クラブ活動 - 入部編 2

 オリエンテーション後、入部試験を受ける者は面接を受けなければならない。

 面接は第2校庭の近くにある小さな建物内で行われるらしい。皆その建物周辺で待機し、予め配られた整理券の番号を眺めている。

 手持ちの番号が呼ばれた順に部屋に入っていくのだが、その度に前に面接を受けていた人が様々な表情で出てくる訳で。

 安心したような顔、悔しがる顔、無表情で歩く人、とぼとぼと顔を下げて歩く人。

 お陰で、中でどんな面接が行われているのかと皆戦々恐々としている。


 次は私の番だ。一体どんなことが聞かれるのだろう。

 まあ、もし不合格になれば舞踏部か歌唱部にでも入ればいいか。そんなことを考えながら面接室の扉を開いた。


「よく来たな、お前の事は知ってるよ。入学試験で『素手使い』って言われてたんだろう?」

 小綺麗な面接室に入って開口一番、目の前の男はそう言った。先ほどオリエンテーションの司会をしていたこの戦術部の部長だ。

 正直その変なあだ名は忘れていたかった。最近ようやくそう呼ばれることがなくなったのに。

 そもそもどうしてそんなあだ名知っているんだ。そう言おうとしてその男の顔を見ようと顔を上げた。


 その男を見た刹那、何か言い様のない奇妙な違和感に襲われた。何とも説明し難いのだが、陽炎が背景を揺らめかせるような、水面の反射が水中を隠すような雰囲気。

 そんなものが霧のように目の前の男にかかっている。

 その違和感が何か分からなくて、疑問のあまり首を捻って黙りこくってしまった。


 そんな私に部長は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「おい、挨拶も無しか?」

「すみません、ちょっと気になることがありまして。」

 慌てて弁明をする。ここで落とされては堪ったもんじゃない。

「ほう、気になることとは?」

「説明が難しいのですが......その、恐らく何か魔法を発動されてません?精神系の。」


 奇妙な感覚と言えば、精神操作魔法だ。イザベルが魔獣に誘われたのも、教授が魔獣のもとに辿り着けなかったのも精神を魔法に蝕まれたせいだった。

 ならば、この違和感も魔法の影響ではないか?はっきりと確証はない。

 魔力探知でこの部長には何らかの魔法がかかっていることはわかる。最初は自己強化魔法だと思ったが、それにしては発散している魔力が大きい。

 よって、何が目的かは分からないが、彼が自分に対する認識を歪めるように精神操作魔法を使っている可能性は高い。


「よろしい、お前は合格だ。」

 部長の顔がにやりと笑った。

 まだ面接も禄にしていないのに。


「なぜですか?」

「なんだっていいだろう、お前は合格だ。この後は一応実技試験がある、がどうせお前は合格できるだろう。明日の放課後、また同じ時間にここに来い。名前は?」

「メーティアです。」

 男は目の前にあった紙に乱雑に私の名前を書いた。まだその紙は大部分が白紙で、書かれている名前はあの場に居た人数と比べるとかなり少ない。

「よし、じゃあ次のやつを呼ぶからお前はもう帰っていいぞ。」


 追い出されてしまった。

 何だったんだ、あれは。


 私が呆然とした顔をして出てくるのを見た他の生徒が怯えた顔をしている。

 何か悪い方向に勘違いしているに違いない。実際は何もなさ過ぎて拍子抜けしただけなのに。


 ---


「それでは、2次入部試験を行う。」

 翌日言われた通り同じ時間に同じ場所へ行くと、私と同じように面接を通過したであろう生徒たちが揃っていた。

 その中で1人、いや2人見覚えがある子等がいた。


「あ、ダニエルじゃない。」

 私に声を掛けられた瞬間、ダニエルはあからさまに嫌そうな顔をした。そりゃ第一印象があれでは嫌になるか。

 お前も居たのかと言わんばかりの苦虫を噛みつぶしたような顔で見るもんだから、少し笑ってしまった。

 クラス内でも彼は上流貴族と特に仲良くしている姿をよく見かける。どうやって仲良くなったのか少し気になるので、聞いてみたい気持ちはある。まあ、きっとおしえてくれないだろうけど。


「あら、お久しぶりですねメーティアさん。」

 その隣には私にとっての問題児、神官の娘エミリアが控えていた。

 いつも通り人当たりの良さそうな顔でにこにこと微笑んでいる。彼女の裏の顔さえ知らなければ、この可憐な美少女に見惚れてしまう人も少なくないだろう。

 事実、クラス内で彼女が横を通るだけで男子生徒の目線は吸われ、女子生徒からは丁寧な扱いを受けている。

 その様子を見る限り、彼女がやたらと攻撃的になるのは私相手だけなのだろうか。


「お久しぶりですね、お元気でしたか?」

「はい、勿論元気にしておりましたとも。メーティアさんは一時期お元気でなかったようでしたが......大丈夫でしたか?」

 私にしか見えないように、目を細めて笑っている。多分バカにしている表情だ、神の匂いを漂わせている癖に怪我1つ防げない奴だと。

「ええ、もう何か月も前の話ですから。それより、ダニエルさんとお話していたようですね。お邪魔して申し訳ないです。」


「いえいえ、私は楽しくダニエルさんとお話していただけですわ。ね、ダニエルさん。」

「ああ、そうだな。」

 ダニエルは気まずそうにそっぽを向いて返事をした。私を見て嫌そうだった顔が更に歪んでいる。

 どうやら仲がいい訳ではなさそうだ。それなら彼はエミリアと何を話していたのだろう?


