場外乱闘の決闘大会 - 5

知らない天井だ。

随分長い事眠っていた気がする。寝る前は何をしていたんだっけ。

外が妙に明るいが、もしかして寝坊でもしてしまったのか?


慌てて起き上がろうとすると全身にひりひりするような激痛が走り、その痛みで気絶する前のことを思い出した。

ああそうか、助かったのか。あの戦いで無事に生き残ったのか。


はあ、と安堵の息を吐きだし、再びふかふかの枕に頭を委ねた。

その声で私が起きたことに気づいたのだろう、丁度隣で作業をしていた看護服の女性が驚いた表情のままこちらにずんずんと迫ってきた。


「メーティアさん!起きたんですか?大丈夫?気分は?」

「大丈夫です。体はかなり痛みますが。」

ぐるりと室内を見渡すと、どうやらここは保健室のようだ。あの豪勢な建物の中でも割と質素で、白い壁と天井が心を落ち着かせてくれる。

私はこの柔らかなベッドの上で、何日間眠っていたのだろうか。


「貴方、本当にやり過ぎよ。発見された時、全身に火傷を負っていたんだから。もう少し治癒魔法が遅かったら皮膚が爛れて死んでいたよ。ここに連れてきてくれた教授に感謝しなさい。」

「教授?どの教授ですか?」

「グリーベル教授よ。今呼んでくるから待ってなさい。話があるらしいから。」

そう言って看護師はすたすたと別の部屋に移動してしまった。


改めて部屋を見ると、どうやらここは個室らしい。保健室の部屋は全て個室なのだろうか。それとも、私が特別扱いされているのだろうか。

身体に動かしにくさを感じて布団をはがしてみると、全身に包帯がまかれてぐるぐる巻きにされている。さながらミイラのようだ。

手で顔を触ってみると、やはり顔にも包帯が巻かれている。全身火傷というのは本当らしい。


暫くすると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

はい、と返事をすると扉を開けて人が入ってきた。先ほどの看護師と授業で見慣れた先生、グリーベル教授だ。

「教授、あの子は回復したてですからね、本来は面会すらお断りさせて頂くくらいです。あまり無理な質問をして虐めてはいけませんよ!」

「私がそんなことをするように見えるか?緊急の用でな、ちょっとばかり証言が必要なだけだ。」


怖い顔で念押しする看護師をいなしながら、教授はこちらを向いた。この人はいつも顰め面で、表情が分からない。

看護師が部屋から出ていき扉が閉まると、教授はベッドの隣の椅子に腰かけた。


「傷の調子はどうかね?」

「痛みますが、恐らく大丈夫です。教授がここまで運んでくれたそうですね、ありがとうございます。」

「いや、当然のことをしたまでだ。寧ろ、駆け付けるのが遅くなってすまなかった。」

どうやら今は渋い表情をしているらしい。いつもよりも声が枯れている。


「大会途中で見回りをしていたらな、ヴォルディ家の御令嬢......イザベル嬢が酷く青い顔で助けを求めてきてな。魔獣が、メーティアが、と要領を得なかったが緊急事態であることはすぐに分かった。だからすぐに向かおうとしたんだが、あの周辺には精神魔法が掛けられていた。おかげであそこに辿り着くのが少し遅くなってしまった。」

「精神魔法?」

「精神に直接作用する魔法だ。魔獣が獲物をおびき出したり、逆に敵を遠ざける時に使う。あの魔獣はそこそこ強力な存在でな、精神魔法を使いこなしてイザベル氏を呼び寄せた上、お前と戦っている時は逆に他の魔術師を辿り着かせないように避けさせていたんだ。」


奴にそんな能力があったとは気づかなかった。

「私がお前のところに辿り着いた時には既に魔獣2匹は死んでいたよ。お前がやったんだな、大したものだ。」

「はい、でも、私もかなり怪我をしてしまいましたが......」

「それでも生きてるなら十分だ。確かにお前の皮膚は焼けこげていたが、それ位ならここの看護師が治癒魔法で綺麗に治してくれる。しっかり自己強化を最後まで入れていたお陰で内部の損傷はほぼなかったと言われていたぞ。特に酷かった左足も問題なく治るそうだ。」

