奨学金を求めて - 3

「それでは試験始め!」

 広い講堂の中、一斉に紙をめくりペンを握る音が聞こえる。

 いよいよ学年末試験が始まった。昨日は早めに自習を切り上げてゆっくり寝たので、気合は充分だ。


 最初の試験は生物学。生物学は植物学と動物生態学の授業から成る教科だが試験は1つに纏められている。

 どちらも前世に生息していた生き物とは異なる生物種ばかりだが、知識を生かすことは可能だ。

 身体の構造は大して変わらないし、生物進化の原理もそのままだ。


 しかし、魔獣の話となるとちょっと話は変わってくる。

 魔法という科学に反する力を持った存在が生態系の中でどのような力を持つのか。それは実際に起きた例を見ていかねば分からない事だ。

 因みに魔獣の他にも魔力を持つ植物がいる。彼らを合わせて魔物と呼ぶが、人に害をもたらすのは専ら魔獣の方だけだとか。


 今回の生物学では魔獣の事が多く出題されている気がする。魔獣以外にも生物は勉強することが多かったのに。


 いや、生物だけでなかった。

 今回の試験では魔獣の生息域を題材にした問題が地理でも出題されるほか、歴史でも魔獣と人類の戦いについての問題が多い。

 勿論授業内でやった内容であるから、出題されること自体はおかしなことではない。

 ただ、色々な教科で例年よりも魔獣の事についての出題に偏り過ぎではないか。もしかして、魔獣の事についてもっと詳しく学校で教えるべきとのお達しでも来たのだろうか。


 最も、問題はない。

 どれも結局は基礎的な内容を理解した上で与えられた情報を元に推理していけば解ける。勉強とは、知識を叩き込むためだけでなく、その知識を得るプロセスまで頭に入れるものだ。


 回答欄は全て埋まった。見直しを数回繰り返した辺りで時間が終了し、そのまま回収されて行く。手ごたえとしては上出来だ。

 1日にテストは3,4科目程度。教科が少ない日でも、試験時間がやたら長い科目があるから油断できない。

 精神力は魔力の強さだけでなく、学力にも影響するから恐ろしい。


 1日の試験が終わった後は即寮に帰宅し、自室で夜更かししない程度に翌日の試験に備えていく。寮のごはんは軽食であれば自室に持ち込めるから、ご飯を食べながら表を眺めることだってできる。栄養は大事だ。


 そんなこんなでテスト週間を何とか乗り切り、最後の試験が終了した。

 ---


「お疲れ~~!!」

 疲れた足取りで寮に帰ると、人の多いロビーには大量のお菓子とご馳走が並べられている。

 これは一体何かと目を丸くしていると、トントンと肩を軽く叩かれた。


「メーティア、試験お疲れ様!」

「お疲れ様です、デリケさん。」

 普段お淑やかな彼女にしては珍しく足取りが軽く、制服の裾を揺らしながら小さくスキップしている。


「デリケさん、これは一体何でしょうか?」

「あら、メーティア知らなかった?試験が終わったら皆でパーティーするのよ。これから長期休暇に入っちゃうからね、皆と暫く会えなくなっちゃうもの。だから終わったらすぐにこうやってお疲れ様会をするのよ。」

