クラブ活動 - 入部編 3
「入部手続き完了だ。本日からよろしくな、後輩共。」
入部届にサインをすると、丁度立ち会ってくれた部長が右手を差し出した。
ダニエルと私は順に固い握手を交わすと、先輩はにっと笑った。
「お前達の戦いは見ていた。上級魔法が使える1年なんて何年ぶりかねぇ。」
「お褒め頂き光栄です。」
「お前もだな、メーティアだっけか?良くあれを潜って回避しようなんて思ったな。あの判断の早さはただもんじゃない。戦い慣れているのか?」
「いえ、精々学校で学んだ程度です。」
「じゃあ伸びしろが相当あるってことだ。ああそうだ、有望な若者たちにはきちんと挨拶をしないとな。」
途端に曇っていた空が晴れるように、部長にかかっていた違和感が綺麗に取り除かれた。
やはり彼には認識阻害の精神魔法が掛けられていたらしい。これで私達は部長の姿を正しく認識できるようになった訳だ。
「ガルス殿下......」
隣に居たダニエルが呆然と呟いた。
ずっと気が付かなかった。王家の象徴である彩度の高い金髪と青空の様な瞳。
それでいてシュルト殿下とは違った顔立ち。それらは全てガルス殿下を示す符号であるはずなのに、私たちはずっとそれに気づかなかった。
気づけなかったのだ。
そして、それは恐らく私達だけなじゃない。あそこにいた全員が気づいていなかった。
「ああ、その驚いた顔を見るのも久しぶりだな。初めまして、俺はガルス・ベンカル。この国の第一王子だ。いや、礼は必要ない。今は高等部2年の一生徒、ここの部長に過ぎない。」
急いで礼をしようと身体を正した私とダニエルを手で制止し、ガルス殿下は机にもたれかかりながら足を組んだ。
「普段俺がここの部長であることは部員以外には内緒だ。勿論学校側は知っているが、大部分の生徒には秘匿されている。」
「ガルス殿下がここの部員であることは存じ上げております。しかし、なぜ正体を隠すのですか?王子殿下が部長であると何か不都合がおありなのですか?」
「いや、全くない。寧ろ不便な事も多い。だからこれは俺の趣味だ。」
殿下は口を大きく開けて豪勢に笑った。
皆の前で戦術部について語っていた時の様な威圧感は全くない。決闘大会で見た時のカリスマも感じられない。
目の前にいるのは気さくで粗暴な普通の男子生徒だ。
これが本来のガルス殿下なのか?それとも、これもまた演技なのか。
私達の驚いた顔に満足したらしい。機嫌良く彼はひらひらと手を振ると、今日は帰るようにと部屋を抜けてどこかへ行ってしまった。
私とダニエルは顔を見合わせ、同時に息をゆっくり吐きだした。
張り詰めていた緊張がようやく解れた。
「結局お前と一緒か。あのもう1人の方はいないんだろうな?」
「そうね、よろしく。余程嫌われているようで悲しいわ。彼女は私とは別行動よ。」
「登校初日であんな挨拶されたらそりゃあな。......コネ目当てでこの部に入ろうと思ったのに同級生がこんな酷い奴らだとは。」
「奴ら?私にも酷い奴がいるの?......ああ、もしかしてあの子のこと?」
エミリアの顔を思い浮かべる。もしかしたら、彼女はダニエルにも当たりが強いのかもしれない。
「ああ、そいつだよ。変ないちゃもん付けて来やがって。信仰心の薄い顔をしているって一体どんな顔だ。確かに信仰心は微塵もないけれどよ。」
「貴方にも厳しいのね。私も彼女には相当嫌われているようだから。」
「お前も信仰心薄そうだしな。というか、平民出身は大方貴族よりも信仰心が薄いのは仕方ないだろう。貴族や神官みたいに毎日お祈りする暇なんてないんだから。」
ダニエルは窓から差し込む夕日に、煩わしそうに目を細めた。
「信仰心が薄そうなだけで嫌味でも言われたの?彼女、貴方が相当気に入らないのね、普段は人に優しく振る舞っているらしいのに。」
「嫌味と言うかあれは最早......いや、何でもない。俺が考えるにあいつの外面がいいのは、教典の教えに『人を愛せよ』ってものがあるからだ。だから普段はいつも穏やかに人当たり良いふりをしてんだ。彼女は敬虔な信徒である以上教典の教えには従順だろうからな。だが、そんな神の教えに反する奴に対する礼儀なんてものは持ち合わせちゃいないんだろうよ。」
