場外乱闘の決闘大会 - 2

この学校内に存在する闘技場は、圧倒的な威厳を放つ、巨大な円形の建造物である。周囲は高い位置にある観客席に囲まれ、中央で戦っている戦士達を覗き見ることができる。

勿論たまに魔法が飛んでくることもあるが問題ない。彼らの席は魔法結界によって守られて衝撃を吸収するから、攻撃は決して通らない。

さらに言えば、戦士達も戦いによって死ぬことはほぼない。人体保護魔法が彼らの身を強く守り、例え致死レベルの攻撃を受けたとしても無理矢理生命を維持させるようにプログラムされている。

この学校ができて何百年も立つが、この闘技場で生徒が死んだことは一度も無かったそうだ。最も、瀕死状態まで傷つく事は何度かあったらしいが......


そんなコロシアムではすでに試合が始まっていた。

「ちょっと、もう始まってるじゃない!のんびりお昼ご飯食べ過ぎたわ!」

「焦らなくてもいいじゃない、殿下はまだ出てこないわ。」

「でもいい席がないじゃない!ここからじゃ見えないわ!」

わたわたと急いで観客席に来た頃には既にいい席は埋まっており、最前列は既に人で溢れてしまっていた。

背の低い私達は後ろからだと会場の様子がよく見えない。イザベルはぴょんぴょんと跳ねているが、それでも見えないのだろう。肩をすくめてがっかりしている。


そんな私達を見かねたのか、たまたま最前列に居た上級生が「自分たちは少し後ろでも見えるから」と前を譲ってくれた。紳士な方々だ。

皆感謝し、厚意に甘えてそこで見せてもらうことにした。


コロシアム内では最初の試合が始まったところらしい。

魔術師同士の戦いだ。杖を構え、静かに見つめ合っている。

時々杖を構え、魔力を膨らませては拡散させるフェイントを掛け合い、互いの出かたを伺っている。これだけでもかなりレベルの高い生徒同士であることがよくわかる。しかし、じれったい彼らの動きに観客たちは大声を上げ始めた。


しかし、その直後途端に戦況は動き出した。

一瞬にして上方にいた茶髪の男はいくつもの雷弾を放ち、下方に居た黒髪の男に飛ばした。しかし、当然下方の魔術師はそれらを全てタイミングよく防御魔法ではじき、お返しとばかりに風の基礎魔法、『風刃』を撃ち返した。

風刃は風のエネルギーを硬化し、鋭い刃として相手にぶつける魔法だ。火力は他の基礎魔法に劣るものの、素早く軌道が見えにくい為対人ではよく使われているらしい。

それでも魔力探知でしっかりと魔力の流れを読めば防御できる。実際茶髪の魔術師は問題なく防御出来ている。

それを皮切りに互いに次々と攻撃魔法を放ち、それを互いに防御する攻防が加速していく。


茶髪は巨大な火球を相手の頭上から落とすと同時に地魔法『地縛り』で相手の足を地中に埋めた。当然、火球を避けることは叶わないので防御魔法で受けることになるが、火球が大きい以上張るべき防御の大きさはどうしても肥大化してしまう。それは即ち魔力消費が増大する事と同等。

