場外乱闘の決闘大会 - 1

「え?この学校に何か良くないことはあるかって?」

もうすぐ生物学の授業が始まるが、まだ先生は来ていない。まだ時間に余裕はある。

窓の外のエバーグリーンを眺めていると、隣のクラスのデリケが話しかけてきたのだ。

久しぶりに話す彼女は学校にも慣れたようで、親し気に最近あった楽しかった授業について語ってくれた。

丁度いい機会なので、彼女も何か知っていないかとこの話題を振った次第だ。


「よくない事......そんな噂は聞いたことないけどね。そりゃあドロドロした権力争いならどこにだってあるけれど、それは学校の問題と言うよりも貴族社会の縮図みたいなものだし。今のところ平和で特に何もないわね。」

「やっぱりそうですよね、ありがとうございます。なんだか不安になっちゃって。」

「気にしないで。それにしても貴方、不安なんて感じるのね。てっきり貴方は目の前に立ち塞がるもの全部吹き飛ばす位の豪快な性格だと思ってたわ。だって入学試験を素手で突破するぐらいだもの。」

「その話はもうよしましょうよ、今はちゃんと杖だって持ってます。まあ、普段はそのくらいの気持ちで生きているんですがね。最近はちょっと不安なことも多くて。」

「何かあったら相談に乗るわよ。貴方が元気なくなったらメグが悲しんじゃうもの。」


デリケは姉さん気質で面倒見がいい。あの仲良し3人の中でも一番社会的地位が高く、周りを支えてきたのだろう。

私たちは軽い挨拶を交わすとそれぞれの教室へ戻った。そろそろ授業が始まる。

が、中々先生が来ない。

教室内で皆が雑談をする中、数分遅れてボロボロの本を抱えた先生が駆け込んできた。


「えーえー、危うく遅れる所でした。ま、でもこれ位なら無罪です!セーフ!」

いえ、思いっきりアウトです。とも先生に言い辛く、黙ってノートを開き今日の日付を書き始めた。

彼の名前はトーマス・レンツ。レンツ教授だ。

レンツ教授は毎回こうやって授業に若干遅れてくる遅刻癖がある。その割に授業の終わりには慌てて出ていくものだから、きっと彼の人生は追われてばかりなのだろうと冗談めいてよく言われる。


「それではね、今日は魔獣について勉強しましょう。」

レンツ教授は古い黒板にリズムよくカツカツとチョークを走らせ、魔獣の特徴をリストアップした。


「皆さんご存じのとおりね、魔獣は文字通り『魔法を使う獣』です。普通の獣が魔力を得た時に発生する、とても危険な生き物です。」

教科書をパラパラとめくり、該当ページを探す。あった。

ヤギの角のオオカミの頭、ライオンの身体に馬の尻尾。そんな動物のキメラが描かれている。普通の生き物じゃまずあり得ない姿だ。


「魔獣の姿は千差万別、普通の生き物と変わらない姿を持っているものもいれば、恐ろしい姿をしている者も居ます。先生も昔遠征をした時に何度も見ましたがね、あれは恐ろしかった!」

演技なのか本気なのか、教授はブルブルと大げさに震えている。

「魔獣が如何にして誕生するか知っている人は居ますか?はい、ではそこの手を挙げてくれた......えー名前なんだっけ?そこのこげ茶髪の子!」

「ダニエル・クロフトンです。魔獣は元より魔力を帯びた獣が『意思』を得て魔法を使えるようになった存在です。大抵の場合、その意志というのは生存本能や闘争本能ですので、より攻撃的な性格になり人や土地を襲う害獣になります。」

ダニエルはレンツ教授の調子に流されることなく、落ち着いて答えた。


「はい、正解!本来獣は魔法を使う器官はあれど、実際に魔法として発現できない。しかし、ふとしたきっかけで魔獣は『生き残りたい』『子孫を残したい』という意思を得、魔力を発揮するようになる。その結果知能も身体能力も上がり、厄介な生き物になり果てるのです。故に、この魔獣らが民に悪い影響を及ぼす前に刈り取らねばなりません。」

教科書には過去に魔獣が原因となった代表的な事件や事故がひたすらに羅列されている。代表的なものと言う位だから、実際は数えきれないほどの被害があるのだろう。

だからこそ、魔獣を狩る冒険者という職業が成り立つわけだ。


「魔獣は死ぬとき、体内に魔石と呼ばれる魔力の塊を残していくことがある。これは皆もよく使う魔道具に使われているものと同じだ。ただし、採掘されたものよりも魔力の密度が濃いと言われているから、より高値で取引される。これが実際の魔獣からとれた魔石だ。」

レンツ教授はポケットから大きな石を取り出し、生徒に見せびらかした。拳大の緑がかった魔石は無機質な光を反射し、ぎらぎらと煌めいている。

杖の先についている魔石と比べるとやはり色が濃い気がする。あれが魔力の色か。


「ま、魔獣は危険だが基本的に野生動物が出る場所にしか出現しない。君たちが対面する日は来ないだろう。それでも、その危険性と有用性を知っておくことは、上に立つものとしての義務だな。」

