初めての魔法実技授業
国立魔科学園は全寮制だ。貴族も神官も平民も、皆平等に寮で生活する事を余儀なくされる。
が、その部屋の広さは平等ではない。金を積めば積むほど広くて快適な部屋に住める。
よって、高位貴族はより高い部屋に住み、しかも付き人まで付けている場合が殆どだ。
当然私は一番狭い部屋だ。狭いと言っても、それは貴族基準でしかない。
私にしてみればごく一般の小綺麗な寮部屋で、ベッドだって家のよりもふかふかだ。
「あー、疲れた。」
ぽふりと軽い音を立ててベッドに身を放り投げる。ようやく登校初日を終えることができた。
授業は面白そうなものばっかりだったし、友達だってそれなりにできた。不本意なあだ名がついていたことだけは解せないが。
今日はもう休んで、明日に備えよう。
こんなにも寝心地のよさそうなベッドなら、きっと何時間だって寝てられる。
---
次の日から、より本格的に授業が始まった。
しかし、内容としては学校の授業の大半は既に学んだことの復習でしかない。メグによると、低学年のうちは授業のレベルも高くなく、暫くはこの状態が続くらしい。
平民入学試験に求められることが多すぎただけで、確かに年齢にして相応の授業にはなっている。恐らく試験のない上流階級の子弟の学習に合わせているのだろう。
特に私は専門書まで読んでしまったから、いつになったら新しいことを中心に学べるのだろうか。多分高等部に入るまでは無理なのではないか。
授業の大半は退屈だったが、知らないこともたまに出てきて面白い。
例えば、薬草学の先生は新発見された植物を教室に持ってきて見せびらかしていた。正直生徒にはただの草にしか見えないし、植物にある程度詳しい自分でも既存の種と何が違うのか分からない。実際は葉の形状が少し異なるらしい。が、やっぱりよく分からない。先生は理解されてもらえず落胆していた。
一方で、技能科目は楽しかった。
音楽の授業では魔道具に記録された有名なクラシック音楽を聴いたり、発声練習をしたりした。歌は母に習っていたから得意だし、楽しい。
美術では世界中で描かれた有名な絵が展示された美術館が学内にあり、それらを鑑賞するところから始まった。前世の世界とは異なる歴史を辿った画風はどこか新鮮で、私には理解できない作品も多い。それでも、迫力ある作品はどの世界でも万国共通だ。
勿論、技能科目の中でも一番楽しいのは魔法実技だ。
「さあ、魔法実技の時間です」
皆緊張した面持ちで杖を握りしめる中、グリーベル教授、魔法実技担当の先生が運動場で大声を張り上げた。良く通る声だ。
私は彼の顔を見て思い出した。彼は確か、入学試験で私を担当していた人物だ。あの白い顎鬚もしかめっ面の顔もよく覚えている。
この学校では、剣術と魔術のどちらかを選択して受講できる。私は勿論魔術だが、生徒の半分以上は魔術を選択している。特に女子はほぼ全員が魔術選択だ。
「この授業では、魔術師としての魔法を教える。身を守るため、戦うための技術だ。危険なことも多い。よって、まず最初に防御魔法の講義をする。」
防御魔法。それは、魔法攻撃のみならずありとあらゆる危険から身を守るための術である。
半透明な魔力の膜を張り前方の攻撃を防ぐのだが、その効果範囲や効力は術者のコントロールによって変化する。
「いいか、魔術師は魔力消費を如何に抑えるかが命だ。無駄な膜は張るな。瞬間的に、そして局所的に防御することを覚えろ。おいそこのお前、火球でもなんでもいい、撃ってみろ。」
指名された男子は少し遠慮がちに、しかし言われた通りに火球をグリーベル教授に向かって放った。威力の抑えられた遅い火球だ。
その火球が教授の目の前まで飛来した途端、突然壁のようなものに当たって砕け散った。防御魔法は目に見えるはずが、このクラスのほとんどの生徒は視認できなかった。何故か?あまりにタイミングよく、必要最低限の膜が張られたと同時に、丁度火球と相打ちになる程度の効力を発揮して破壊されたからだ。