黒髪は一瞬考えた後、自己強化魔法を強め、無理矢理足を地面から引き抜いた。そのまま地面を蹴り飛ばし、火球は地面と衝突した。

轟音が鳴り響き、2人の姿は土煙に紛れて観客の目には見えなくなってしまった。


しかし、魔力探知を続けていれば互いの位置は分かるはず。実際その通りのようで、黒髪は煙の中でいくつもの『氷針』を発現させていた。

氷針は当たるとかなり痛い。質量がそこそこあるので防御膜をかなり厚く張らねば防げない。その上、煙のせいで視認が遅れてしまったから避けることは難しい。

仕方なく茶髪は厚めの防御膜を張って氷針を弾き返した。


さて、魔術師同士の戦いにおいて開幕のジャブは重要だ。

なぜなら、最初の魔力消費の量で今後の展開が変わってくるからだ。


魔術師は、魔力が満タンの時が一番手強い。単純に一番精神力が有り余っている元気な状態なので、その分集中力が高く隙が無い。

この状態の魔術師は倒すことが困難だ。

だから、魔術師同士の戦いでは最初にどれほど相手の魔力、即ち精神力を消費できるかが重要な要因となってくる。

互いに簡単な基礎魔法を撃ちあい、精神力を削り合う。魔力変換効率はどれ位か、威力はどれ程出せるか、防御魔法の練度はどんなものか。

そういった読みあいを経て相手の力量を測り、今後の立ち回りを考えていくのだ。


彼らの戦いを見ていると、黒髪の方が今のところ優勢だ。彼は判断能力に長け、消費魔力を上手く抑えている。加えて、相手に確実に防御膜を張らせるのが上手い。

茶髪の生徒は魔法の発動速度こそ早いものの、魔力消費が大きい。あの調子ではこれ以降使用できる魔法が限られてくるはず。


精神力が消費され疲労が溜まってくると、魔力探知の維持が揺らいで魔法の軌道を読めなくなったり、攻撃への反応が遅れて適切な防御を張れなくなったりと動きが鈍っていく。そうやって隙が大きくなった中盤以降に、魔術師同士の本当の戦いが始まる。


一気に場の魔力が盛り上がった。2人が本気を出し始めたのだ。

ある程度精神力を削った後は防御されにくい広範囲高威力の魔法を使うのが一般的な戦い方だ。

茶髪が今発動しようとしている『風牢』もその代表例。上昇する風の範囲を生み出し、その内部に相手を閉じ込め小さめの継続ダメージを与える応用魔法だ。一度閉じ込められると抜け出すのは困難な上、全方位に防御を張り続けなければならない。

魔力の拡散から魔法の発動までの僅かな時間で黒髪は範囲から抜け出し、同時に『地割れ』で茶髪の立ち位置を無理矢理ずらして集中を阻害した。茶髪は風牢の発動を中止し、ひらりと身を翻して距離を取っている。


しかし、黒髪の攻撃は留まることを知らない。

避けた先に天雷弾を同時に幾つも撃ちこみ、着地狩りをしている。確実にあれは避けられない、と思えば茶髪は空中で風魔法を利用して空気を思い切り蹴り、方向転換して避けてしまった。

観客はその華麗な身のこなしに興奮し、拍手が鳴り響いた。


「凄い......」

口数の少ないマデリンが思わず感嘆の声を上げた。

私達中等部の授業は基本的に基礎魔法以外取り扱うことがないし、実戦形式で戦うこともまだない。だから、こうやって派手な応用魔法をバンバン使っている姿を見るのは初めてだ。

