他愛もない話

 この学校が始まって実に一週間が経った。

 時間とは早いもので、いくら新鮮な事が多くとも無情に過ぎ去っていくものである。

 授業を全て終え、寮に帰っておいしいご飯を食べる。課題をこなし、入浴する。

 このルーティーンは今のところ変わらない。


 しかし、暇だ。やることが無い。

 教科書でも読んでみようかと思ったが、そこまでする元気もない。

 魔法の鍛錬もさっき終えてしまった。当然ながら、娯楽用品なんてものはこの部屋に無い。

「ちょっとお散歩でもするか。」


 私の部屋は角部屋だ。部屋の扉を開けると、同時に隣の部屋からも誰か出てきた。

「あれ?メーティアじゃない。」

 イザベルだった。互いに一瞬動きを止め、じっくり互いの顔を見つめ合う。

 その次の瞬間、笑顔で手を取り喜び合った。


「イザベルさん、でしたよね?奇遇ですね、まさか隣の部屋同士だったなんて!」

「メーティアさんこそ!ねえ、もしかして今暇だったりする?もし良ければロビーに行って一緒に話さない?」

 私は頷き、彼女と一緒に女子寮のロビーへ向かった。

 広いロビーではぽつぽつと人がソファーに座っており、静かに談笑している。カードゲームやボードゲームをしている上級生のグループも散見された。彼らはいつもこうやって暇をつぶしているのだろう。

 私たちは隅の小さいソファーに座り、窓の外を眺めた。もう真っ暗な空に星が瞬く時間だ。王都にあるとはいえ、学校の周囲は自然に取り囲まれているのでよく空が見える。


「この学校は綺麗なところね。」

「そうですね、こんなに綺麗な空を初めてみました。」

 自宅付近では電灯が夜でも明るく街を照らしていたので、こんなに綺麗に星が見えることはなかった。


「私の家は田舎だったからこんな感じでよく星が見えていたわ。つい最近ここに来たばかりなのに何だかもう懐かしいわ。」

 イザベルは目を伏せて懐かしむように言った。

「イザベルさんの御実家はどちらの方にあるんです?」

「ヴォルディ男爵家は西部よ。この王都がある東部よりもずっと田舎で広い場所。マデリンとデリケも近くの領地出身よ。」

「ああ、西部は確か農業が盛んだと聞いています。特にこの国の穀物は大半が西部に支えられているとか。」

「そうよ、どこを見ても畑だらけ。のんびりしてていいところだけどね。でもやっぱりこうやって一度は王都に住んでみたかったのよ。」

 両手を目の前で組み天井を見上げる姿は、普通の都会に憧れる女の子だ。

 貴族とはいえ、田舎の低位貴族は平民とあまり変わらない生活をしている。召使いも少ない上ある程度の労働は自分でしなければならない。

 その一方で、平民とは異なり自由な生活は望めない。王から与えられた土地を勝手に離れることもできず、家を守らねばならない。

 そんな家に生まれた彼女にとって、この学校は家から離れて暮らせる唯一の機会なのだろう。


「メーティアさん、いえ、メーティアは兄弟いる?うちはね、弟が4人いるんだ。」

「私は一人っ子です。弟が4人もいると賑やかそうですね。」

「そりゃあもう!毎日うるさいし遊びに付き合ったら疲れるし、大変よ。でも御陰で跡継ぎには心配しなくていいわ。」

 イザベルが体を一瞬震わせた。夜は冷え込むから仕方ない。私は彼女に軽く声を掛けて紅茶を持ってくることにした。

 確かロビーの角にはいつでも紅茶を飲めるようにポットを置いてあるはずだ。


「持ってきました。お茶を淹れますね。」

「ありがとう、メーティア。別に私が淹れても良かったのに。うちでは私がいつも紅茶を淹れてたんだから。......美味しいわ、メーティアは家で紅茶を淹れる機会があったの?」

 私は一瞬戸惑った。そういえば、私は今世で一度も紅茶を飲んだことがない。前世の記憶のまま淹れてしまったが、よく考えればそれほど裕福でもない私が高級品である紅茶を日常的に飲めるはずもない。

