休暇と新学期

「メティちゃん、おかえりなさい!」

 帰るなり母のダイナミックハグを受けて、息が一瞬詰まる。ぐえ、と小さくうめき声を出すと、母は慌てて解放してくれた。

 隣では父が微笑んでおり、優しい紫の眼差しが私を映している。そんな父ににこりと微笑み返すと、一層目が細められ、手を目に当てて俯いてしまった。

「あらパパったら嬉しくて泣いちゃったのね?昨日からずっとメティが帰ってくるからってずーっとそわそわしてて、本当におかしかったんだから。」

「ママだって同じじゃないか......」

 母の言う通り、父の声は若干震えている。久しぶりに娘に会えたのだから無理もない。


 たった1年のはずなのに、レンガ造りの家も木製のソファも、何もかもが懐かしく見えてしまう。

「メティちゃん、身長伸びた?ちょっと伸びたような......そうでもない?」

「あんまり伸びてないかな......牛乳は向こうで結構飲んでるのにな。」

「メティちゃんはちっさくても可愛いから大丈夫!そのうち知らない間に延びるかもしれないし。」

「身長はそこまで伸びてなくとも、顔立ちはちょっと大人びた気がするよ。ますます可愛くなってしまった......」


 父が頭を抱えている。そんな子煩悩だったっけ?

 母は軽く流すと、今日はもう疲れているだろうから、と自室で休むように促してくれた。

 久しぶりの自室は綺麗に片付けられており、掃除も行き届いている。私がいない間も掃除をしてくれていたんだ、とちょっと嬉しくなってしまう。


 寮のベッドに比べると少し硬いけれど、慣れているからか寝心地は良い。

 使い慣れた毛布の匂いに包まれると安心してこのまま寝てしまいそうだ。まだご飯も食べていないし身体も洗っていないのに。

 うとうとしながらも、母が夕ご飯の準備を終えるまでなんとか眠気に耐えねば。

 しかし、布団の力は恐ろしい。きっと吸引魔法でもついているに違いない。離れようと思っていても、身体が離れていかない。寧ろよりくっついていく気がする。

 実家に帰った安心感と居心地の良さで、そのまま緩やかに寝落ちてしまった。


 ---


「メーティアじゃん、久しぶりね!」

「お久しぶり、元気だった?話は聞いてるよ、貴族様たちと同じ学校に通っているんだって?」

「お久しぶりね、ベディとバーディス。やっぱり皆知っているのね......」

 母に使いを頼まれたので家を出ると、丁度昔の友達に出会った。彼らはちょっと私よりも年上だからか、この1年でかなり大人びた気がする。

 得にバーディスなんて体格ががっしりしてきて、着実に少年から青年への道を歩もうとしている。


「最近2人はどうしているの?」

「私たちは家の手伝いをしているのよ。バーディスは父の仕事を継いで鍛冶屋になろうとしてるし、私はおばあちゃん家の農業をちょっと手伝っていてね。いつかいい人を見つけてお嫁さんに行くまではそうやって生きていこうかなって。他の子達も大体家の手伝いをしている感じよ。」

