で強さを求めるのかは不明だが。


「ま、今は耐えてくれ。数か月もしたら大会予選があるはずだ。それまでは先輩たちにこの校庭を広く使わせてやってくれ。予選が終わったら大会に出る人数も大方絞られるだろう、その時に広く使わせてやる。」

「はい、分かりました。」

「良い返事だ。......なあ、ところで、」

 ガルス殿下は口を開き、しかしそのまま何かを発することも無く考え事をしている。

 何度か口を開いては閉じ、ひたすら我々に何か聞くのを躊躇っている。私達は顔を見合わせ、揃って首を傾げた。


「あー、いや。本当は聞くべきじゃないな。そうだな、聞くべきじゃない。うん。」

 彼は暫く考えた後、1人で自己完結してしまったらしい。それはない。

「気になります。何を聞こうとしたんです?」

「んーや、まあ、な。ちょっと気になったことがあってだな。ま、でもここじゃだめだな。また今度、気が向いたら教えてやるよ。じゃーな!」

「ええ......」


 ガルス殿下は颯爽とその場を離れてしまった。中央で戦っている先輩たちにアドバイスをしに行ったのだろう、何やら先ほどの戦闘について話している声が遠くで聞こえる。

「なんだったんだろうね?」

「さあな。偉い人の考えることはよく分からん。」

「特に殿下はわかりにくいわね。」


 水筒のふたを閉めて鞄の中にしまうと、丁度先輩が大声でこちらに手を振った。あれは集合の合図だ。

「おい、休憩はそろそろ終わりだ。ペアを帰るぞ。ダニエルとエミリア、お前たちがペアに慣れ。メーティア、お前はこいつが相手だ。」

「はい!」


 私の相手は先ほどまで倒れ込んでいた同級生だ。休んでかなり回復したらしい、顔色が明らかに良くなっている。

「それでは、よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしく。」

 杖を握りしめ、両足でしっかりと立つ。目の前の相手が誰だって、私は真面目に戦うつもりだ。


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