レンツ教授は魔石をぽんと上に放り投げ、危なげなくキャッチして再びポケットにしまい込んだ。

この教室に居る大半は対面せずとも、私はいつか戦う日が来るだろう。

魔獣と戦う気構え位はしておくべきだ。


魔獣の挿絵を指でなぞり、再び手をノートへと戻した。


---


入学してから何か月が過ぎただろうか。

相変わらず授業は進むし、学校の事は何1つ分からない。

そもそも、天啓通りこんな大きな学校に問題があったとしたら、真っ先に教師が動くだろう。一生徒である私が出る幕などない。

それなら探し方が間違っているのだろうか。


うーんと唸り考え込む私の背中に衝撃が加わった。

思わず体制を崩し、座っていたソファに倒れ込んでしまう。それでも私の上に乗っかってきた人はどく気配がない。

「ちょっと、重いです。早くどいてください、イザベル。」


「何よ、考え事して。こんな日にそんな辛気臭い顔してたらダメじゃない。もっと楽し気な顔しなさいよ。」

ぷくっと顔を膨らましたイザベルが私の頬を軽くつねった。彼女が今日この日を楽しみにしていたことはよく知っている。が、それはそれとして上に乗っかられると動けない。

身体強化で無理矢理どかすことは可能だが、下手に突き飛ばしてケガをされても困る。


「イザベル、はしゃぐ気持ちは分かるけど大人しくしなさい。メーティアも困ってるでしょ。貴方と違ってメーティアは真面目なのよ。」

「デリカだって昨日わくわくして寝られないって煩かったくせに。メーティア、悩みがあるのかもしれないけど、それはまあ、また今度聞いてあげるわ。それより、今日よ、今日!」

イザベルは私からぴょんと退けると寮のロビーを跳ねまわった。


「そんなに『決闘大会』が楽しみなんですかね、彼女。」

「そりゃあこの学校の一大イベントですからね。楽しみにする気持ちも分かりますよ。」

「確かにメグ、貴方も足がぴょこぴょこ動いてるわね。はしたないわよ。って言いたい気持ちもあるけれど、まあイザベルよりはマシね......」


決闘大会。それは、魔科学園のイベントの中でも特に大きなもので、学校外からも観客がやってくるぐらいだ。

内容としてはシンプルで、志願者が闘技場にて1対1で魔法や剣を使用し戦うというものだ。

昔ながらの決闘のやり方に則っており、歴史的にも由緒あるイベントだとか。現代人的価値観で言えば野蛮な気もするが、私の個人的な価値観で批判する気もない。

寧ろ、魔術師としての戦い方を学ぶチャンスでもあるのだ。是非ともじっくり観戦したいと思っていた。


因みに参加者は高等部からのみ募っている為、間違っても中等部の私たちが出場することは不可能だ。


最も、大半の生徒の目的は観戦そのものと言うよりも、誰が勝つかの賭けらしい。

トーナメント方式の大会において参加者の名前は事前に公開されており、最近の話題は専ら誰に賭けるかばかり。

正直私は賭け事が好きじゃないので誰にも賭ける気はないが、貴族のお嬢様方は賭ける気満々らしい。

「やっぱり一番の有望株は第一王子様のガルス殿下よね!シュルト殿下はお人形さんみたいだけれど、ガルス殿下は男らしくてかっこいいわ!『黄金の獅子』って呼ばれてるんですってよ。」

「魔力も強いらしいですね。剣術選択ですよね?私剣術を見るのは初めてなので楽しみだわ。」


剣士と魔術師は異なる存在であるものの、剣士だって魔法を使わないわけじゃない。

寧ろ魔法は剣士において重要な力である。自己強化魔法で自分の身体能力を底上げし、剣に炎や氷など属性を付与して威力を増したりするのだから。

魔術師との違いは遠距離を得意とするか近距離メインで戦うか、位だろうか。

だから、魔力の強い剣士はその分動きも速くなるし力も強くなる。ガルス殿下もそういう剣士だと聞いている。


「いや、でも皆ガルス殿下に賭けるからそこに賭けても意味ないのでは?やはりここは大穴で......」

「お金なんて二の次よ!やっぱり誰を応援したいかだと思うの。」

「皆そんなんだからガルス殿下だけオッズがとんでもないことになっていたのね......」

マデリンがクッションを抱きしめながらぽつりと呟いた。そういう彼女もまた、ガルス殿下に賭けているんだとか。


「兎に角、今日は皆で決闘大会を観戦しに行くわよ!で、麗しい戦士たちを応援しに行くの!特に殿下!」

取り合えず、天啓の事は後で考えよう。決闘大会で魔術師の戦い方を学び、それを自分のものにしよう。

きゃっきゃと盛り上がる女子たちを見守りながら、私はぼんやり今後のことを考えていた。

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