「分かるな?不安のあまり防御を厚めに張りたくなるだろう。しかし、必要以上の効力は魔力の無駄だ。相手の魔法を見ろ。そして、必要な膜の厚さを考え、最低限の魔力で壁を張る。それが魔術師に必要な能力だ。」
教授は掌の上に半透明な物体を浮かべる。防御魔法そのものだ。防御魔法は、物質とエネルギー体の中間、或いは双方の特徴を持つ。魔力消費はそれほど大きく無いが、繰り返し使えば当然精神が持たなくなる。
「見たな、よし。では試しに使ってみろ。今の火球を防げる程度の厚さを自分なりに考えて、目の前に張れ。」
生徒たちは皆防御魔法を使い、各々の考える必要な厚さを目の前に発現させていく。それに対し、教授は「厚すぎる」「薄すぎる」と一瞬見ただけで判別していく。
私は先程の火球の威力と弾速を思い出し、ギリギリ防げそうな程度の膜を出してみる。
「ふむ、まあ、丁度いいだろう。」
教授が私の膜を見てそう言った瞬間、一斉に生徒達がこちらを振り向いた。そして私の膜の厚さを観察し、自分で真似している。
隣にいたメグもサッと私の方を確認すると、自分の防御魔法を更に薄く調整した。
それを見た教授は「まあ、この程度でよかろう。」とだけいい、次を確認しに行った。メグめ、真似したな。
「よし、取り敢えず皆発現は出来るようだな。よろしい。それでは、2人ペアを組んでもらおう。片方が軽い攻撃魔法を、片方がそれを防御しろ。いいか、軽い攻撃だぞ。間違っても殺そうとするな。最も、ここの運動場には人体保護魔法がかけられているから、最悪防げなくとも死ぬ事は無い。それなりのケガはするかもな。心配な奴は自己強化をしっかりかけておけ。」
生徒達のざわめきが広がる。そりゃそうだ。失敗したら怪我をするなんて危なさすぎる。死ぬ危険がないとは言え、痛いのは皆嫌だ。
それでも皆仲良い人とペアを次々に組んでいく。適度に手加減してくれそうな友人を選んでいるのだろう。
私はメグとでも組もうかと隣を向こうとした時、
「あの、ペアよろしいですか?」
メグとは逆の方から声をかけられた。振り向くと、ニコニコとした女子が私の肩に手をかけようとしている。長く煌めく金髪が目立つ、柔らかい水色の瞳の可憐で美しい子だ。
メグの方を見ると、彼女は彼女で別の子に声をかけられている。確かに魔法のコントロールに長けているであろう平民の彼女なら、間違って怪我をさせることも無いだろう。
「いいですよ、やりましょう。」
「ありがとうございます!お名前は何でしたっけ?」
「メーティア、ただのメーティアです。」
話しながら間合いを取り、それぞれ周りを巻き込まない位置につく。
「メーティアさんですね!あ、すみません、私名乗り遅れました。私の名は、」
女の子の顔がニヤリと笑う。
「エミリア・ロッセリーニ、神官の娘です。」
ほぼ反射だった。彼女から殺気と魔力の高まりを感じた瞬間、身体が勝手に防御魔法を構築していた。杖すら通す時間もなかったから、素手で構築していなかったらきっと間に合わなかった。防御魔法起動とほぼ同時に、『雷弾』が5つ防御魔法に突き刺さり、無効化されて消えた。
雷弾は雷の力を使った基礎魔法だ。威力は高いし、何より素早い。こんな初めての防御魔法の授業で使っていいものじゃない。
しかも、厚めの防御がほぼ相打ちの形で割れる辺り、威力は基本形から大幅に増幅してある。それを5つ同時だ。
うまく防御を展開できたから怪我しなかったものの、当たっていたら大ケガ間違いなし。事前に呼びかけも無く襲い掛かるなんて、一体何を考えているんだ。
混乱の中彼女を見ると、当の本人はくすくすと笑っている。しかしその目は明らかな殺意が篭っている。
「何ですか?殺す気ですか?」
「別に死にはしませんよ、人体保護がかかってますから。」
否定しないということは、それなりに殺す気でやったという事だろう。
「私のことがお嫌いですか?」
「それなりにね。」
「まだ何もしてませんよ?」
「いいえ、もう充分だわ。」
妙に話が合わない。私が何をしたというのか。
「貴方、天啓を受けたことある?」
突然の質問で、答えに戸惑う。何故そんな質問を?