「2次入部試験の内容を発表する。よく聞いておけ。」

 私達は一斉に黙り、部長が口を開くのを待った。


「2次試験ではお前たちに1対1の勝負をしてもらう。その辺の奴らと適当にペアを組め。戦うと言っても、あくまで模擬戦だ。正直勝ち負けはどうだっていい。一番大切なのは、どうやって戦うかだ。」

 模擬戦とは、戦術部にふさわしい試験だ。

 ちらりと先ほどまで会話をしていたダニエルの方を向くと、ダニエルもまたこちらに視線をやった。


 目線が合う。

 数秒の見つめ合いの後、ダニエルは大きなため息をついた。

「じゃあ、よろしくね。」

「......ああ、よろしく頼む。」


 因みにエミリアは私と戦いたかったようでこちらを見つめていたが、あえて私は彼女から視線を外した。

 ダニエルとペアを組んだ時は残念そうに頬に手を当てていたが、すぐに切り替えて他の人とペアを組みに行った。エミリアとは授業内の演習でお腹いっぱいだ。


 ペアを組めた生徒達から校庭の中心へ移動し、距離を取って戦い始めるように言われている。

 私達は最速でペアを組めたこともあり、一番最初に戦うことになった。周りの視線が集中して少し緊張する。

「では、始め!」


 次瞬、ダニエルの魔力が大きく膨れ上がった。

 ビリビリとする程に膨らんだ魔力は次第に形を成す。まずい、あれをまともに食らってはいけない。

 開始の合図から僅か数秒も経たず、ダニエルはで私の周囲を焼き尽くした。


 轟々と燃え盛る炎は私の居た地を焼き尽くす。範囲もかなり広いし威力も高い。

 前々から思っていたことだが、ダニエルの魔力総量はかなり大きい。同年代どころか先輩と比較しても勝っていることが殆ど。

 魔力総量が多いと自負している私よりも。

 だからこそ、こんながてら上級魔法を簡単に使ってしまう。


 炎の中からでも周囲の人間が慌てている声が聞こえる。声の高さからして1年生だ。

 そりゃそうだ、同年齢であるはずの少年が、決闘大会以外で見ないような上級魔法を開始直後にぶっ放しているのだから。

 中にいる私も無事では済まないと思ったのだろう。


 しかし、制止するような声は聞こえない。

 審判は私が無事であることを知っているから。


 やがてこのまま維持しても仕方ないと悟ったのだろう、火炎結界が解除された。

 舞い散る火の粉と上る黒煙の中、私はゆっくりと立ち上がった。

 どよめきが広がる。まあ気持ちは分かる。

 今の私は、地面の割れ目から頭だけちょこんと出ている状態だから。


 あの炎球結界が発動される直前、私は避けるか迷った。別に避けられなかった訳じゃない。普通に地面を蹴って範囲から逃れることはできた。

 しかし、それでは勿体ない。

 ダニエルは私よりも魔力量が多い。ならば、順当に戦えば私は負けてしまう。

 いくら勝ち負けはどうでもいいと言われたって、戦うなら勝ちたくなるのは最早本能だ。


 だから、魔力量をより相手に多く消費させる戦い方を選んだ。

 魔力量が多いとはいえ、炎球結界は使うだけで多量の魔力を消費する。これを長時間維持させれば相手の魔力はかなり削れる。

 しかし、単純にその場で防御魔法を張り続けるとなると、非常に厚い膜を張り続ける必要がある。これでは炎球結界で削れる魔力以上にこちらの魔力が消費されてしまう。

 故に他の方法で炎を避けることにしたのだ。


 土竜もぐら。地面に穴をあける魔法であるそれは、本来攻撃魔法でもなんでもない。生活の中で使われる便利な魔法の1つにしか過ぎない。

 だがこの炎球結界相手には丁度いい逃げ場作りとして役に立った。

 決闘大会で観戦していた時に思ったのだ。あの魔法は地中に逃げれば最低限の防御魔法で躱せると。

 炎は地上にしか出ない。地中に潜れば熱気で汗をかくことはあっても直接肌を焼き焦がされることはない。


 実際に私はダニエルの魔法が発動する直前に土竜で校庭の地面を掘り、そこに体を隠すようにして潜ったら上手く行った。体の殆どに防御膜を張らずとも問題なく生存できている。

 頭上に軽い防御膜は張ったのでまた髪が焼け切れることはない。


 そんな訳で、私は彼の魔法を最低限の魔力消費で乗り切った。ダニエルはそれに気づいたのだろう、複雑そうな顔をしている。

 それにしても上級魔法をいきなり飛ばすとは、なんて奴だ。どこぞの神官の娘を思い出してしまう。あいつ等仲悪いふりをして、案外似た者同士ではないか。

 ふわりと地中から飛び上がり、地上に足を付ける。杖を構えると、ダニエルもまた杖をこちらに向けて構えた。


「あーあー、もうそこまで。それでいい。もう2人とも合格でいいから、それ以上はやめておけ。」

 静観していた審判が手を振り、私達は静かに杖を下した。

「よし、お前たちは今日からここの部員だ。あっちで書類にサインしてくれ。それでは次のペア、前に出ろ。」


 心なしか次のペアが怯えている。まあ、最初からあんな上級魔法を見せつけられれば無理もない。

 この学年で上級魔法を使えるのなんて彼ぐらいだ。私は試したことがないが、上級魔法は見様見真似でできるもんじゃない。練習しなければ使えないだろう。


 我関せずとすたすた部室の方へ歩いていくダニエルの後ろについていきながらも、後続達に少し申し訳なさを感じた。

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