何を望むのか - 2

 今日も今日とて部活動。平日は勿論だが、高等部の先輩たちは休日もやっているらしい。

 一方私達は、部長、即ち殿下から指示されて基礎魔法の維持練習をしている。


 水属性以外の基礎魔法は消える前に飛ばして相手にぶつけるのが定石だ。だから普通は維持する必要はない。発現させて放って終わり。それが基礎魔法と言われる所以だ。

 だが、魔法の形状が維持される時間と攻撃射程範囲は大体比例する。簡単に壊れる魔法よりは耐久性が高い方が遠くまで飛ぶのは感覚でも理解できる。

 火球を作ったら飛ばさずにそのまま形を維持し続けたり、風刃であれば空気が霧散しないようにその形を留めたり。基礎魔法の維持は発動そのものよりも意外に難易度が高い。


「お前らは魔力量は多いが、まだ魔力の扱いには不慣れだ。魔法は丁寧に扱え。そうすればやれることだって増えていく。例えば火球1つ取ったって、真っすぐしか飛ばないかブーメランのように飛ばせるかで全く戦略が違ってくる。相手の選択肢をどれだけ奪えるかが変わってくるんだ。」

 1つ安定して維持できればもう1つ。それも問題なければもう1つ。いくつも同時に扱えてこその攻撃魔法、これ位の数は慣れておかないと実戦で役に立たない。


「そうだ、もう1つ重要なことがある。属性だ。おいエミリア、属性とは何か説明して見ろ。」

「はい、部長。属性とは、魔法に付随する特徴の事でございます。風、炎、雷、水、土、氷、精神、治癒。それぞれ発現した時の性質や消費魔力は属性によって大きく異なります。場合によってはこれらの属性を複合する場合もありますが、熟練の使い手でなければ難しいでしょう。また、いずれの性質にも当てはまらない場合は無属性となります。」


「そうだな、よろしい。基本的にエネルギー体として発現する風や炎、雷は消費魔力が少ないし、物質体として召喚する水、土、氷は比較的発動時に魔力を食う。維持する場合、固体として残る土や氷は魔力消費が少ないが、他は多い。特に水魔法は質量が重い分とんでもない精神力を持っていかれる。無属性の消費量は微々たるものと思っていい。だから基本的に攻撃魔法に使用するのは風や炎、雷が殆どで相手の拘束には土や氷を使う事が多い。しかし、そう言ってられない場合もある。どういう場合だ?メーティア、答えろ。」


「相性の問題でしょうか。炎属性を得意とする相手には水魔法が良く効きますし、風魔法で押してくる相手には土の質量で押し返すと効果的です。」

「いいぞ、良く勉強しているな。異なる属性の魔法を使えることは、自分の持つ手札を増やすことに他ならない。だが、人には得意な属性と苦手な属性があるものだ。座学の教科と同様にな。」

 部長は腰の件に手をやると、ひんやりと冷気が漏れ出てきた。魔力の高まりから恐らく、氷魔法を剣に付与したのだろう。もう直ぐ夏のはずなのに、ここだけ冷蔵庫に閉じ込められたような肌寒さを感じる。

「俺は氷属性が得意だ。氷属性は意識しなくても剣を握っただけで付与できる。お前達にもそういう属性があるだろう、どうだ?」


「僕は炎魔法が得意です。唯一使える上級魔法はの炎属性ですし、他属性に比べれば炎属性が一番感覚的にも使いやすいですから。」

「私は雷属性です。他のどの属性を使うよりも威力が出ます。一応神官として治癒魔法も得意ですよ。」

 2人ともそれぞれ得意な属性があるらしい。私もダニエルが炎属性を得意としている事は何となく分かっていたし、エミリアに関しては雷属性以外を使っているところをほとんど見たことがない。

 では、私は?一瞬頭を捻って考えてみたが、思いつかない。幼い頃から全属性を練習してきたけれど、どれも大体普通に使える程度だ。

「私は......よく分かりません。どれも大体同じように扱えますが、特にこれと言った属性は無い気がします......」


「そうか、まあそういう奴も稀にいる。大抵は得意不得意ができるものだから、オールラウンダーもまた強みだ。......魔法は精神と直結した力だから、この得意不得意は自身の経験や思い出に左右される。強烈な経験をすればその分偏る。お前たちがどんな経験をしてきたのかは分からないが、場合によっては今後の人生経験で得意な属性が変わる可能性もあるからな。全部使えるに越したことは無い。」

「はい。」

 魔法の道のりは深く、面白い。属性を意識して魔法を使ってみるのもいいかもしれない。


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 部活終わりには大抵片付けがあるものだ。こことて例外ではない。