「さあね、夢で見た事はあるかも。」
途端に彼女の丁寧な口調が一転し、荒っぽく捲し立てるように私を責めだした。
「ふざけた事を言うな。天啓は信心深い神官の中でも特に優れた者だけが授かる神のお導き。そんな天啓が降りた神官のみが発する聖なる神の匂い。それがお前から匂うのは何故だ。」
彼女の顔が一気に険しくなる。険しくなっても未だ気品のある姿は、彼女が生まれながらにして高貴な身分であることが窺える。
意味がわからない。たまに神官が天啓を授かる事自体は知っていたが、そんな高貴なものだとは思っていなかった。
それに、神の匂いってなんだ。神と接触すると何か付着でもするのか?
「知らないよ、気の所為じゃないの。」
「敬虔な信者たる私が間違えるものか。神官すら滅多に与えられない天啓を、お前のような信仰の薄い平民が受けていいはずがない。だが、神の匂いは神が認めた証。ならば、これくらい受けてみるがいい!」
再び彼女の周りで魔力が膨れ上がる。さっきと同じ雷魔法だ。でも少し違う。
これは雷弾じゃない。『天雷弾』だ。雷弾の応用魔法、即ち威力は雷弾とは桁違いに強い。
考える余裕はない。天雷弾はかなり防御膜を厚く構えなければ相殺できない。
一瞬にして防御膜を厚く作り、目の前で固める。
ところが、彼女は天雷弾に加え、普通の雷弾を一緒に飛ばしてきた。しかも、軌道はかなり歪でブーメランのように曲がり、私の背後から襲いかかってくる。
ならば。
前方の防御膜の面積を最小限まで削り、余った魔力を背後の防御に回す。
雷弾の軌道は見なくても分かる。魔力探知が視界の外でも働いている。最初のカーブは彼女のコントロールが効いているが、遠く離れた後はコントロールが切れる。だから、自然な起動を描いて戻ってくるはず。着弾地点の予測は十分可能だ。
私が着弾地点に防御を展開した瞬間、丁度前方の防御膜に天雷弾が衝突し、高音で弾け飛ぶような音を建てて砕け散った。
その直後に背後の雷弾が追撃するが、私の身体には届かない。
エネルギーの余波が私を襲うが、それくらいなら自己強化で耐えられる。
周囲の風と共に巻き上がった砂埃が晴れた時、彼女は最初の時と同じ笑顔で私を見つめていた。
「お見事。」
その目には殺意も既になく、ただ普通の訓練を終えただけだと言わんばかりの表情をしている。
「何をしている!」
教授が急いでこちらへ向かってくる。
私が事情を話そうと口を開くより早く、エミリアは早口で説明を誤魔化した。
「何って、防御魔法の練習ですよ。こちらのメーティアさんが基礎魔法を防御するだけでは物足りないと言うものですから。」
「だからといって、応用魔法を使用して良いと許可を出した覚えは無い。」
「ごめんなさい。でもメーティアさん、素晴らしかったです!まさか完璧に防がれてしまうなんて!」
パチパチと手を叩く彼女に教授は呆れ、こちらに耳打ちをした。
「やり返そうとするなよ。威力は絞れ。まだ殺し合いができるほどお前たちは大人じゃない。」
教授が他の生徒の見回りに出た後、私はため息をついて火球を彼女に放った。言われた通り威力は抑え、但し数は5つ飛ばしてやった。軌道も少しカーブを加えて飛ばしたがエミリアは難なく防いでみせた。
「手加減なさるのね。」
「こんなとこで争ったって仕方ないので。」
「随分余裕だこと。」
「そこまで!1度集まれ、最後に今回のまとめをして授業を終わろう。」
教授の声に生徒達はほっとしたようにぞろぞろと集まっていく。
私もそこへ向かおうとすると、後ろからエミリアが耳打ちをしてきた。
「もしも今後、神を失望させるような事があれば、私が殺してやる。精々頑張り続けなさい。」
