受験前夜

太陽暦、太陽の周期に合わせた12月を一年とする暦。

私は今日、太陽暦にて、12回目の誕生日を迎えた。


この世界に来てからの12年、実に早かった。

期間だけで言えば、私の前世の半分よりちょっと少ない程度。それを長いとみるか短いとみるかは多種多様であろう。

この世界に紛れ込んだ子供を一刻でも早く探し出したい私にとって、ひたすら己の力を磨く他ないこの期間は耐えがたい苦痛であった。

しかし、それ以外はどうしようもなかったのだから仕方がない。あの天使によれば、天啓に従い続ければ子供に会えるらしいから、それを信じて努力するしか道はない。

例えあの天使を信じなかったとしても、幼い子供の姿で他に何ができようか。非力とは不幸である。


そんな非力さを克服するチャンスは時間通りにやってきた。

そう、国立魔科学園の受験である。12歳以上でようやく受験資格を得られるのだから、ようやくこの学校にチャレンジする機会が舞い降りてきた。

私はこの試験に合格し、この学校の生徒とならねばならない。それが天使に与えられた試練であるから。


勿論、ただ茫然と棚から牡丹餅を口を開けて待っていたわけではない。

私は肉体的にも精神的にも、かなり鍛えられた。


子ども、特に小学生の年齢は単純記憶が強い。大人になってからは覚えられないような量でも、彼ら児童はとんでもない速度で覚えていく。

考えてみれば当然か、子供は生きていくために必要な知識を得て、世界に適応していく準備期間だ。人間と言うのは、いや、生き物と言うのは本当によくできている。

その能力を十分に活かさせてもらった。


知り合いから貰った過去問は1年分、つまり1サンプル分しかない。どのような科目、範囲が出るか分かっても、より具体的な問題傾向は分からない。

日本の教育機関のように、指導要領が共通して存在しているわけでもない。全てがあの学校独断で出題されるわけだ。


だから、私は鬼のように準備した。

科目は分かっている。なら話は早い。

存在している教材全てを頭に叩き込めばいい。絵本から専門書まで、全てだ。

平民向けの過去問は富裕層が握っている。コネか莫大な金がなければ譲ってくれない。

それならば、もう効率を気にしている暇はない。量こそが全て、力は正義である。


最も、科学系のように共通している科目も多かった。元々大学までは卒業しているわけだし、この世界の科学は前世より発展していない分新しく覚えることは殆どない。寧ろ気を付けるべき点は、オーバーテクノロジーを避ける事くらいだろう。

歴史や地理だってそうだ。人間はどの世界でもやることが同じだ。世界を牛耳るのが魔法だろうか科学だろうが、食料と金と宗教の為には武器を取る。そうして人間は栄えてきたのだから。

寧ろそれが面白く、歴史書を読んでいると小説本を開いている気さえしてくる。人間、興味ある事は覚えやすくて助かる。

言語学はもっと簡単だ。外国語が無い。この世界の言語は全て共通し、訛りはあれどどこでも意思疎通が可能だ。バベルの塔なんて要らなかった。


そんな訳で、学科試験は割と自信がある。前世できちんと勉強しておいてよかった。

問題は、実技試験だ。


実技ではどんな問題が出るか分からない。だから、どんな問題でも最低限対応できるようにひたすら基礎訓練に力を入れた。

魔術師が良く使うとされる一般魔法の形式は全て覚えた。今は火だろうが風だろうが、水でも土でも植物でも、何だって出せる。勿論威力と発発現時間に制限はあるが.....。


以前から練習していた自己強化はより強くかけられるようになったし、魔力探知の範囲もかなり広がった。両方常に発動していても全く負担にならない。人間の成長って恐ろしい。


運動として続けていた踊りと歌も大分上手くなった。そりゃ5年も続けていたら上手くもなる。

母曰く、「完璧よ!これでお客さんの前に立っても大丈夫!」

とのこと。親バカというか、誇張表現の可能性が非常に高いので、お世辞程度に受け取っている。


しかし母の踊り子としての能力は今思い出しても凄まじい。

ただ上手いだけではない。人目を吸い寄せ、一度見たら忘れられないような印象を与えるような、そういう美しさを持っている。

お手本を見せてもらったとき、自分とは根本的に何かが違っていた。何だろうか、モチベーションだとか心持とかそういうものだろうか。それとも、天賦の才と言った方が良いのか。


すらりと伸びた手足がゆっくりとうねり、その上を柔らかな光が滑っていく。目線や口角、頬の高さ、表情1つとっても文句のつけようがない。メリハリの付いた動きは時に早く、時にゆっくりとその場の空気そのものを弄んでいた。

一体どれ程の研鑽を積んだのだろう。


歌声はカナリヤのように穏やかで優しく、鈴のように心地がいい。同時に力強さもあり、簡単には折れぬ野の花を連想させる。この声だけで一体どれ程の客を魅了してきたのか。どうやって父が母を落としたのか気になってきたほどに。