 戦術部の片づけは週ごとに2人ずつローテーションしている。今週は私の番だ。

 相方は確か高等部3年生だったはずだが、それらしい人は見当たらない。大会に出る練習で疲弊して忘れて帰っちゃったのかもしれない。

 まあ、それならそれで1人でやるまでだ。


 ボコボコになった地面を修復し、残留した魔力が火事や事故になりそうにないかを確認。校庭の防御魔法が壊れていないか点検し、魔道具の魔石が充電切れを起こしていないかのチェック。

 全て終わったら部室内に忘れ物が無いかも見なきゃ。これら全てを終わらせるのに早ければ15分、遅いと40分以上かかることもある。

 時間がかかる時は大抵校庭が魔法で荒らされた時だ。そして先輩達が大会に向けて応用魔法や上級魔法を使って暴れるこの時期に、荒れない訳がない。


「つ、疲れた......」

 本来なら分担する作業を1人でこなさなければならなかった上、校庭のあれ具合も凄まじかった。地面を土属性を使って掘削したのか、大穴がぽっかり空いていた。

 落とし穴でも作ろうとしたのだろうか?普通に戦闘訓練をするよりも大穴を埋める作業の方が魔力を消費できるんじゃないか?

 最後の部室内確認も終わり、そろそろ帰ろうかと伸びをしたその時、


「よ、お疲れ様。」

「ガルス殿下......」

 反射的にだらしなく伸びきっていた身体を一瞬にして正し、気を付けの姿勢になってしまった。そんな私を見てクックッと喉の奥で笑いながら手を振った。


「いつからそこに?」

「部屋の扉が開いていたぞ?お前が熱心に片付けをしていたようだったから、隠密していつ気づくか試していた。」

 しまった、疲れているせいで魔力探知が鈍くなっていたのだろう。例え隠密していても普通ここまで接近されたら気づくはずなのに。」

「まだまだ甘いな、俺が暗殺者だったら殺されていたぞ?」

「......殿下でよかったです。お疲れ様です。」

「おう、お疲れ様。」


 それにしても何をしに来たのだろうか?もう全員帰ったのを確認したはずなのに。

「何しに来たんだって顔してるな?もう1人の片付け担当がな、忘れて寮まで帰っちゃったらしくてな。そいつが暫くして気づき慌てて俺に状況を話したから、俺が代わりにやろうかと申し出てやった訳だ。」

「殿下が?殿下は部長業務があるから片付けの担当を外されているんじゃ......」

「片付けも嫌いじゃないからな。しかし、あの大穴をこんな早く埋めてしまえるとは、お前流石だな、おかげで俺のやることが無くなった。」

「お褒め頂き光栄です。」


 疲れただろう、と殿下は棚にしまってあった紅茶を取り出し、やかんでお湯を沸かしてくれた。

 慌ててカップを用意し、ティーポットに茶葉を入れて準備をする。殿下にお茶汲みをやらせる訳にはいかない。

 この世界の紅茶の入れ方にももう慣れた。てきぱきとお湯を注ぎ、ポットとカップを殿下の元に運んでいく。


「どうぞ。」

「ありがとな。ちょっと冷ましてから飲む。」

 熱いものが苦手なんだ、気を悪くしないでくれと彼は言うと、ソファの背もたれに両腕を掛けて上を向いた。


「あー今日も疲れたな。どうだ、ここは?もう慣れたか?」

「はい、お陰様で。学ぶことも多くて楽しいです。」

 先輩たちからは今まで知らなかった戦い方を学べるし、私の魔力操作がまだまだ未熟であったことを痛感させられた。同学年内ではトップレベルに上手い方だと自負していたから、上には上が沢山居ることを知れてよかった。


「そうだな、ここの連中は先頭に関しては学校一だ。元から騎士や軍人の家系に生まれた奴もいれば、戦闘とは無縁な家出身者もいる。それでも、皆訓練を積み重ねていけばどこまでも強くなれるんだ。お前もきっとそうだろう。」

「はい、私も皆さんの様に強くなりたいと思っています。」

「そうか、何のためにだ?」

「え?」

「何のために?」


 急に殿下の表情が真顔へ変化し、空気にぴりりと緊張が走った。

 何のために?短い言葉を心の中で復唱し、その真意を探ろうと彼の顔を見つめた。しかし、何の情報も得られない。

 ただ、白い肌の隙間から、青い目が鋭く私に突き刺さっている。

「お前は何のために強くなるんだ?」



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