ダニエルの顔をじっと見つめてみる。濃い顔立ちの多い貴族と比べると、彼の薄い顔立ちはあまり目立たない。
それでも尚彼の存在感を際立たせるのは、この鋭い目付きだ。余りの鋭さに人を刺し殺せそう。
彼にはきっと彼なりの思いがあってこの学校に入学したのだろう。
しかし、それは信仰とは寧ろ逆の方面にありそうな、そんな気がする。
「何人の顔をじろじろ見てるんだ。無礼だぞ。」
「何でもないわ、ごめんなさい。そろそろ帰りましょうか。明日からの活動に備えて早く寝たいし。」
「そうだな、体力的にも精神的にもきつそうだ。」
この面接室がある建物は校舎と離れて増設された、第2校庭専用の小さな建築物だ。
建物から外に出、校庭の端を歩きながら校舎に向かっている最中、ふと校庭の真ん中に目をやった。
まだ試験をやっているらしい。校庭にはボコボコに穴が開き、焼けた臭いとじめっとした湿気が充満している。
その中心部では、悠然と浮かぶ長い金髪とすぐ近くで倒れる焦げた人影、それを救助しようと駆け寄る部員......
「なんか大事になっていない?」
「決闘ではよくあることだ、どうせ死にはしない。......だが、1年生同士の戦いで、それも試験程度でそこまでやり合うとは珍しいな。余程実力差があったのだろう。」
どの口が言うのか。あの上級魔法を私が上手く避けれなかったら同じ事が起きていたぞ。
「そんな目で見るな。お前が実力者なのはよく分かっているから、ああやって本気で相手したんだ。......正直なことを言うと、今まで練習してきた上級魔法を使う機会が中々ないもんだから、ちょっと使って見たかっただけだ。」
そんな好奇心で上級魔法をぶっ放すな。
この学校では決闘時には必ず保護魔法を張るように定められた校則がある。今回もきっとそうだろう、人が死ぬことはない。保健室で暫く治療を受ければ回復するはずだ。
やはりこの部に所属する以上ああいった事故は避けられないらしい。魔獣と戦ったときの様な命の危険は無くとも、また怪我をするのは普通に痛いから嫌だ。
気を付けなければ。特にあの子には。
未だ悠然と中に浮きながら微笑んでいる、煌めく金髪の少女に。
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「あの武魔連携戦術部に入ったんですって!?」
寮のロビーでのんびりと会話している最中、イザベルはソファから思わず立ち上がった。
が、隣のデリケに窘められ、すぐ元通りに座った。デリケは令嬢としての立ち振る舞いに対して結構厳しい。
「う、驚いちゃったからつい......でも、戦術部に入れたの凄いじゃない!」
「そんなに凄い事なの?成り行きで入ることになっちゃった気がするんだけど......」
「そうよ、あの部は毎年人気で入部試験が導入された位、倍率が高いんだから。本来部活動に入部試験なんてないはずなんだけどね、あそこだけは特別よ。生徒が多すぎると監視の目が行き届かなくて事故の元になるから、人数を制限しているの。」
確かに他の部には入部試験が無かった。あの部に試験があったことを知らない人が多かったのも頷ける。
「皆さんは、どこの部に入ったんですか?」
「えっとね、私とマデリンは料理部よ。料理部ってただ料理をするだけじゃなくて、食物についての知識を深めることも活動の一環なんだって。私達の領地がある西部は農業中心だから、興味が沸いちゃって。デリケは演劇部だっけ?」
「そうよ、昔王都で公演に行ってからミュージカルが大好きなの。いつかああやって舞台の上に立つことを夢見てたんだから。」
3人とも各々の好きな部に入部したらしい。楽しそうで何より。
「メグは?そういや興味ある部があるって言ってたわよね?」
「ええそうよ、私は裁縫部に行くの。」
メグは胸を張った。
裁縫部とは少し意外だ。活発なメグのことだから、運動部等もっとアクティブな部に行くと思っていた。