「それは良かったです。」

治癒魔法とは便利なものだ。余程複雑な怪我でなければ大抵治してしまう。より腕のいい治癒師は例え腕が千切れてもくっつけてしまうらしい。

火傷程度なら何とでもなるのだろう。


「さて、それでは本題に移ろうか。先にそっちの疑問を晴らそう。何か聞きたいことはあるかね?」

「それでは、いくつか聞かせてください。何故魔獣が校内に居たのでしょうか。それも2匹。」

一番の疑問点はそこだ。校内に魔獣が現れるなんてことはあり得ない。

この学校は何世代にも渡って維持され続けてきた強力な結界があちこちに張られている。生徒と関係者以外がこの地に立ち入ることは不可能だ。

そんな中、人ですらない魔獣が侵入するなど言語道断。運よく私の怪我だけで済んだが、あの時私が探しに行っていなければイザベルは死んでいただろう。


「それについては現在調査中だ。結界に異常は見られなかったし、魔獣が侵入した経路も不明。あの場所付近には誰もおらず、たまたまあの近くを通ったイザベル氏とお前だけだったから、誰かが手引きした跡すら見当たらない。」

捜査が難航しているのだろう、いつも以上に眉間にしわが寄っている。

それにしても、魔獣の侵入した経路が分からないなんて、そんなことがあるのだろうか。このままでは同様の事件がまた起こって被害者が出てしまうのではなかろうか。


「そう不安そうな顔をするな。今回の様な事件が起こらないよう、学校のいたるところに魔力探知機を配置することにしたんだ。今までもある程度は置かれていたが、あんな誰も通らないようなところまでは設置が行き届いてなくてな。学長と話し合って早急に設置を完了することに決めた。魔力探知機が発動すればすぐに教員中に通知が行くから、例え精神魔法が掛けられていても直ぐに駆け付けるようになるはずだ。」

「他の生徒達はどうですか?今回の件で不安になっているのではないですか?」

「そもそもこの事件自体一般生徒どころか多くの教員には秘匿されている。目撃者もお前とイザベル嬢、そして私位だ。あの日は決闘大会で生徒も教員も皆出払っていたから廊下にすら誰も居なかった。お前たちが戦っていた時の音も闘技場の戦いと歓声に紛れて聞こえなかったらしい。それで校長と話し合った結果、この件については公表しないことにした。」


確かに、この件は表沙汰になれば学校全体に混乱を招くだろう。原因不明の魔獣が校内に現れたとなれば保護者だって黙っちゃいないだろうし、学校閉鎖秒読みだ。それはそれで私が困る。

「だからこの件に関しては口外しないでくれ。イザベル嬢にも同じように口止めしてある。」

「わかりました。」


「それでは、こちらからもいくつか聞かせてもらおう。あの時あそこにいた経緯と、どうやって戦ったかだ。」

「どうやって戦ったか、ですか?」

あの場所に居た経緯を聞く理由は分かるが、戦い方まで聞かれる理由が分からない。

「そうだ。あの魔獣は騒ぎになる前に一部の教員で片付けてしまったが、その際に検死をした。かなり酷い死に方をしていた。肺に水が溜まった上、内臓が破裂していた。あんな殺し方を若干12歳の少女ができると思わなくてな。勿論責める気はない、ただ参考までに聞かせてもらうだけだ。」


参考までに、と言われてもぶっちゃけ普通に水系魔法を使っただけだ。水を喉奥に突っ込むのはともかく、水の中に閉じ込めて溺れさせるのは私特有の技じゃない。だから検死の結果にも何もおかしいことは無いはずなのに。

だがどうせ隠すことでもない。簡単に使った魔法と試合の流れと淡々と語っていくと、グリーベル教授は少し下方を向いて瞬きを繰り返した。


「そうか。いや、良くやった。お前はその年にして海流山まで使用できるんだな。今まで魔獣と戦った経験はあるのか?」

「何度か試したことがあるので。あそこまで綺麗に決まるとは思いませんでした。魔獣と戦ったのは今回が初めてです。」

「......私はな、この学校で色々な生徒を見てきた。才能に溢れる天才も努力し続ける秀才も。お前は恐らくその両方の才を持っている。だが、それだけには思えないのだ。」