しかも彼らは魔法だけでなく体術まで綺麗に組み込んでいる。実践慣れしている証拠だ。


「本当に凄いわ。私達も鍛えたらああやって戦えるのかしら。」

「いつかこの位戦えるようになりたいものです。特にメーティアは魔術師になりたいって言ってたから、これくらい戦えるようにならないとね。」

「あら、いつかこの闘技場で戦えるメーティアが見られるのかしら?楽しみね、その時は貴方に賭けるから是非儲けさせて頂戴ね。」

「精進します......」


皆好き勝手言ってくれる。だが、魔術師になるにはこれ位戦えなければならないのもまた事実だ。

今のうちからしっかり戦い方を学んでおかねば。


そんな話をしている間にも彼らは次々と魔法を撃ちあっている。地面は既にあちこちが抉られ、壁には焦げ目がついている。

この観客席にも時々破片が飛んできているようで、魔法結界がものを弾く音があちこちから聞こえてくる。


戦局は既に終盤を迎えていた。応用魔法の連発で彼らも見るからに疲弊している。

そろそろ防御魔法すら使える回数が限られてくる頃合いだ。


茶髪が勝負に出た。巨大な炎のドームを作り出し、黒髪をその中に閉じ込めている。『炎球結界』、応用魔法を超える上級魔法だ。

黒髪はそこから脱出しようと試みるが、彼の進行方向に風刃が幾つも牽制で飛んで行き、思わず立ち止まってしまった。その一瞬が命取りだ。

炎球結界が発動し、その中に黒髪は閉じ込められた。

あのままでは黒髪は防ぎきれず全身が焼かれてしまう。


この決闘において、決着がつく条件は1つだ。

参加者に配られている首飾りについている魔石が破壊されたとき、その持ち主の敗北が決まる。

魔石は簡単な衝撃で割れることはない。ある程度強い魔法が直撃するか、持ち主自身が握り潰すかのほぼ2択で破壊可能だ。

破壊された瞬間審判に通知が行き、強制的に攻撃魔法が解除されて試合が終了する仕組みだ。


この時、観客はほぼ間違いなく黒髪は自身の魔石を破壊して降参するだろうと思っていた。

あの炎からはどう考えても逃れられない。防御魔法を全身に張って防ぎ切るのは無理だ。あの魔法は一度発動すると暫くは燃え続ける。

実際茶髪も炎球結界が決まった瞬間、気が緩んだらしい。


だから、黒髪が無理矢理正面から突破した時、反応できなかった。

彼は自身の身体を防御魔法と水流山で2重に包み込み、炎の壁を破壊して茶髪の懐に飛び込んできた。どこにそんな余力を残していたのだろう。

茶髪は驚いて思考停止している。慌てて防御魔法を使おうとするが、反応が遅れた上疲労で上手く膜が張れない。


黒髪は茶髪に触れる程近距離まで接近すると、水流山で彼の身体ごと包み込む。

茶髪の胸元にあった首飾りの魔石は水の圧力に耐え切れず、割れてしまった。


「そこまで!」

審判の声が響き渡り、途端に彼らの魔法が解かれ、それぞれ地面に倒れ込んだ。

観客は一斉に沸き立ち、次々に拍手で魔術師達に賞賛を贈った。

2人は披露しながらも起き上がり、互いに敬意を示す握手をしてその場を去った。


「凄かったわね!やっぱりこういう戦いってハラハラして緊張感があるわ。」

「まさかあそこから逆転するなんて思わなかったわ。あの子、そんなに魔力残ってたのね。いえ、魔力が残っていてもあんな上級魔法の炎の壁に突っ込もうなんて思わないわよ、普通。やっぱり度胸がある方が勝つのね。」

「上級魔法を使えるのはそれだけで凄い事ですが、それでも少し出来が荒かったようです。本来はもっと炎の密度が高いはずですから。彼も、それを見抜いて無理に突き破る判断をしたのでしょうね。」

メグは冷静に彼らの戦いを分析している。上級魔法の出来まで精査できるのは流石だ。


「あ!ちょっとごめんなさい、私お花摘みに行ってまいります。ここの近くにあるはずだから、すぐに戻ってくるわ!」

ごめんあそばせ、と急にイザベルは校舎の方へ走って行ってしまった。

「すぐ戻ってきなさいよ、次の試合は殿下が出るんだから!まだ会場の準備や魔道具の確認やってるけど、後10分位で次の試合始まってしまうわ!」


呼びかけに遠くから手を振って返事をするイザベルに、デリカは大きなため息をついた。

「あの子大丈夫かしら。」

「まあトイレはすぐそこらしいですし、5分もすれば戻ってきますよ。大きいトイレですから混んでいてもすぐ戻ってこれるでしょうし。」

「いえ、でもあそこちょっと入り組んでて分かりにくいのよね。迷わなきゃいいけど。」


デリケの心配は的中した。殿下が場内に入り、審判が開始の合図をした後も彼女は戻ってこなかった。



 

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