奨学金を求めて - 2

 テストが近いからと言って部活を休める程楽な生活でもない。

 流石に試験期間中は一時休部でも、その直前まで活動は続く。


 ゴォンと地と空気を揺るがす爆音が鳴り響き、うつらうつらしていた意識が急に戻ってきた。

 危ない、寝たら先輩から拳骨食らう。前にうっかり寝た生徒の頭に部長の鉄拳制裁パンチが直撃したことは記憶に新しい。

 慌てて頭を振って意識を集中させるが、眠い者は眠い。また頭が少しずつ下がってしまう。

 同じ見学している人を見まわすと、隣に座っているダニエルもまた疲弊しきった顔をしている。

 口が若干開いており、目をしぱしぱと何度も瞬きを繰り返している。彼も将来の為に必死なのだろう。


 そういえば、彼は入学試験では首席だった。彼も将来的に良い成績が必要なのだろうから、きっと今回の試験でも良い成績を収めるに違いない。

 つまるところ、奨学金獲得の敵だ。


 ぱちりと目線が合う。

 互いにじっと見つめ合うが、数秒でふっと目を逸らした。今は互いに言い合う体力も無いのだ。

「お二人さん、随分疲れていらっしゃるのねえ。」

 横からエミリアがにこにこと小声で突っかかってくるが、反応するのもしんどい。無視だ無視。


 ---

 もうフクロウが一人寂しく鳴く時刻、私たちは寮の自習室で自習の成果を確認し合っていた。

 本来自習室では私語厳禁だが、今日の自習室は私達2人だけしかいない。ここを利用できるのは中等部かつ女子生徒だけだから、その条件を満たしてかつこの時間までテスト対策をしているのが私達だけだということだ。


「メグ、新暦193年に北部で起こった出来事は?」

「第2次モンテクリスト侵攻でしょ。旧魔王軍が領地を拡大しようと攻めてきたやつ。因みに第1次は何年?」

「新暦59年。魔族は長生きだからね、人間にとっては何世代前でも魔族にとっては2世代程度しか代わってない所がポイントだって言ってたわね。」

 歴史の教科書とノートを見比べながら、忘れている情報が無いか確認していく。


 魔族とはこの世界とは別の次元である魔界に住む生き物の総称であり、魔王とはその世界を統べる王なのだとか。

 言葉は流石ファンタジーだが、歴史の教科書を見る限りこちらに戦争を数回仕掛けた程度で、人類との関りは余りない。情報がないのだ。

 人は魔界に行けないし、行けたとしても生きていくのは難しい。精神を蝕む力が空気中に漂っていて、呼吸するだけで動けなくなってしまうという伝説がある。誰も行って帰ってきたことがないのであくまで伝説だ。

 ただ人類よりも長生きで、身体も魔力も強い生き物らしい。故に、こちらに侵攻を仕掛けてきた時は苦戦したとか。


「じゃ、その時何が決め手で旧魔王軍を返り討ちにできたんだっけ?」

「2つね。1つは神から授かった治癒魔法の存在。魔族には治癒魔法が存在しないから、かなりのアドバンテージになった。その結果として、神職の地位は特権階級にまで上り詰めたのよね。もう1つは魔道具の開発。どんな魔道具が当時使われていた?」

「一番の発明は杖ね。人の魔力を増幅させて攻撃として打ち出すのがかなり楽になったから、魔術師という職が一般的になった。杖ができるまでは、魔術師が戦場で戦力として数えられることはほぼなかったから。次第に剣や槍などの武器にも似た魔法陣が彫られるようになって、人類の戦力がかなり増加したのよね。」


 治癒魔法というのは本来神から授かった魔法と言われている。

 神官が天啓の中で『生物学を発展させれば魔法で治癒ができる』と伝えたのだとか。

 当時は「生き物の死体で学ぶなんて」という倫理観が強かったせいで医学どころか生物学すら発展しておらず、身体の構造やメカニズムが理解されていなかった。それを、神は天啓を通して生物学を発展させて生命への理解を深めるように指導したのだ。そこから医学と呼ばれる分野が派生し、科学的に治療する医者と魔法的に治療する神官が分かれた。

