『素手使い』

初日の授業はどれもオリエンテーションばかりで、教科書を配ったり今後の学習予定について話すばかりだ。

こういう時の教科書の重みはワクワクする。どれも分厚くて重いので、一々ロッカーに収納しに行かねばならないのが面倒だが......。

広い校舎内で移動教室をするのも私には新鮮だ。広い円形の講堂や教会の様な厳かな小部屋、塔の頂上にほの暗い地下室。そのどれもが教室として使われている。

正に圧巻、観光では得られない実感がここにある。


あっと言う間に迎えた昼休み、私とメグは食堂に来ていた。

勿論食堂も一流ホテルのレストランのようで、豪勢な会場に長テーブルが無数に並べてある。

ここでは貴族と言えどウェイターを席に直接呼びつけることはできず、自分で食事を取りに行かねばならない。普段自分で食事を運ぶことのない貴族にとってはそれなりに衝撃的らしく、トレイを持って立ち尽くしている人も見かけた。

勿論平民にはそんなこと日常茶飯事であるので、違和感は全くない。


「メーティア、これでも私貴族との関わりがない訳じゃないの。一緒に来なさい。」

メグはつかつかと歩き、食堂の端にある窓際の席に向かって行った。


「お久しぶりです、友人とご一緒してもよろしいでしょうか?」

そこで静かに談笑していた数人の御令嬢が一斉にこちらをくるりと振り向く。途端に彼らの顔が明るくなった。

「メグちゃん!お久しぶりね!」

「元気にしていた?あら、そちらの方は...」

「こちらはメーティア、私の新しい友人ですよ。」

紹介されたので、トレイを持ったまま軽く会釈だけする。

メグが丁寧な言葉遣いをしていると言うことは、この子たちは上流階級の出だ。


「早くこっちに座りなさいよ、私達貴方とお話したかったのよ。」

「それは光栄です。私も会いに行きたかったんですが中々機会が無くて......」

「そちらの方はメーティアさんでしたっけ?初めまして!私イザベル・ヴォルディと申します。ヴォルディ男爵家の長女ですの。」

「私はデリケ・シュパール。シュパール子爵家の長女です。」

「フランソワ子爵家の次女、マデリン・フランソワですわ。」


「初めまして皆さん、私はメーティアです。名乗る苗字はございません。」

そういうと皆は驚き、一瞬きょとんと首を傾げた。

「苗字がない?ああ、平民の子ね?メグちゃんと同じく、あの試験を突破してきたのね!」

イザベルと名乗った女の子はきらきらとした目でこちらに握手をしようと手を伸ばしてきた。が、テーブル越しなので裾にステーキが付きそうになり、慌てて手を引っ込める。


「イザベル、貴方気を付けなさい。メーティアさん、会えて光栄だわ。苗字が無い家からよく頑張ったわね。ここに入ってくる平民たちは、平民と言えど名乗る苗字のあるエリート達ばっかりだから......私達貴族って特権があるから面接だけで誰でも入れるけど、平民は恐ろしい試験を受けなければいけないんでしょう?それでここにいる平民はとんでもなく優秀な人達ばかりだから、是非お近づきになりたかったのよ。」

デリケと名乗った少女はイザベルを嗜め、こちらにはにこやかに微笑んだ。

一方マデリンという少し大人びた女性は静かにこちらを観察する一方で、口を開こうとはしない。無言でコーンスープを上品に掬っている。


「マデリンは人見知りだから緊張してるの、ごめんなさいね。メグちゃん、こんなにかわいい子を連れてきてくれて嬉しいわ。」

「そうでしょう?メーティア、こちらは私の商会と取引してくれる家の御令嬢様方よ。どの方とも小さい頃から関わりがあって、商談で暇なとき良く遊ばせてもらってたのよ。」

「そうね、あの時みたいに普通に話してもいいのに。ちょっと物心ついたら敬語ばかり使うようになっちゃって。」

「それは仕方ないじゃないですか。お貴族様に平民がため口使ったら普通は首が飛んでしまいます。」

「別に貴方と私達の仲じゃない。それに、ここに居る皆はそんなに偉い貴族じゃないわ。田舎の小さな領地でのんびり暮らしてきただけで、上位貴族とは住んでいる世界が違うなって感じることが多いし。寧ろ一部の平民の方がお金持ちだし、優秀だし、都会慣れしてるからあんまり敬われるとちょっと肩身狭いわよ。」