振り返る間もなく彼女は私を追い越し、教授の元へ走っていった。
---
「それ、嫉妬じゃないの。」
話を聞くまで興味津々だったメグが、話を聞き終えた途端つまらなさそうに髪をいじりだした。
「神官の中でも天啓ってのは特別なのよ。例えそれがどんな内容でもね。もちろん重要な天啓を受ければ聖人として祭り上げられるけど、どうしようも無いほど下らない天啓でも受けとれたらそれだけでも御の字。最上級神官まで上り詰められる。ついこの前天啓受けた神官の話知ってる?その内容、『王子は明後日ピーナッツを踏む』ですって。実際踏んだから驚きよね。この天啓を報告された王妃殿下がピーナッツを踏んだらさぞかし痛いだろうと心配して王宮中掃除させたのに、迷い込んだ鳥がうっかり殻を落としちゃつて、それを第2王子殿下が踏んだらしいわ。本当に下らない。」
そんなものが天啓であっていいのか。というか、天啓は本来未来予測に近いもので、私の様に命令が下ることはないのだろうか。
歴代の天啓の例を本で少し読んだことがあるが、いずれも未来に起きる出来事を伝えているだけだった。
「それ、どうして天啓だと分かるの?神官の寝言とかじゃないの?」
「そんなこと神官に聞かれたら殺されるわよ。私も神職とは無縁だから知らないけどね、何だかはっきりとわかるそうよ。明らかに夢とは違った感触があるらしいわ。それで、天啓を受けた人間はそれ特有のオーラを纏うとされているの。そのオーラも特別訓練の積んだ神官にしか感じ取れないらしいけどね。」
確かに、私が天啓を受けた時は明らかに夢じゃないとはっきりわかった。あれは現実離れした現実だ。
そもそも異世界に転生すること自体が紛れもない現実だから、何が起ころうと受け入れるしかない。
「じゃあ、あの子はそれなりに訓練の受けた神官で、私にそのオーラが見えたって事?」
「そうじゃない?というか、貴方天啓受けたことあるの?」
「あるように見える?まあ夢でそれっぽい事は見たことあるかもね。」
「夢っぽくないって言ってるでしょ。じゃああの子の勘違いかしらね。それか、本当に貴方から何故かそのオーラを感じ取ったか。......いずれにせよ、貴方が気にすることじゃないわ。必死に今まで努力してきたのに、貴方みたいなよく分からないぽっと出の平民から聖なる気配を感じて驚いたんでしょうね。実のところ何故かは置いといて。それでも、嫌がらせをするのはやりすぎよ。」
まあ実際勘違いではないので、エミリアは本当に私が纏う神の気配を感じ取ったのだろうし、彼女の気持ちが分からない訳ではない。
それにしたって、今日のは危なかった。
「それ、嫌がらせでいつか私殺されたりしない?今日の魔法もそれなりに危なかったんだけど。」
「それは大丈夫じゃない?教会は殺人を神に背く行為として強く否定しているの。多分殺したい気持ちは本当にあるんでしょうけど、本気で殺しに来ることはないはずよ。彼女みたいな敬虔な教徒は特にね。今日のは保護魔法あってこその殺意だと思うわ。」
「ならいいけど。」
ぶっちゃけ良くない。面倒ごとに巻き込まれるのは普通に嫌だ。
と言うか、彼女でなくとも今後は位の高い神官に会わない方が良さそうだ。幸い学園に神官はいない。神殿や教会に赴かなければいい話だろう。
それでも万一であってしまったらどうしようか。どうやって誤魔化そう。
天啓を受けたことがあるなんて知れたら絶対に面倒なことになる。
最悪神殿に閉じ込められて、旅に出られなくなるのではないか。
今後が余りに不安だ。
私は不安を紛らわせるように、持っていたサンドイッチを口に放り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます