場外乱闘の決闘大会 - 4
前方には2体目の魔獣。背後には先ほどまで戦っていた1体目の魔獣。
計2体にすっかり包囲されていた。
魔力探知にも直前まで引っかからなかった。恐らく隠密していたか、猛スピードでこちらに接近したのだろう。
2体目も1体目に負けず劣らず大きく、キメラの様な見た目もよく似ている。魔力を全身に纏う位の力はあるようだ。
後ろの1体目はまだ咽ているが、その内起き上がってくるだろう。2体同時に戦って無事でいられる自信はない。
冷汗が噴出し、全身の体温が下がっていく。
逃げようかとも考えるが、先ほどの戦いで校舎との距離がかなり離れてしまった上、校舎側に2体目が張っている。
逃げるなら奴を潜り抜けて行かなければ。どう頑張っても2体目との衝突は避けられない。
完全に戦闘態勢に入った魔獣が魔力を放出し、火球のような魔法を幾つも浮かべている。
どちらにせよ、私に選択肢はない。やらねばやられる。小刻みに震える体には気づかないふりをせねば。
覚悟を決めよう。
黄色い火の玉は周囲の温度を上昇させながら私に迫ってくる。
前方に前転して数発避けた後、それでも回避できなかったものを防御魔法で弾き返す。魔術師の戦いとは案外フィジカルであるとは聞いていたが、まさか踊りで鍛えてきた体幹がここまでで役に立つとは。
魔獣と距離を詰めると、奴は体に炎を纏わせてこちらに突進してきた。
咄嗟に空中へ飛び上がり衝撃を避けると、不自然に長い首がこちらに曲げて口を開いた。
あれはブレスの構えだ。
冷静に魔力の流れを読み、風魔法で足場を作って蹴り飛ばすと、横を火炎が掠め逃げ遅れた髪を焼いていく。
決闘で茶髪の方がやっていた技法だ。咄嗟に頭に浮かんだまま真似した方法が、意外に上手く行った。私の方が茶髪の彼より体重が軽い分、使う魔力が少なくて済むらしい。
1体目と同じ猿の顔がぐるりと回転した。まるで、人が首を傾げるかのように。
ブレス攻撃というのは息に魔法を込めて一気に吐くやり方だ。
ならば当然、ブレス後は酸素を求めて息を吸わねばならない。息を吐いた直後は誰だって苦しいし、集中が一瞬途切れるものだから。
さっきの魔獣もブレスを吐いた直後には隙があった。此奴だって同じことだろう。
予想通りのタイミングで魔獣は吐いた分の息を吸い、軽い隙が生まれた。しっかりと注意してなければ気づけないほどの小さな隙が。
空中から地面に降りると同時に地面を蹴り、魔獣の顎の下へ潜り込む。
そして下顎を貫くように、硬く鋭い特大サイズの氷針を打ち出してやった。
氷針は基礎魔法のうちではあるが、それでも物質放出型というだけで防ぐのが難しい。
狙い通り、見事に氷針は魔獣の首に突き刺さり、動きを止めた。
だが、安心するにはまだ早い。
この魔獣たちは火炎を使う以上、氷はすぐに溶かされてしまう。実際喉の奥から湧き出る炎に氷の大半は融かされてしまったようだ。
しかも喉元に突き刺さったとはいえ、まだぴんぴんしている。こちらを鬼の形相で睨みつけており、戦意は喪失していないらしい。元気な事だ。
しかし、ただ無意味に融かされた訳じゃない。
氷は融ければ水となる。そう、彼らのような炎系の魔獣が不得意とする水に。
氷は私が作り出した魔法だから、当然それが融けた物質である水も私の魔法だ。
魔術師の魔法は、出した本人が操れるものである。
やることはさっきと同じだ。魔獣の顎元で出現した水を無理に喉奥に流し込んでやる。
気管にでも入ったのか、1匹目同様、咽て吐き出そうとしている。水量も少ないし、大した傷は与えられないだろう。
しかし、時間稼ぎはできた。
地面ばかり見て吐いているようでは、接近する私に気づけない。
魔獣のすぐ目の前に現れた私を見て、慌てて蹄で殴りかかろうとするが、もう遅い。
何故なら既に、水流山の応用魔法、『海流山』を発動させているから。
海流山は水流山とは水の量が桁違いに大きく、水流も速くなるため制御も当然難しい。
だから、今私が使える最大限の魔法だ。
海流山で生み出された幾つもの水流が魔獣を中心に入り乱れ、ぶつかり合って空中に巨大な渦潮を作り上げた。
魔獣は逃げられずにその渦潮内に閉じ込められ、ごぼごぼと溺れている。海流山の中は単純に息ができないだけじゃない。水圧も洒落にならない程高いので、身体が貧弱な人間相手に使うと内臓が潰れて死んでしまう。
魔獣は硬いが、それでも腹は他の部位に比べると弱い。苦しさのあまり手足を振り回して藻掻くが、その程度ではこの魔法を打ち砕けない。
弧を描く水流の速度を徐々に上げていき、更に高度を上げて地に足がつかないようにしていく。効果は覿面だ。
このまま集中していれば、私の魔力が尽きる前に殺せそうだ。
しかし、そう物事は上手く行かないらしい。後ろで倒れていたはずの1匹目が意識を取り戻し、動き始めたのだ。
1匹目は猿顔を歪ませ、キイキイと聞き難い鳴き声を上げて威嚇している。全身を怒りの炎に包み、牙を振りかざしてこちらに飛び掛かってきた。
魔術師の1番の敵は何か?