「何を仰りたいのですか?」

「今の話を聞いて感じたことだ。応用魔法はお前の年でも使える奴は何人もいる。それ自体は何もおかしいことではない。だが、魔獣と対峙して冷静に戦いの中で使いこなせるかどうかはまた別問題だ。率直に言おう。お前、本当に平民生まれの12歳か?」


真っすぐ見据えるような目。この目は私が内心動揺したことを見抜いただろうか。

私の身体は紛れもなく12歳だ。生まれた時から12年以上経過した思い出がある。だが、精神年齢はそうではない。前世分を足し合わせればそれなりの年齢になるだろう。私が転生している事なんて、そんなこと他の人にはわからないはず。

「なぜ、そうお思いですか?私は間違いなく平民で12歳ですし、それを疑われるような容姿でもありません。」

「『目』だ。明らかに据わっている。お前の目は、死を見てきたものの目だ。死を見て尚、戦うことを諦めない戦士の目だ。そんな目を、なぜお前の様な幼い少女が持っている?」


目?突然何の話をしているのか理解に苦しむ。

「あの、目とは。」

「あんな巨大な魔獣を相手に擦れば腰が竦んで戦意を喪失するのが普通だ。訓練を受けた兵士ですら、初めての戦闘は苦戦を強いられる。当然だ、負ければ死ぬという恐怖と対峙するわけだから。......だが、お前はそうじゃなかった。初めての戦闘でも怯む事無く冷静に目的を果たした。お前は自分が死ぬことを恐れず、強大な相手に立ち向かい続けた。口で言うのは簡単だ、それを実行できる人がどれ程いようか。」


死を恐れずに立ち向かう、か。思い返してみれば、自分でもよく分からない感情だった。何故私は、戦闘経験もないのにイザベルを庇おうとしたのか?

死を恐れなかったわけではない。恐怖はあった。

しかし、その恐怖は死という正体不明の概念に対する恐怖じゃない。

私の恐怖は、この世界にいる子と会えなくなる事だ。


「恐ろしくはありました。この世界にいる大切な人に会えなくなってしまうかもしれなかったから。」

「そうだな。それでも、お前は戦う意思を持ち続けたんだろう?自分が今まで使ったことのない応用魔法を真似てまで。」

「教授、イザベルには沢山の兄弟がいるらしいのです。当然、両親だっています。......彼らは、イザベルが亡くなったと聞いたらどれほど悲しむでしょうか。私と同じく、イザベルもまた、この世界に大切な人がいるのです。」

真っ白なベッドで布を被せられた彼の顔が不意に蘇る。あんな絶望を味わうのは私だけでいい。


「それだけか?それだけでお前は死ぬ気で戦ったと?」

「死ぬ気ではありませんでした、生きて帰る気でしたよ。まだまだこの世界でやれねばならないことがあるので。」


長い間沈黙した後、教授は重々しく口を開いた。

「そうか、それがお前の意思なんだな。よく分かった。」

教授は腰を上げ、こちらに数歩近づいた。

「魔術師において、意思というのは実に重要だ。どうやらお前は、並大抵の人間以上に強い意思を持っているらしい。......質問は以上だ。ゆっくり身を休め、完治したら学園に戻ってきなさい。」

「ありがとうございます。」


教授は部屋から静かに出ていった。若干納得いかないような顔をしていた気がするが、まあ一応は引いてくれた訳だし問題なかろう。

正直ほっとした。何かに感づかれたようだが、流石に私が転生してきた人間だとは思うまい。


何だか何もしていないのに疲れてしまった。どうせやることもないし、体力を養うために寝よう。

ああ、そういえば、私何日間眠っていたか聞くの忘れてた。まあいいや、どうせ後から嫌でも知ることになる。


そういえば、決闘大会の試合を全然見れなかったことが唯一の心残りだ。無念。

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我が子をたずねて三千世界 カルムナ @calmna

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