学園中央通りへ -2
「さて、服を買ったら次は帽子と靴よね。身だしなみってのはね、ドレスだけじゃダメなのよ。アクセサリーはともかく、婦女として昼に出かけるならば最低限帽子と靴は必要なの!」
服屋から出た直後だというのに、イザベルは大きな紙袋を下げながら次のお店を探し出した。
確かに道行く令嬢たちは皆頭に帽子や大きな髪飾りを付けている。
帽子は貴族の外出時や社交時のエチケットとされ、デザインや素材はその人の財力や地位を表すものでもあるらしい。
スカートに隠れてみることの少ない靴も、貴族にとっては重要なファッションアイテムである。舞踏会などで踊りの最中ちらりと見えるヒールの高い靴は女性らしさの象徴だ。
最も、昼の外出時において帽子よりは機能性を重視することが多いらしく、周囲の子達はみなヒールの低い歩き易そうな靴を履いている。
「やっぱり貴族令嬢でも昼間からヒールはしんどいのですか?」
「勿論よ。昼間は特にかかとの低い靴でも問題ないからね。夜はハイヒールじゃないとはしたないって怒られたり、ダサいって笑われちゃうけど。」
次に行くところは大通りを少し曲がった先にある小さな靴屋だ。
デリケの先輩一押しらしく、この学生生活中に必要な運動靴もお出かけ用のお洒落靴もここ一か所で揃うとのこと。
実際訪れてみるとこじんまりとした古い外観とは裏腹に、所狭しと艶のある靴が無数に並べてあった。
そこで私たちはそれぞれ外出用と校内用の靴を買い足し、満足してそのお店を出た。
「よし、次は帽子屋ね。すぐ近くよ。」
デリケの視線の先を見ると、言われた通りすぐ向かいにそこそこの大きさの帽子屋がある。
カラフルだが少し大人っぽいデザインが多い。帽子だけでなく、帽子の代わりに着用される大きな髪飾りも豊富な種類が取り揃えてあるようだ。
「私は帽子が欲しいからこっちの売り場ね。メーティアは帽子と髪飾りどっちの方がいい?」
「うーん、ちょっと髪飾りが気になるかも。」
「そう?じゃあそっちの方見るといいのがいっぱいあるわ。」
そういうと、デリケは帽子売り場の方へと向かって行き、それに続いてマデリンとメグも新しい帽子を探しに後に続いた。
「じゃあメーティアは私と一緒に髪飾り見よう。」
「はい、そうしましょう。」
髪飾りと言っても単なる髪留めというよりは、所謂ファシネーターというカチューシャやヘアクリップの類だ。
大きな花が幾つも飾られていたり、レースが髪にかかるようについていたり。色は派手なものが多い印象だ。
「ファシネーターは色も形も華やかだから、付けるときの髪型はシンプルな方がいいのよ。」
「そうなんですね。......そういえば、イザベルさんの編み込みはいつも自分でやっていらっしゃるんですか?」
イザベルはたまに左右の髪が編み込んである。綺麗に編み込んだ上で後ろで束ねてハーフアップにしているのだ。
「ううん、これはたまにマデリンがやってくれてるの。マデリンって手先がほんと器用なのよ。私の髪の手触りが好きなんだってさ。メーティアも私の髪質と似ているわね。」
確かに私たちの髪は細く、波打った柔らかい髪だ。前世は太くまっすぐな髪だったので余計にそう感じてしまう。
私の髪にはどういうものが似合うのだろう。今までこの身体でオシャレと言うものを意識してこなかったせいで全く分からない。何なら前世でもほぼ興味なかった気がする。
でも、少なくともこの父譲りの瞳は宝石みたいで美しいし、母譲りの髪は太陽を反射した糸のようで良く目立つ。
この色鮮やかな髪飾りを付けても十分似合うだろう。
「メーティア、どれが好き?」
「このドレスに合った色の方がいいですよね。えっと......これなんてどうかしら?」
白のレースに紺の大きな薔薇が映える、ヘアピン型の髪飾りだ。
試しに頭に合わせて鏡を見ると、ドレスの白と薄青に良く似合っている気がする。
「いいじゃない、青で揃えてみたのね。薔薇の形も綺麗だわ、レースをこうやって......横髪に乗せるようにするともっと可愛いわ。」
イザベルがピンをすっと横髪に差してくれた。確かにかわいい。
「ありがとうございます。ところでこれいくらするんだろう......」
「ここの棚にあるのはこれくらいだって。......買えそう?」
イザベルが心配そうな顔で見てくる。
「ちょっと予算オーバーかな......」
ちょっと、というよりもかなり、の方が正しいだろう。ドレス程の値段ではないが、それでも一介の庶民が手を出すにはちょっとばかり高すぎる。
両親がくれたお小遣いが無くなってしまいそう。まだ買わなきゃいけない生活必需品があるのに。
「じゃあさ、メーティア。私が買ってあげるよ。」
胸を張ってとんと手を当てるイザベルに思わずえっと驚きの声が出てしまう。
「いえ、悪いですよ。こんないいもの貰う訳にはいきません。」
友達同士の贈り合いの範疇を超えている。とてもじゃないが、軽く受け取っていいレベルのものじゃない。
しかしイザベルは譲らなかった。
「いいえいいのよ、これくらい。......命に比べたら凄く軽いもの。」
イザベルは突然声を潜め、顔をつっと歪ませた。
命に比べれば?