そんな母の姿を見たら、私の技術はどれもちゃっちくて安直なものに感じられてしまった。

若干心が折れかける私に、母は

「自分より優れたものを見て凹んでいてはだめよ。本当にやりたいことは、見たものすべてを乗り越える気でいないと。」と慰めてくれた。


冷静に捉えるなら、それは中々に難しい話だ。世の中上には上がいるし、下には下がいる。見たものすべてを乗り越えようとしては人生の時間が足りない。

しかし、おそらく母が言いたいのはそういうことじゃない。ただ、そんなことで一々諦めていたらキリがないってことだろう。


母は腕のいい踊り子であることには間違いない。しかし、言ってみれば何も特別な存在ではない、ただ町で平民相手にお金稼ぎしていただけの踊り子。王宮お抱えでもなければ上流階級相手の仕事すらしたことがない。ましてや前世のように、インターネット経由で全世界のダンサーと戦ってきた訳でもない。

普段平民が生活する範囲で見えるものは良くも悪くも平民レベルのものばかり。それなら勝てない相手じゃない。


「ママ、大丈夫よ。確かにママは凄い踊り子よ。でもね、いつか私がもっとうまくなって見せるから。」

にこりと微笑み、母の動きを頭にインプットする。どの動きが美しく見えるか、どのタイミングでどこの筋肉を使うか。しっかり覚えていけば、私にだって真似できる。

「頼もしいわメティ、楽しみにしているわ。」

そう母と約束して以来、私は踊りと歌にも相当力を入れている。いざ一発芸を求められた日には相当役に立つに違いない。


以上、私が受験に向けて頑張ったことリストだ。我ながら上出来だ。

いかなる時も、後悔の無いように時間を過ごさなければ。時間は二度と戻ってこないのだから。


---

寥郭たる緑が敷き詰められた庭園に四方を囲まれた、由緒ある建造物。それが今目の前にある。そう、国立魔科学園だ。

学校は王都内にあるため、それほど遠くない。荷馬車に乗せていって貰えれば半日で着く。

試験当日に遅れては仕方ない、予め前日の朝から移動しておいてよかった。

「メティ、学校って凄かったんだな......初めて見たよ、こんな立派なとこ。」

付き添いで来ていた父は驚きのあまり目を見開いて固まっている。父は元貧困家庭出身だし、養子に取られてからは火と鉄と魔石に囲まれた生活していなかったのだから当然だ。機能美とはまた違った美しさを持つ、豪華な贅沢品とは縁が無かっただろう。

「私も初めて見たよ。ここに受かって早く勉強したいなあ。」

一方私はというと、前世で海外の大学に観光しに行った時のことを思い出していた。確か友達と卒業旅行に行ったんだっけ。古い街並みに合った伝統ある建物が美しくて、何十枚も写真を撮ったっけ。懐かしい、あの時の友達は元気かな。


周囲は私たちと同じく下見に来たであろう人で賑わっていた。学校近辺の通りには金や銀で彩られた豪華な馬車で混雑しており、さっき私たちが乗ってきた荷馬車も少し遠くで下ろして貰ったほどだ。

親子であろう人達が何やら学校を指さして話し合っている。聞いていた通りこの学校の受験者はほとんど、というかほぼ全員富裕層である事が窺える。明らかに着ている服の生地が違う。身だしなみからして自分とは違う階級に属していることが一瞬で分かる。

私たちはいわゆる普通の平民服だ。ぱっと見貧民ではないが、それでもこの高級馬車と煌びやかな人々の中では場違いに見える。まるで迷い込んでしまった子羊のようだ。


「パパ、もう場所は大丈夫よ。学校内に入れるのは明日になってからだし、今日は早めに宿に行って寝たいわ。」

少し居心地の悪そうにたまに体をねじる父の手を軽く引っ張ると、「そうだな」と少し安堵した様子でその場を後にした。

その場に止まっていた馬車たちも次々とどこかへ消えていった。

彼らも今夜泊る所へ向かったのだろう。


私たちが止まるのは、町の小さな宿屋だ。古くて部屋も狭いが、父の同僚の親戚の店らしい。少なくとも治安を心配する必要はない。

「部屋1つね。ああ、あの学園を受験する子かい。こんなに若いのに頑張ってるんだってね!朝起きなかったら叩き起こしてあげるわ、頑張りなさいね!」

まさかこんなところまで噂が流れていたとは。やはり噂が広まる速度は恐ろしい。


今日は馬車に揺られて疲れただろう、明日の試験に備えて早めに寝なさいと父に布団をかけられる。

魔法も筆記試験も集中力が無ければ最高のパフォーマンスを発揮できない。父の言うとおりだ。


父に言われるままベッドに横になり、枕に意識を預ける。

明日が正念場、私の努力を見せる最初の闘技場だ。

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