「......うちではあまり飲んだことがありませんが、ほんの数回だけあるんです。その時の記憶を頼りに淹れてみましたが、お口にあったようで何よりです。」

「そうなの?ふーん。」

 彼女は数秒私を見つめていたが、すぐに目線を落として紅茶に口を付けた。


「......私はね、この学校には結婚相手を探しに来たの。貴族令嬢の役目は、貴族の子息と結婚して家を繋ぐこと。でもほら、私の家って田舎の小さな家だから、家族は優しいし野心もないのよ。だから、私が恋愛結婚できるならそうしてくれって言われちゃってさ。それで、この学校に来たんだ。多分マデリンとデリケも同じ、というか大体の貴族令嬢はそんなものよ。」

「そうなんですね。将来の為に貴族同士の繋がりを強める側面があるとは聞いていましたが、やはり結婚ですか......」

「そうよ。あ、勿論お友達を作りに来たのもあるけどね。だって、普段お茶会は同じ西部の低位貴族としかしないし。たまに大きなパーティーに行くことはあるけど、何と言うか、皆ぴりぴりしているのよね。なんていうのかしら、多分権力争いってものよね。だから新しいお友達がなかなかできなくて。メーティアはどう?どうしてこの学校に入ってきたの?やっぱり将来いい仕事に就きたいから?」

 イザベルは長い睫毛をぱちぱちと瞬かせ、首を傾げた。


「私は、世界中を旅してまわりたいんです。そのために、強い魔術師になって自分の身は自分で守れるようになりたいと思い、ここに来ました。」

「旅をしたいの?それは面白いわね。この学校を卒業して国公認の魔術師として認められれば、世界中で信用される身分証明にもなるし。」

 正直なところ、それは知らなかった。私が驚いた顔をしていると、イザベルも面食らったような顔になった。

「ああ、知らなかったの?確かに普通の王都民は知らないかもしれなけれど......田舎では常識よ、この国のみならず隣国でも、公認魔術師は魔術師の中でもほんの一部、特に冒険者として重宝される場合が多いわ。」

 冒険者。それは、この国における傭兵のような立ち位置であり、雑用から魔獣退治まで幅広くこなす仕事人である。その中でも特に魔獣退治は冒険者の夢とまで言われ、魔石を手に淹れられれば一攫千金が狙えるとか何とか。確かに冒険者になれば世界中を旅できると思っていたが、魔術師の仲にも公認というものがあったとは。父はそれを知っていたのだろうか?


「ねえメーティアはどうして世界中を旅したいの?」

「世界を見て回りたいからです。今まで知らなかったことを知るのは、楽しいですから。」

「ふーん、そうなのね。」

 紅茶を持ち上げたまま、しかし飲まずに私の方を見つめ、しばらく考え込んでいる。一体どうしたのかと聞くのを迷っていると、イザベルは少し躊躇いながらも紅茶を置いた。


「あなた、別に目的があるでしょ。世界を見て回りたいというより、何か明確な理由があって、うーん、何かを探したいとか?そんな感じ?だと思うんだけれど、どう?」

「なぜ、そう思うんですか?」

「うーん、女の勘かな。女の勘は当たるものだって母上も言ってたし。弟たちの世話とかしてたから、人が何したいか顔を見ただけで分かるんだよね。それで、どう?」

「......そうですね、確かに私には明確な目的があって世界を旅したいと考えています。」

「それでもその理由は秘密にしたいと。勿論構わないわ。誰だって秘密はあるし、秘密のある女は魅力のある女って母も言ってたわ!......なんにせよ、その夢が叶うといいわね。」


 イザベルは満足そうに再び紅茶を手に取ってぐいっと飲み切った。もう消灯時間だから、部屋に戻らねば。

 私も残った紅茶をゆっくりと飲み干し、イザベルの分も合わせて洗い物置き場に持っていこうとしたが、彼女に止められた。

「持ってきてくれたから、洗い物は私がやるわ。大丈夫、ここでは同じ生徒だし、私こういうの慣れてるから早いもの。貴方は先に部屋に戻っていなさい。」


 そういわれては特に何も言い返せず、私は一礼して部屋に戻った。

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