「私の家も商人としては新参者で、大してお金持ちじゃありませんよ。それに優秀さでいったらこのメーティアの方が余程優秀です。なんたってこの子、次席だったんですよ。」


その言葉に3人ともはっと息を飲み、一瞬固まる。その目には若干恐怖が滲んでいる。

メグもその様子に少し違和感を覚えたのか、どうしたのかと声を掛けようとした。

その前に、ずっと黙っていたマデリンが口を開き、ぽつりと呟いた。


「『素手使い』......」

それを聞いた時、そのあだ名は間違いなく私を指すものだと確信すると同時に、なんだその不名誉なあだ名は、と呆れてしまった。

どう考えてもあの試験の時の事じゃないか。今私はちゃんと杖を持ってきてるし、そもそもそんなに噂になるようなことをしていない。


メグが目線だけでお前一体何をしたんだと詰め寄ってくる。何も悪いことはしてない、はず。

「『素手使い』?私の事でしょうか。」

マデリンがはっと口に手を当て、罰が悪そうな顔でぽつぽつ話し始めた。

「ああ、魔法実技試験を受けたとある人から聞いた話よ。何でも、その子の隣で同時に試験を受けていた子がとんでもない子でね。杖も持たずに恐ろしい魔法を連発していたという噂よ。」

隣で試験を受けていた?ああ、思い出した。あの男の子だ。

私が魔法を使うたびに爆音が鳴り響くものだから、驚いて集中が切れてしまったんだっけ。


「火球を使っただけなのに大砲の様な弾が閃光と共に飛んで辺りを焼き付くし、遠隔水流山が残った灰全てを流しつくし、最後は的が勝手にぐちゃぐちゃにはじけ飛ぶ目に見えない魔法を使ったり。それら全てを杖を使わず素手でやりきっていたらしいの。それだけじゃないわ。その娘が魔法を使う時、全てを破壊せんとする恐ろしい目をしていたらしいから、『素手使い』は悪逆非道な破壊神だって言われてるわ。......それで、噂によるとその子はどうやら次席だったらしいんだけど。」

ちらりと控えめな目線がこちらを向いた。


一旦フォークとナイフを更に置き、目を瞑り、ふうっと息を吐く。

何だそれ。噂に背びれも尾ひれも付き過ぎだ。

メグ、なんだその苦笑いは。私はそこまでやっていない。

それに、そんな恐ろしい目をしたことなんてない。少し真剣にな表情をしていただけじゃないか。


「......少し、というかかなり誇張表現があると思いますが、元の話としてはそれ、私のことだと思います。」

「やはりそうなのね?いえ、確かに言い過ぎているとは私も思ったんだけど。その噂している子、王都の有名事務所に所属している弁護士の息子でね、試験が終わった後酷く怯えていたそうよ。おかげで実技試験がボロボロで精神的にもかなり参っていたらしくて。仲良くしていた貴族の子等にその話をした結果噂になって広まった感じかしら。噂は噂でしかないんだけれども、余りにも様子がおかしいものだから信じる人も多くて......」

「うーん、でも確かに貴方みたいなくりくりお目目のふわふわした子が悪逆非道の破壊神って言われてもピンとこないわ。やっぱりあれはあのぼんくらのデマ話だったのかしら。」

「で、メーティア、その話どこまでが本当なの?」

メグは若干楽しそうだ。

「えーっと、素手で魔法を使ったことは合ってるし、使った魔法も火球と水流山、創作魔法の3種だった。でも、辺りを焼き尽くしても流しつくしてもないよ、そんな余裕なかったもの。」

「じゃあ、恐ろしい目をしていたってのは?」

「......自分の目のことはわからないけど、真剣にやってたからそれが原因かな。破壊しようとしてたのは的だけだよ。余りにも破壊音が煩くて、隣の子の邪魔をしちゃったのは事実だけどさ。」