「何の話ですか?」
「......魔獣よ、魔獣。覚えてるでしょ。」
途端にあの時の記憶が蘇ってきた。恐ろしい火を纏った猿面の怪物。熱気の塊が高速で飛んでくる恐怖。選択を一歩間違えれば死んでしまっていたかもしれない。
今でも脳裏に焼き付いている。火傷が痛むうちは悪夢を見続けたのだ。忘れるはずがない。
「勿論、覚えていますよ。あれがどうかしたんです?」
「あの時、メーティアは私を助けてくれたじゃない。だから、貴方は命の恩人なのよ。」
イザベルは少し悲しそうな、自虐的な笑みを浮かべて私に耳打ちをした。
「あの時ね、私本当にまともじゃなかったの。精神魔法のせいか、意識が凄くふわふわして。それで、あっちの人が居ない方へ行かなきゃって焦っちゃって。当然そんなの罠なのにね。メーティアが来てくれなかったら私、ここにいないのよ。」
「そんなの気にしなくていいですよ。たまたま見つけたので向かっただけですから。」
「でも私、恐ろしくて仕方なかったわ。動けなかったの。あいつを見ると体が凍って、授業で習った魔法1つも出てこなくて。防御魔法すらできなかった。」
身体が震えている。余程怖かったのだろう。仕方ない、人は恐怖を感じると硬直して動けなくなるものだ。脳内の偏桃体が過剰反応し、フリーズ反応が発生する為と言われている。体の仕組み上そうなっているわけだから、後からどうこう言える問題じゃない。
「それは、イザベルさんが悪い訳じゃないので。貴方じゃないくても、皆そうなります。」
「でも、貴方はそうならなかった。そうでしょ?」
イザベルの緑色の瞳は私を見据えている。
「それは......なぜでしょう。」
「分からないわ、貴方は何でも良くできるから。でもね、私、あんな魔獣に臆することなく立ち向かうあなたが、何にも怯む事無く魔法を放つ貴方が、ちょっとばかり恐ろしかったのよ。まるで普通の人間じゃないみたいで。」
イザベルは俯いてしまって、どんな顔をしているか分からない。
「あんなに恐ろしかった魔獣を――それも2体も――倒したと聞いた時、信じられなかった。しかもその後平然と学生生活に戻ってくるのを見て、何だかあなたが現実離れした存在のように見えてしまったの。......ごめんなさい。そんなこと、許されないわよね。恩人に向かってそんな事を言うなんて。」
腕をしきりに擦りながら、震える声でそう言い、口を噤んでしまった。
なんて言ってあげたらいいかわからない。実際彼女の直感は少し当たっているから。
私はこの世界の住人ではなくて、前世があって、貴方達よりもずっと大人で、色んな経験をしてきたんだ。大切な人を失って、それでも諦めきれなくてここまで追いかけてきた。
だから、大切な人を守りたいという思いは人一倍強いし、覚悟だって決まっている。
そんなことを言えるはずもない。相手は私の目的とは何の関係も無い、13の少女だ。
「......私は大切な人を守りたかっただけ。そのためなら、どんな困難にも立ち向かうって決めてました。後は、身体が勝手に動いただけ。もう考える余裕も無かったから。」
本当の事だ。私が死んだら死んだら元も子もないのは分かっていた。それでも、身体が勝手に動いてしまったから引くに引けなくなっただけ。
「そうよね。本当にごめんなさい。お詫びと言ってはなんだけど、やっぱりこの髪飾りを贈らせてくれないかしら。」
綺麗な髪飾りを手にし、じっと見つめた。
サテンが太陽光を滑らかに反射させている。アクセントに立てられた羽飾りがふわふわと揺らめいた。
「本当に気にしないでください、そもそもイザベルさんが私を怖がってたって話初耳ですよ。そんな素振りも見せなかったし。それにこの髪飾り、高いですもの。イザベルさんも、その......そんなに余裕があるのか......」
「悟られないようにはしてたわ。これでも貴族令嬢よ、社交界で自分の意思を隠す位は必須スキルだもの。それに、確かに私の家は特別裕福じゃないわ。でも、命の恩人に恩返しができない程貧乏じゃないの。」
イザベルは微笑み、店員をアイコンタクトで呼んだ。呼ばれた店員はイザベルから青い髪飾りを受け取ると、店員に渡して小声で耳打ちをした。
これ以上は遠慮する方が無礼だろう。
「それでは、ありがたく受け取らせていただきます。」
「そうして頂戴。今包んでもらってるから。正直こんなんじゃ恩は返しきれないから、今後も何か困ったことがあったら私に相談してね。デリケみたいに気品も無いし、マデリンみたいにお淑やかでもないし、メグみたいに賢くも無いけれど。元気だけはあるから。落ち込んだ時は頑張って慰めてあげるわ!」
すっかり元気を取り戻したようで、ぐっと両手を胸の前で握りしめている。
「はい、勿論。」
「うん、約束よ。」
指きりげんまんはこの世界にも存在する。絡んだ小指にほんのり温かみを感じた。
「イザベル、メーティア!もう髪飾りは選んだの?」
「私は今回見送ることにしたわ。メーティアは買ったわよ、青くて綺麗な飾りよ。ちょっとメーティア、付けてみてよ。」
袋から取り出し、言われた通り髪に留めようとした。が、上手く留められない。苦戦する私を見てマデリンがくすっと笑うと、代わりに付けてくれた。
イザベルの言う通り、マデリンは手先が器用らしくすっと髪に留まった。
「まあかわいい!横のレースがいいわ、濃い紺も貴方の明るい色に良く似合ってるわ。」
「そうでしょう、これ私が選んだのよ?」
「いいセンスしてますね。ところで、メーティアとイザベルはさっき何を話してたんです?ひそひそ話してたとこ、見たんですからね?」
「そうね、私も見たわ。何の話をしてたか気になるんだけれども。」
私とイザベルは顔を見合わせた。と同時に、くすっと笑った。
「内緒です!」
「内緒よ!」
私達の様子に、3人はただ顔を見合わせて肩を竦めるだけだった
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