「そうなんですね。」

 パーティー会場では既に試験から解放された生徒達で溢れかえっており、皆楽しそうに友達と会話しながらご馳走を取り分けている。

 色とりどりのサラダに七面鳥の丸焼き、冷たいポタージュにかわいいプディング。どれでも食べ放題らしい。

 試しにポタージュを掬って手元のカップに注いでみる。とろみのついたスープが冷たくて暖かくなった今には丁度いいし、味もさっぱりしていておいしい。


「メーティア、お疲れ様。どうだった?」

「回答欄は全部埋めたわ。後はうっかりミスがないか、記述でどれだけ落とさないかどうかね。」

「流石ね、私はちょっと度忘れしちゃった。ま、今気にしても仕方ないから切り替えて楽しみましょうね!」

 メグがそれ美味しいの?とポタージュを指さしてきたので、返答の代わりに新しいカップを差し出した。

 メグはすぐに受け取り、掬って飲むとすぐに顔を綻ばせて上機嫌になった。


「ここ女子寮だけど、男子寮でも同じようにパーティーしてるの?」

「そうらしいよ。男子寮はもっとお肉が多くてサラダが少ないって噂もあるくらい......なんというか、男の子らしいわよね。」

 2人でふふっと笑い合っていると、いつもの見慣れた影が近づいてきた。


「ちょっと2人とも!こっちきて!」

 イザベルだ。彼女は腕をブンブンと振っている。

 彼女のもとにはいつもの2人の他、おそらく彼女の友達であろう令嬢たちがこちらを見ていた。


「メーティア、メグ、折角だから大人数で楽しまないとね!この子たちは私たちのクラスのお友達よ。皆、この子はメグとメーティアって言って、凄く頭のいい子達よ!」

 初対面の令嬢たちは顔を見合わせた。

「え、あの『素手使い』の......」

「そのあだ名まだあったんですね......」

 メグが途端に俯き、小刻みに笑い出した。持っているスープの残りを零さない様に必至だ。


「あ、ごめんなさい。優秀な噂は聞いているわ。というか、平民出身の子たちは皆優秀だものね。」

「今回のテストどうでした?私たちはさっぱり、あんまり成績悪すぎると実家に小言言われそうで心配ね。」

「じゃ、来年は皆で勉強しましょう。私達もちょっとはこの2人に勉強を教えてもらったんだけどね、説明とか上手かったわ。」

「あらそうなの?じゃあ今のうちから仲良くしとこうかしら。」


 うふふと手を口に当てて上品に微笑む姿は流石貴族令嬢、優雅だ。

 七面鳥の切り分けが始まったらしく、人が中心のテーブルに集まり始めた。

「折角だから取りに行きましょう。チキンは学食でもよくあるけれど、七面鳥は食べられる機会が少ないもの。」


 御馳走を食べながら話に花を咲かせる。これが至福。

 今年入学してから驚いたこと、楽しかったこと、大変だったこと。楽しく会話をしていると時間があっと言う間に過ぎ去ってしまう。

 気が付いたら日は落ち、未だ活気の残る夜を迎えていた。


 解散して自室に戻った後、解放された後の安心感からかどっと眠気がやってきた。

 再来週以降は休みに入るから、ここの寮を一旦出ていかねばならない。一応テスト後には綺麗にしておこうかとも思っていたが、生憎テスト終わりにパーティーに参加した後、そこまでする体力は残っていなかった。

 どうせ荷物も少ないしそんなに散らかっていない。持って帰る荷物は最低限服と杖ぐらいだからいい。

 来週テスト結果が出てからのんびり準備すればいいか。そんなことを思い、柔らかなベッドに身を任せた。


 ---


 テスト週間明け、結果は盛大に廊下に張り出されていた。

 とはいえ、順位が出ているのは上位半分だけ。下位半分は名前が載らないらしい。

 自分の名前を上から探すと、幸い一瞬で見つけることができた。


 2位だ。

 ほっと息を吐き、身体から力が緩やかに抜けて行く。

 よかった、これで補助金が貰える。


 心臓のバクバクが収まってからもう一度ボードを眺める。

 1位はダニエル・クロフトン。相変わらずの首席らしい。なんだかちょっと悔しい。

 点数差はどこでついたのだろう。私がうっかりミスをしてしまったか、記述で取れなかった点があったのか。

 いつかあいつに学業で勝ってやろう。こっそり心に誓った。


 3位はメグだ。流石としか言いようがない。彼女、結果が公表されなかっただけで実は入学試験でも3位とかだったのでは?と思えてしまう。

 彼女は数学に強いが、同時に地理や国語にも強い。地理単科目では多分私よりも点数が高い。

 家で厳しく教えられたのだと言っていたが、きっと本人の素質もあるに違いない。


 それ以降は特に知らない名前が多かったが、強いて言うなら10位にエミリア、15位にデリケが入っている。

 エミリアは試験前特に必死な様子も無かったのに上位に入っていたのは予想外。勉強を全くせずに10位は不可能だから、それなりに努力したはず。勉強面に興味はないんじゃないかと勝手に思っていたけれど、彼女には彼女なりのポリシーがあるのか?