「じゃあやっぱり、あの子の負け惜しみだったってことかしら?」

デリケはグラスをくるくる回し、うふふと頬に手を当てた。

「あの子今年は絶対合格するからって言い切っていたものね。確かに隣の人がこんなにも優秀だったら緊張するのも分かるけど、それを言い訳にするのはちょっと見苦しいわよね。」

「全くその通りですよ。メーティアはちょっと抜けてるところもありますが、そんなに恐ろしい子じゃないです。今だってほら、ぼけーっとした顔して、どうせ『素手使いなんてあだ名、ダサすぎるからもっとかっこいい二つ名がよかったな』みたいなこと考えてますよ。」

「よくわかったわねメグ。今私、恥ずかしくて仕方ないの。」

恥ずかしさを誤魔化そうと残りのサラダを口に入れていく。テーブルマナーは問題ない、優雅さこそなくともマナー違反しない程度には勉強をしてきた。

そんな良い意味で人間臭い私を見て、令嬢たちは安心したのか、再び緊張を解いて話してくれた。


「ねえ、もしよければ貴方のお話聞いてもよろしくて?私達、貴方がどうやってこの学校に入って来たのか気になるわ。使った魔法の事も気になるし。杖無しで水流山を使った上、創作魔法ですって?創作魔法なんて上級生でも使える子は少ないわ。」

「創作魔法と言っても、最も単純で簡単なものですよ。複雑なものを使う程気力はありませんでした。」

「それでも十分凄い事よ。今度やり方を教えて頂戴。それと、その時は私のお友達を連れてきてもいいかしら?あなたを是非紹介したいの。」

「はい、光栄です。一緒に練習しましょう。」

「よかった、貴方とお話ししたい子はたくさんいるはずよ。勿論メグ、貴方もついてきなさい。貴方が入試試験を突破したって聞いた時、私ひっくり返るところだったんだから!」

「寧ろ私は友人が増えて嬉しい限りですよ。イザベルさん、水魔法苦手でしたよね?私、手取り足取り教えてあげましょうか?」

「まあ、厭味ったらしい!これでも昔に比べたら上手くなったんだから!今度貴方に直接お見舞いしてやろうかしら。」


食後の紅茶を飲みながら和気藹々と会話は進み、心地よい雰囲気だ。そんな中、私はふと思い出した疑問を彼らに聞いてみることにした。

「すみません、もし知ってたら教えて欲しいんですが。」

「どうしたの?何でも聞いて頂戴。」

「私、次席だったんですが、首席って誰かご存じですか?」


ああ、と人見知りの解けたマデリンが口を開いた。

「確か、ダニエル・クロフトンでしたわね。噂に違わぬ傑物だと聞きましたわ。」

「あー、あの銀行頭取の子ね。とんでもないお金持ちの。そこら辺の伯爵よりも持ってるに違いないわ。」

「でも確か、あの子養子じゃなかった?優秀さの秘密は遺伝ではなく環境にあるって話題になっていたからよく覚えてる。」

成程、あのお堅い男の子は口先だけの男じゃないらしい。


「あいつ、平民の私たちには凄く偉そうな口調でしたよ。まあ、言い返す時の私とメーティアの方が偉そうだったけれどね。」

「うふふ、メグちゃんは強いものね。平民相手だけじゃなくて、私達下級貴族にもそんな感じよ。そもそも父親である頭取の態度がそんな感じだから仕方ないけど、ちょっと嫌な感じよね。」

嫌な事を思い出したのか、イザベルは頬を膨らまして眉を顰めた。

あの態度は親譲りか。本当に上流貴族としか関わらないつもりだったのだろう。


「まあ、あんな子と関わる必要はないわ。これから楽しい学校生活を送りましょうね。......あらいけない、午後の授業が始まっちゃうわ。それでは皆様、御機嫌よう。」

時計を見ると、確かにもうすぐお昼休みが終わるところだ。周囲の人も減ってきている。

私たちは挨拶を交わし、急いで次の教室へと向かった。




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