「皆頑張っているんだね。私も頑張らなくちゃ。」

「メーティアはもう十分頑張っているじゃないの。ところで、これからどこ行くの?お買い物?また私達と一緒に行く?」

「お願いしていい?一緒に行った方が楽しいもの。」


 ベディはアハハと声を出して笑い、私と手を繋いだ。バーディスももう片方の手を繋いだので、両手に兄妹だ。

「昔からこうやっておつかい行ってたね、懐かしいなあ。メーティアが試験勉強を始めてからはあんまり会えなかったけど。」

「そうだね、懐かしいね。皆私が受験すること知ってたなんて、驚いたわ。」

「そりゃあね。王都の工業地区は人間関係が狭い分、噂はあっと言う間に広がっちゃうんだから。」


 いつもの市場へ行くと、今日も人で賑わっている。

 何でも好きなものを買っておいでと言われている。何を買おうか迷っていると、不意に後ろから声を掛けられた。


「レシアさんとこの嬢ちゃんじゃないか!メーティアちゃんだっけ?」

 レシアは私の母の名だ。振り返ると、八百屋のおじさんがこちらに手を振っていた。

「あ!八百屋のおじちゃん!そうよ、この子がメーティアよ。」

「だよなあ、レシアさん譲りのその髪色は隠せねえぜ?うちで買い物してくれたらおまけ付けてやるよ、どうだ?」


 八百屋の品物を見てみると、どれも新鮮でおいしそうだ。特にトマトなんて日光で輝いている。

 トマト煮込みなんて美味しそうだ。

「じゃあおじさん、トマト4つくださいな。」

「毎度あり!じゃあ約束通りおまけをつけてやるよ。今後もどうかご贔屓にな。」

 店主はそう言って玉ねぎを2つも付けてくれた。太っ腹だ。


 それからも店で買い物をする度声を掛けられ、おまけをつけてくれたり試食をさせてもらったりした。至れり尽くせりとはこのことだ。

 お陰で籠の中は既にいっぱいだ。お腹も少し膨れてきた。夕飯は食べられるようにこれ以上は食べないようにしないと。

「いやー、メーティアのお母さん、色んな所でメーティアのこと話してたからメーティアも有名人だね!」

「気恥ずかしい......」

「別に悪いことじゃないから胸張ってればいいのよ!うらやましい!」

 確かに悪いことじゃないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。


 家に帰ると、母が出迎えて抱きしめてくれた。本来ならもう思春期に入ろうとしているところなのに、母は未だに私を幼い子ども扱いしている気がする。

 まあ、それでもいいか。一人娘が普段家にいないから寂しいだろうし。


 そんな感じで家では散々甘やかされ、外でも声を色々な人に掛けられる休暇だった。

 ちょっとむず痒いところもあるが、それでも満たされた大切な時間だった。

 そしてそんな時間はあっと言う間に過ぎ去っていく。


 ---


「ああ、もう休みが終わっちゃったわ。」

 悲しそうな顔をするイザベルが頬杖をついてため息をつこうとした......が、デリケの視線に気づき、慌てて口を閉じている。

「家に帰ったら弟たちが元気に走り回っててね。構って攻撃を交わしても交わしてもキリがなかったわ。」

「それは大変だったのね。私の弟は大人しい方だけれど、元気な子が沢山居たらって想像するだけで恐ろしい......」

 そう言いながらもイザベルは楽しそうに弟たちとの思い出を語っている。弟たちが可愛くて仕方ないらしい。


 反面、メグは休暇を満喫してきたらしい。

「休みは楽しかったわ。東部の海の街に家族と旅行に行ったのよ。大きな港町があってね、知らない異国のアクセサリーが売ってたわ。」

「へえ、今頭に付けている髪飾りもそうなの?見慣れないものが付いているわね。」

「これは黒真珠よ。異国では真珠の中でも黒いものを作っているらしいの。宝石とは違った輝きがあって素敵でしょ?」

 メグの後頭部には大粒の黒真珠をあしらったバレッタが付けられている。きらきらと派手に輝く宝石とは違って、上品でしっとりした輝きを放っている。


「へえ、高そうね。」

「まあまあね。でも奨学金も貰えたし、滅多に会えないから特別にってお父さんが買ってくれたの。」

「羨ましいわ~。海水浴とかもした?私は海を見たことがないから、いつか行ってみたいわ。」


 この世界では移動手段がそこまで多くない。車も飛行機も無く、あるものと言えば大体馬車か船だ。

 例え貴族でも交通手段はかなり限られてくる。

 一応瞬間移動できる魔法も存在するものの、熟練の魔術師以外には使えない上に人を一緒に連れて飛ぶことは更に困難だ。

 故に緊急時にのみ使用が限られており、旅行で気軽に使えるもんじゃない。


 故に、海を見たいという素朴な願いもこの世界では贅沢なものだ。


「私もいつか見てみたいです、海を。」

「そうよメーティア、頑張って瞬間移動を習得するのよ!そして私を連れていて!」

「善処します。」

 遠回しにお断りをされたイザベルは項垂れた。でも、一人での瞬間移動くらいはいつか習得したい。

 この世界を旅する上で移動手段はかなり重要になるはず。これがあるか無いかで、私の目的が果たされるかどうかが決まるかもしれない。


 そのためにも新学年、頑張らなくては。


 ---


 とはいえ、授業の流れは大して変わらない。

 いつも通りちょっと変わった先生たちの授業を受けて、ノートに纏めるだけだ。まだ中等部だから、内容も特別難しい事はない。


 しかし、生活面では1年生の時と比べると大分変化した。

 自由度の高い生活をおくれるようになったのだ。

 今までは学校と寮以外の場所へ行くことは許されず、先輩たちが休日におしゃれしながら外出していくのを指咥えて見ているだけだったが、今は違う。


「次の休日、一緒にお買い物に行くわよ!」

 授業の合間、擦れ違い様にデリケと約束を交わした。

 それは私たちが待ち望んでいた、束の間の自由だ。


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