「意外だ、なんて顔をしてるわね。まあ、確かにチクチク縫うだけの部活だったら私には合わなかったでしょう。でも違うのよ。私の実家はどこだったか知ってるよね?」
「確か......ああ、スワロウ商会だったね。服飾を主に扱っているところ。」
「そう、両親の仕事をよく見ていたからね。服やアクセサリーのデザインにずっと興味があったのよ。裁縫部ってデザインから制作まで自分の好きなものを作れるらしいから、絶対ここに入ってやろうとずっと思ってたの。」
裁縫部と言う名前からは一見想像できなかったが、成程そういう理由だったらしい。確かに彼女は美術の授業で絵も上手かったし、家庭科では手先も器用だった。
納得だ。
「他の子たちはどうなんだろう?何か聞いた?」
「他の貴族令嬢たちはやっぱり文化部が多い印象ね。一部北部出身の子たちは運動部に入っていたけれど。逆に男子はほぼ全員運動部じゃない?」
「別に文化部に入ってもいいと思うんだけれどね、文化部はほぼ全員女子で構成されているから居心地悪いんでしょう。」
「戦術部はどんな感じ?女子は少なそうだけれど。」
「確かに戦術部は女子が少なかった印象です。それでも居る事にはいましたよ。1年生の中だと私がそうですし、後は恐らくエミリアって子も一緒です。」
「エミリアさん?ああ、あの綺麗な子ね。信心深くて優しい子。」
「やっぱり他の人に対してはそうなんですね......」
どういうこと?と皆きょとんとしている。少し迷ったが、先日起ったことを彼らに話すことにした。
話し終わると皆あり得ないと言わんばかりの丸い目で互いの顔を見合わせた。
「エミリアさんがそんなことをするの?私全くそんな話聞いたことが無かったわ。」
「わ、私もです......エミリアさんは誰にでも優しいので。他の子達からも悪い噂は聞いたことがありません。」
「私はそもそも彼女と話したことが無いからわかんないわ。でも、彼女がダニエルに厳しい理由はちょっと分かる気もする。」
メグは顎に手を当て、考えながらそう言った。
「どういうこと?」
「ほら、ダニエルの実家って銀行でしょ?この国の教会ってあまり銀行にいい顔しないのよ。銀行の本業って利子を取る金貸しな訳だから、質素な暮らしを是とする教会とは若干相性が悪いというか......エミリアさんは熱心な信者であるなら、ダニエルの実家を嫌っていてもおかしくはないけれど。」
「実家を嫌っているというだけでそこの子を嫌うのも良く分からないけれどねぇ。まあ、社交界でも家同士の仲が悪いから子同士の仲が悪くなるって言う話もよく聞くし、実際この学校でいがみ合っている上級貴族はいっぱいいるもの、似たようなものね。......因みにメーティアを嫌っているのはどうしてなの?メーティアの家は職人でしょ?神職には関係ないじゃない。」
「いや、その、入学直後に色々ありまして......」
初めての魔法実技であったことを説明すると長くなる。どう説明しようか悩んでいたが、私の苦い顔を見て皆悟ってくれたようだ。
「まあ、人同士の相性もあるもんね。よく考えれば貴族は定期的に神殿へ足を運ばなきゃいけないし、領地から得た金額の一部を教会に分け与える義務があるけれど、それに比べたら平民は信じるも信じないも自由だもの。」
「ええ、貴族にはそんな義務があるんですか?」
「そうよ、教会と貴族は持ちつ持たれつの関係よ。表面上はね。実際は権力が分散されているせいで、互いが互いを疎ましく思いながらも排除できないような状態。だから貴族は最低でも表面上は信心深くなきゃいけないし、教会は貧民を助けなければならないの。ま、私達下流貴族にはそんなに関係ない話だけど。」
「エミリアさんがちょっと過激な思想を持っていることは知らなかったし、メーティアの言う事じゃなきゃ信じてなかったけれど。実害がないなら先生も基本生徒同士の争いには不干渉でしょうね。」
「やっぱり自分で何とかするしかないんでしょうね。ちょっと憂鬱です。」
今後、面倒なことにならなければいいけれど。
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