 デリケは素直に喜んでいた。かわいい。


「どうしよう、折角だから奨学金の申し込みしてみようかしら。条件は3位以内に入ることだから、家庭の事情とかも特に関係ないのよね。貴族は対面を気にして申し込んだりしないらしいけど......私の家はそこそこ裕福とはいっても、貰える物は欲しいもの。」

「御両親はどんな感じなの?」

「さあ、聞いてみないと分からないわ。でも、そんな悪い顔はされないと思うの。元々うちは結構貧乏だったのよ。」

「そうなの?知らなかったわ。」

「ええそうよ。私が6歳くらいまでね。親は自分の食べ物まで削って私に栄養のあるものを優先してくれたわ。事業が奇跡的に上手く行ってからは食事におかずが複数つくようになったし、リンスもいい物に変えて髪がさらさらになったの。」

 メグは自分の短い髪を指先でくるくると巻いてんふふと笑った。

 全然知らなかった。メグが元々貧しかったなんて。


「驚いた?まあ貴方に出会ったときは既に裕福だったものね。」

「そうね。というか、貴方の所作が普通に綺麗だったから生まれた時から教育を受けてたんだと思ったわ。」

「いっぱい練習したのよ?これからは貴族とも関わることになるから、見下されないようにって家庭教師まで付けて特訓してね。」


 そんな話をしていると、隣に最近よく見る影が現れた。

「あら、ダニエルだっけ?久しぶり、メーティアとは同じ部で頑張っているんだって?」

「......メグ・スワロウか。久しぶりだな。」


 この人は会う度に眉間のしわが濃くなっている気がする。若干同情しそう。

「1位おめでとう。貴方は奨学金貰わないの?まあ貰わなくても全く問題ないだろうけどさ、貰えるなら貰った方が得よね。」

「そんなものは受け取らない。受け取れば我が家の威信を傷つける。貴族とも名を並べる銀行頭取の息子ともあろうものが、平民用の制度を利用するなんて、と。」

「お父様の教えなのね。それは仕方ないわ。ま、互いに来年も頑張りましょう。」

「そうだな、来年もお前達と関わらないように努力しよう。」

 そう言うとどこかへ行ってしまった。相変わらずの態度だ。最早彼らしいと2人で感心してしまった。


 さて、学校は開いているものの、授業自体はもう無くなっている。

 しかし、今年度最後の部活動を楽しんだり、寮の片づけをしたり、やることは色々ある。


 戦術部では相も変わらず先輩たちが戦闘訓練をしており、私たちはそれを見るだけだ。

 しかし戦いで疲れているはずの先輩たちが何だかにこにこしてこっちを見ている。もう少しで1年生もこの地獄の訓練に参加するんだぞ、とでも言いたげだ。

 それを察した1年生の顔は大体引きつっていた。私も楽しみな反面、ついていけるかちょっと心配である。


「では、休み中も魔力の鍛錬を怠らないように!解散!」

「はい!」

 部長の締めの挨拶に皆勢いよく返事を返し、あっと言う間にその場を去って行った。

 この校庭の景色も暫く見ないと思うとちょっぴり感慨深い。



 部屋も片付けてすっきりした。片付ける前は床に積み上がっていたノートが消えて、ぽっかりと空虚な隙間ができたみたいだ。大体物置の奥に入れてしまっただけだけど。

 これでようやく1年が終わる。久々に会う家族は元気にしているだろうか。


 帰る前に校内のお土産でも買って行こうかな。

 小さな部屋に差し込む春の光を眺めながら静かに思いを馳せていた。


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