 今でも医者と神官は半分同業者で半分敵のような、何やら切っても切れない関係にあるらしい。権力争いはよく分からない。


 魔道具の発展も同時期だと授業で教えられた。当時の魔道具は今と比べると非常に単純で低機能なのものばかりだが、それでも当時にとっては画期的な発明品だった。

 先生がにやにやしながら大切そうに古代の魔道具を撫でまわしていたからよく覚えている。気づいてはいたが、教授と言う生き物は大体変人だ。彼らは教師である前に研究者でもあるのだから。

 ともかく、杖の魔法陣は当時からかなり改善されているが、基盤となる構造は未だに変わっていない。

 今では、剣などの武器にも杖のように魔力を増幅させて安定させる効果がある魔法陣が刻まれている。効果は杖よりもそこそこ劣るが、こちらは直接武器として振ることができる。


 魔法に特化するか、物理攻撃を乗せて戦うか。いずれの方向性にせよ魔道具がない時代よりも人は強くなった。

 その結果第1次侵攻よりも戦争は短期間で終了し、魔王は倒されて以降人の世に魔族が来ることはなくなった。

 魔王を倒した人間は勇者と言われているが、そこはまだ詳しく学んでいない。


 長い戦いの歴史があって今の世の中があるのは、どこの世界でも一緒だ。


「過去問とかないものかしらね。」

「過去問?あるにはあると思うけれど、毎年問題変わるから意味ないわよ。無駄に覚えるくらいなら最初から教科書丸暗記した方がよっぽど効率的ね。」

「やっぱりそうよね......ああ、3位以内に入れるかしら。と言うかメグ、貴方結構頭いいよね?こんなところに強敵がいるなんて嫌過ぎる......」

「別にいいでしょ。貴方よりは成績優秀でも何でもないわよ。貴方理系方面強すぎるから、天地がひっくり返っても勝てる気しないもの。算術系は私得意だったはずなのになあ。」


 理系科目は前世で学んだ記憶があるのでそのまま知識を流用しているだけだ。勿論忘れている部分もあるが、それでも1から学ぶよりはずっと早い。

 ちょっとズルしている気分だが仕方ない。利用できるものは利用するまで。


「そういえば、ダニエルはどうだった?同じ部なんでしょ?あの子も相当勉学には力入れてるんじゃないの?」

「そうね、私と同じくらいには隈作ってた。全くこの学校は優秀な人が多くて困るわ。」

「それはこっちの台詞よ。でもそうね、やっぱり平民出身者は皆真面目に勉強するのね。そうじゃないとこの学校に入った意味がないものね。」

「まあね。でもまだ1年目だから皆真面目にしてるのかも。何年も居たらその内燃え尽きちゃいそうで怖いのよ。」


 燃え尽き症候群は個人的難病だ。人の根性というのはあまり長期間続かない。

 とはいえ、前世とは違って試験の頻度もかなり低いし、受験戦争がある訳でもない。現代日本人基準で言えばかなり甘い方だろう。

 試験だって1年に1回のみ、しかも終われば長期休みだ。この時期だけでも毎年ちゃんとやりきろう。


「魔法実技はどう?あの試験って難しいの?」

「あの試験に対策なんてほぼ必要ないでしょ。苦手な人は多少練習するけれど、戦術部所属の生徒が事前に準備しなきゃならない事なんて何1つないわ。」

「それはよかった。」

 魔法の練習はそれだけで精神力を大いに使う。教科が減るならそれに越したことはない。


「そろそろ話してないでラストスパートかけないと。まだ生物学やってないから一旦流し読みでもして全体像を頭に入れなきゃ。一般魔獣の生物区域なんてほぼ地理学じゃないの!」

 あーもう!と頭を抱えるメグを嗜める。いくら他に人がいないとはいえ、夜は声が外まで響く。

 後30分も経てばあの厳しい寮母さんが呼びに来て強制的に就寝させられる。この前も就寝時間を大幅にオーバーして外をうろつき回っていたら、おっそろしい声で怒鳴られてしまった。あれは魔獣より怖かったかも。

 だから今日は時間にも気を付けて、上手く要所をかいつまんでいこう。


 さて、後何科目準備しなければならないんだっけ。



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