それは己の疲労だ。
間合いを読み間違えた。それか、海流山を維持したまま避けようと欲張ったのが原因か。
横に完璧に避けたはずが、魔獣が体に纏わせた炎に左足を引っかけてしまった。
焼ける様な感触の直後、血液が沸騰するような痛みに思わず呻き声をあげてしまう。魔獣がにんまりと笑った気がした。
それでも、海流山を維持し続けなければ。あれが解除されたらもう1体も出てきてしまう。
2対1になれば負けは必至。負ければ死ぬ。
しかし、こんな足では再び攻撃をされればまともに食らってしまうだろう。万事休すか。
いや、ダメだ、諦めるな。諦めたら終わりだ。
正直魔法の使い過ぎで頭は痛いし、疲れて思考がクリアにならない。
それでも、何とかしなければ。これは、自分がイザベルを助けるために始めた戦いだ。
座り込んだまま睨みつける私を見た1匹目はぐるぐる首を傾げていたが、再び体を燃やした。またあの突進攻撃をするつもりだ。
海流山に閉じ込められた魔獣を見上げる。そうだ、これを利用してやろう。
杖を両手で握りめ、地面に突き立てた。
かかっていこい。その意思表示のために。
避ける気がない私に勝利を確信したのか、魔獣が勢いよく突っ込んでくる。
私はもう、避けられない。
だが、避ける気もない。
杖を地面から引き抜き、自分の背後に掲げ、精神力を込める。
空中に浮いている渦潮をこちらに呼び寄せる。莫大な質量を移動させる魔力消費が大きすぎて、意識が飛びそうだ。それでも勢いを止めず、寧ろ位置エネルギーと回転エネルギーを利用して加速させていく。
そして、ずっと海流山に閉じ込めていた魔獣を、渦潮ごと勢いを付けてぶん投げた。
狙うは勿論、突っ込んでくる魔獣だ。
こちらに突進する事しか考えていなかった魔獣は、私にそんな余力があると思わなかったのだろう。速度を落とすことすらできない。
大きな体躯の魔物同士が炎と水を纏って高速でぶつかり合い、大爆発を引き起こした。
火の粉と高温の水蒸気を纏った爆風は私を直撃し、まともに防御魔法を張れなかった私の軽い体は無力にも吹き飛ばされる。上手く着地する気力すら残っていない。残っていたなけなしの自己強化が無ければ首の骨でも折っていただろう。
音割れのような爆発音の後、キーンと耳鳴りが脳髄まで響き渡り、その不快さに吐き気を催した。生憎吐くほどの体力も残っていないが。
全身に染み渡るような痛みのせいで、身体が動かない。それどころか高温の気体に包み込まれているせいで呼吸もままならない。
浅い息を何度も繰り返しながら精神を保とうとしても、疲弊しきった脳では何も考えられない。
せめて魔獣の生死を確認せねば、と思うが目を開くどころか魔力探知すら上手く広がらない。
痛みと苦痛に全身が限界を迎え、私は静かに意識を手放した。
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